MOYASHI

応募作品

伊藤卍ノ輔

小説

3,812文字

合評会2019年05月応募作品です初めて投稿します。善悪という基盤の上に立ったお金の話で自分にとっては結構切実なインタレストなのです。よろしくお願いいたします。

 駅を出ると冷え冷えと暗かった、というのは労基違反による残業のしすぎで深夜になっていたからで、郊外の駅のロータリーは実に閑散としていて、その上細かい霧雨が音もせずに降っていて、百円で買った小さいビニール傘を差して歩き始めたはいいもののそれでは防ぎきれなくて、しかも極小の雨粒は些細な風に他愛なく弄ばれて空気中を縦横無尽に泳ぎ回るからそもそもどんな大きい傘でもこれは防げなくて、もう最悪のコンディションだったが俺は幸せだった。というのは俺はそんな景色には目もくれずにもやしのことを考えていたからで、ただでさえ金がなくて昼飯を抜いているところにもやしに関する不埒とも言えるような妄想、すなわち茹でたてのほかほかもやしに胡麻油と味塩胡椒をたっぷりかけたやつを、昨日炊いてジャーの中に入れっぱなしにしてあるご飯の上に乗っけてもしゃしゃしゃしゃと掻っ込むところを想像するだけで震える。胃が震えるのはもちろんだけど何故か膀胱まで震えてきて、それは何故かと考えてみればなんてことはないおしっこがしたいだけだった、これはもう寒いから仕方ないのでコンビニに寄ってトイレを借りねばならないが、実はコンビニに寄る理由としてそれは極めて副次的なもので、では副次じゃない的というかコンビニに行く主要な目的はなにかと言えばもやしであって、そもそもなぜうちにもやしが無いのかと言えば職場近くのスーパーでもやしが売り切れていたから。おいおいもやし切らしてちゃ話になんねーじゃん、と考えつつ勿論店員さんは関係ないし関係あったとしてもミスは誰にでもあることなので心の中にしまっておいたが、それはさておきそうなればもうコンビニでもやしを買うしかなくて、しかしコンビニのもやしは高い、これはもう高級品の域であってバッグで言えばルイヴィトン、車で言えばベンツ、ギターで言えばギブソンES335、すなわち俺にとってコンビニでもやしを買うというのは借金暮らしでヴィトンをぶら下げてベンツを乗り回しつつES335でスウィート リトル シックスティーンということと同義であるが仕方ない、もうそれしか道はないのだ。
 少ない街灯に照らされてつやつやと光る道路には水溜まりはなくて、だから歩いててもジーパンの裾に泥水がかかる心配はなくてだからどんどん歩く。片側一車線のよくわからない工場と民家に挟まれた道を歩いて行って道の先にはちょっと遠くに電波塔が霞んでいて、光るミニトマトみたいな赤色灯がなんの加減かときどき瞬きながらぼんやり光っていて、しっとり濡れてゆく俺を圧迫するが構うものか俺はもやしを買うのであって、もやしをたらふく食べればなんだあんなもの俺の敵ではないのだが、なにはともあれ俺はローソンに到着した。
 蛍光灯が激しすぎてウワアやめなさいとなったがそんなことよりもレジ横にからあげくんがある、チーズ味がある、俺は恐ろしくなったというのは俺にからあげくんなどという高級品を買えるだけの資産が無いからであって、コンビニもやしがベンツならからあげくんは島丸々一つ分程の価値はあるので、どうしても視線が奪われるがそもそもレジ横にアイランドを置くなっ、と虚勢を張って見て見ぬふりをして目指すはもやし。申し訳程度の野菜コーナーを見回すと、ミックスサラダ十品目の色どりサラダ野菜炒めセットなどはあるくせにもやしは無くて、野菜炒めセットはもやしが大半なくせにきゃべつとニラと人参の切れ端が入っているだけで百八円などとふざけていやがる、とにかく諦めきれなくてもやしを探しに探しているともやしと書かれた札だけ見つけてその札のついている棚は空で、さすがにもやしは大人気、資本主義の被害者たる貧民どものメシアなのであるからにして、俺は諦めてとにもかくにも値段だけ見てみてぶっとんだ。
 さんじゅうろく!
 いつも買っている激安スーパーのもやしは九円なので、ぴったり四倍であってすなわちいつものところなら四袋は買える計算なわけで俺はあああ勿体ねえいつものとこで買えればこんな散財せずに済むのになぁと思いつつそれでもコンビニ以外に縋る場所はないと知っているので諦めて外にでて次のコンビニを目指して歩く、蛍光灯の凄い光に慣れた眼には夜はそれまで以上に暗くて、しっとりと濡れながら寒々と歩く、途中でうんちの匂いがしてやばい踏んでないかな、と足元を探すも糞は無し。俺の脳裏には少し溶けて何の目的もなくこの雨の中に佇む放置された犬のうんちの悲惨で汚い姿が浮かんできてすごく嫌な気持ちになってそこから離れたというのは、もちろん臭いからでもあるけどそれ以上になんだか寂しすぎるような気がしたのであって、うんちを想像してセンチな気分になるというのはとっても馬鹿っぽいが仕方がない、などと考えてるうちにセブンイレブンに到着した。レジ横のホットスナックコーナーには何もなくて暗くなっていて安心しつつ野菜コーナーに行って、必死に目を凝らして探す、しかしもやしは無くて、彩り大根ミックス千切りキャベツ、俺は不安に襲われつつコンビニを飛び出したというのは、そもそも俺は普通に働きながらちょっと風俗行ったりちょっと酒飲んだり煙草吸ったりラーメンにハマったりしてただけで借金二百万なわけで、となるとこの世に借金二百万などザラなわけで、借金二百万が行きつくところはすなわちもやしなわけで、こんな時間にもやしを探すなどということはあまりにも遅きに失しているのではないだろうかと閃いたから。
 次もセブンイレブン、探してみてもやはりもやしは無くて、虚しく鳴り響くデイ ドリーム ビリーバー、ウィズアウト ドーラー ワン トゥ スペンド、しかし、と歌詞は続く辺りがたまらなく嫌で次のコンビニに向かおうと店を出たのだけど、出る瞬間に店員さんがレジ奥から眼を上げて、アッシタァーと小さく呟いたからもうたまらない、というのはその眼がなんだこの貧民野郎なにも買わずに出て行く気かよ恥ずかしくねーのかと語っていたからで、外は相変わらず寒い、俺は最早しっとりというかひたひた濡れていて歩き疲れて足首が痛い、それはもう当然なわけで都会のようにコンビニの隣にすぐコンビニというわけには行かないからコンビニを三件梯子するだけでも優に四十分は超えていて、本当は駅から家まで三十分で着くはずだからこの時点でもう十分オーバー、でも俺はなんだか意地になっていてこうなったらもうなにがなんでももやしを食べてやる、という気持ちだった。
 次のコンビニにもそのまた次にももやしは無い、無い、日付はとっくに変わっていて真夜中の街を一人彷徨う男の目的がもやしなどとはあまりにも惨い、例えばあのレクサスの停まっているお家ですやすや眠っているであろう幸せなお金持ちに、僕この時間にもやしを求めて三千里なんですえへへなどと言ったら、笑われるよりも寧ろ同情されるであろうことはなんとなくわかるのであるからして、そう考えると激しい怒りが俺の胸の裡に湧いてきた。開いていた傘を乱暴に閉じて道端に投げ捨てて、そうしたあとでやっぱり勿体なくなって拾って、それでなんだか更に怒りと惨めさが増して俺はもうずんずん歩いて、歩くうちに濡れて濡れてでも傘はやっぱり差さないで畳んだまま手に持って次のコンビニを目指す、道は相変わらずぬらぬらしててそこに日差しの中に浮かぶ埃のような緩慢で細かい雨粒が浮かんでいて、街灯は相変わらず少なくて暗い、道端のオオイヌノフグリがその暗いところに沈んでいてなんだかその姿に俺はこころ打たれてちょっと立ち止まったりしたのだけどもう歩き始めて一時間以上、そんなことをしてる場合ではなくてまた歩き始める。
 次なるコンビニに入る、蛍光灯が相変わらず眩しくて嫌だもうと思いつつ満身創痍で野菜コーナーまで歩いていくのだが、この俺が歩いているぴかぴかした床は何だ、綺麗に陳列されたこの棚はなんだ、俺はこんなに完璧なコンビニの中で俺だけがあまりにも惨めで、俺はさっきのうんちの匂いを思い出して俺がうんちだったのだ、霧雨にじっくり濡らされながら黙って溶けていく悲しいうんちなのだった、しかし俺にはもやしがあるのであって、それだけが今の俺の全てであって、もやしを買う、買うために歩く、それ以外に俺になにがあるというのか。
 野菜コーナーに着いて眺めまわす、ほうれん草のミックスサラダ彩りゆたかな大根ミックス三種のレタスミックスとやけにミックスが多くて、もやしともやしのミックスもやしでもなんでもいいからと縋るような想いで視線を動かしつつ、しかし半ば諦めているというのは今までのコンビニでは圧倒的にもやしがなかったからで、それでも意地になって眺めていると俺の視線は信じられないものを捕らえた。
 緑豆もやし。緑豆もやし!
 もやしに伸ばす手が震える、震える手はかじかんで濡れている、それでもいい、なんでもいい、ローソンより一円高いが、それでもなんでもいい。俺はついに見つけた、もやしを見つけた、この霧雨の中とうとうもやしをもやしを!
 気が付くと頬が暖かくて、もやしの絞り汁のようなフレッシュな涙が俺の頬をゆっくりと伝っていて、俺は親指でその涙を舐めてみた、すると茹でたてのもやしをボールに移してたっぷりの塩をかけて暫く置いたときにボールの底に溜まっている液体の様に、少ししょっぱかった。
 もやしの前で俺は、いつまでもいつまでも動けずにいた。

2019年4月20日公開

© 2019 伊藤卍ノ輔

これはの応募作品です。
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純文学

"MOYASHI"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2019-05-25 00:54

    こういう小説、個人的にすごく好きです。もやしへのこだわりぶりはつまり、もやしを食って生きるしかないビンボー男の生命力の発露、つまりは生きている証なわけです。
    そんなことはどうでもよくて、もやしを獲得するための偏執的な道行と、結局は最初の店より一円高いもやしで妥協せざるを得なくなった現実との妥協。身近すぎて泣けて来ます。それよりももっと好きなのは、もやしへの偏愛(致し方ないとはいえ)から発せられる数々のうんちく、こだわりの類です。誰が何と言おうと私はこの作品が好きです。ただし「善悪」と「金」の関連性がよく分からなかったので四点としました。

  • 投稿者 | 2019-05-25 21:41

    高度な二郎文学。日高屋文学との比較は面白いかもしれない。コンビニ店員はあっしたーといいながら客が手ぶらで出ていくのを意識するのは事実ではあるが、買わなかったのを馬鹿にしたりすることは実際にはなく、むしろ何も買わないということで、労働を増やされることなく時間を消費できるため、不買客は歓迎されている。ただし、レジにいる店員の名札に店長、あるいはオーナーなどという肩書がこれみよがしに掲示されている場合はその限りではない。トイレを使ってそのまま出ていく客には呪いをかけている。往年の椎名誠ら軽薄体作家の私小説を彷彿とさせる血の通った文体は好きだ。

  • 投稿者 | 2019-05-26 11:50

    最初にアップされたときに読んで、面白いな~と思っていたので一度消えてしまって残念だったのですが、日を置き再掲されていたのでうれしかったです。こういう畳みかけるような文体、男の思考の執拗な描写は、テンションの起伏や緩急を文章でうまくつけないと逆に平坦な印象になってしまうので難しいなと思うのですが、それはさておき予め約束されていたエンドでありながらもスマートで、緑豆もやしが見つかってよかったね、もしゃしゃしゃしゃってできるね、とにっこりしました。もやしは水につけて保存するとちょっとだけ長持ちしますので今後はスーパーで9円のを買い置きしておきましょう。

  • 投稿者 | 2019-05-26 13:55

    好きな文章です。冒頭の時点で私もなんだか無性にモヤシが食べたくなってしまいました。
    「蛍光灯が激しすぎてウワアやめなさいとなったが」とか「そもそもレジ横にアイランドを置くなっ、と虚勢を張って見て見ぬふりをして目指すはもやし。」とか、内容のなんとなく陰惨な感じにいい意味でアンマッチで、チャーミングな表現だなと思いました。
    「うんち」にまつわる文章も陰惨極まりないのだけどもなんだかニコニコして読んでしまったのは、一人称でありながら作者自身の客観性と、筆の抑制が効いているからだと思います。そしてそれは物を書くにあたりかなり大事なことだよな、と改めて感じさせられました。
    特に大それた事件が起こるわけでもなく淡々と主人公の心情を綴って最後にもやしを、他ならぬもやしをゲット!という内容が切実に描かれていてとても良かったです。
    ただ、個人的には「善悪」がどこにあるのかちょっとわかりませんでした。でも好きな作品です。

  • 投稿者 | 2019-05-26 16:16

    「金ともやし」がこれでもかと出てくる。もやし短歌とか詠んだら物凄いのではないかとも思いました。でもきっと、「もやし」以外の事柄も、この方はこの感じで書くことができるんだろうなと羨ましくなりました。

  • 編集者 | 2019-05-26 23:46

    俺も財布の小銭が全財産の日があるので、日常が凄まじくもやしに左右されることに共感する。もし主人公の生活圏に玉出やドンキがあったらもっと凄いことになるんだろうか。だが、この生活は悪ではない。悪いのは政府だ。政府をヤッツケロ(以下略)
    もやし、ごちそうさまでした。

  • 投稿者 | 2019-05-27 05:30

    もしもはてなダイアリーあたりに投稿されたとしたら、正論を他人にぶつけたい人やアドバイスをする自己への満足に浸りたい人、貧乏自慢でマウンティングしたがる人などによってたちまち一時の娯楽として消費されてしまいそうな魂の叫び。貧困よりも主人公の要領の悪さや生活力のなさのほうが際立っているので、そういった自分自身の欠点を突き放して語るシニカルな視点がもっと前面に出てきてもいいと思う。文章(特に「~て」の反復)にはリズム感があり、楽しく軽快に読めた。

  • 投稿者 | 2019-05-27 14:53

    もやしでこれだけ書ききれるというのは、凄いことだと思います。すでに指摘がありますが、善悪の部分が見出しにくいことは感じました。個人的には自身と社会悪の対立として読みました。この思考がどんどん脱線していく感じ、信用できない語り手としてはヴァージニア・ウルフやフォークナーあたりを思い起こしました。

  • 投稿者 | 2019-05-27 23:07

    全く「善悪」には関係ないけど、私はこの小説すごいすきです。w
    「そもそも俺は普通に働きながらちょっと風俗行ったりちょっと酒飲んだり煙草吸ったりラーメンにハマったりしてただけで借金二百万」とか、語り口も軽妙。これは面白い!

  • 投稿者 | 2019-05-27 23:19

    町田康いや舞城王太郎を彷彿とさせる文体で、流れるように読み進めるるも、私は何を読まされているのだろうと思いつつ読了し、「もやし」について延々と語っているだけだけと気づき、お題である「善悪と金」に沿った物語であるかどうか考えるが、そんなこと関係なしに爽快感を感じたので、細かいことは関係ねぇなと思いました。

  • 投稿者 | 2019-05-28 00:24

    小説というよりは、ユーモアある優れたエッセイを読んだ感覚です。素敵な味のある文章だと思いました。個人的で小さな世界を客観的かつ抑制された一人称で書く、というのは、僕がやろうとしていたことの対局にあり、なるほど、とても勉強になりました。
    ただ、小説内容の観点から、読む前と読んだ後で、僕の位置に変化がなかったことは、僕がむしろ主人公に近い境遇を経験したことがあるからかもしれません。

  • 投稿者 | 2019-05-28 14:39

    一文一文が異様に長いのは、主人公の考えが発散しているからなのかなと勘ぐりました。とにかく安いもやし、それだけ。風俗や酒や借金が(多分それらのせいだと主人公は思っていない)それと同列に扱われているのも面白いですね。
    一見だらだらと書き殴られたような長文ですが、目的のもやしを調理する涙のシーンの描写は、やはり借金などに後悔しているのだろうかと思いました。

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