クリーム色の我が家。
今、ワタシはその前にいる。
ここを出て随分、時間が経ったように感じる。
ワタシは扉を開け、一歩我が家へと足を踏み入れた。
この世で唯一、愛している家族の元へ!
帰ってきたんだ!
その瞬間、全身を電撃が貫いた。
真実が突然、脳に流入される。
一家心中の。
「異形のモノは記憶操作ができる」―—甦る清彦の言葉。
……何度か耳にした通りだ。
心中は失敗した。
あの日。
一家心中した日。
車がガードレールを突き破ることはなかった。
直前で、父が急ブレーキを踏んだから。
車内では「心中すらできないのか……」と、自分の無力を呪う父の嗚咽が聞こえた。
母の笑顔は空虚だった。
弟は呆然としていた。
結局、そのまま帰宅した。
帰路で、口を開く者はいなかった。
待っていたのは、やはり地獄だった。
若松達は着実に、売春と臓器売買の準備を進めていた。
父と母は絶望した。
新しい学校でも、小心者であることがばれた弟。
「またイジめられる」―—その恐怖が弟を押し潰していく。
ワタシ以外の家族は、生きる気力を無くした。
むしろ「死」という、苦痛からの永遠の解放を渇望した。
父は首を吊ろうとした。
ワタシは止めた。
なぜ父が死ななければならない!
その生を止められるべきは、不実な者達。
存在全てを否定されるべき。
父はそうではない。
けれど……父は娘のワタシに哀願した――「死なせてくれ」と。
父の最後の願い。
ワタシは叶えてあげた。
ワタシ自身の手で。
首を折った。
すぐ元に戻した。
涎を垂らし、目を剥き出して舌が飛び出た父の顔など、見たくなかったから。
母は手首を切ろうと出刃包丁を持った。
その包丁を見た瞬間、真実が脳内に広がった。
近所で小動物を殺し続けたのは、弟ではない。
「わたし」だ。
あの頃からすでに、「破壊」の修練を行っていたらしい。
異形のモノの、秘密裏の誘導によって。
弟は偶然、現場を目撃した。
自分の姉が、可愛らしい犬や猫を切り刻むのを。
だからあんな、哀しげな視線を寄越した。
小心者の弟が犯人なら、ワタシ達の見えない所で息を潜める。
何も言わず、血に濡れた包丁を洗っていた母。
母も知っていた。
ワタシが殺ったことを。
藤堂の女系には狂人が多い。
中には「後発性」の者もいるだろう。
母は、ワタシも遂に発症したと考えた。
ワタシは母の自殺も止めた。
母の笑顔が欲しかった。
その発端が何であれ、母の笑顔でワタシも家族も癒された。
人が最も美しく死ねる方法。
凍死かガス吸引。
ワタシは後者を母に行った。
現在の住宅用ガスで自殺は至難。
呼吸器系統に、異物を混入させた。
弟は、新しい学校の屋上から飛び降りようとした。
ワタシはこの手で弟を抱え、屋上から空へと放った。
宙に一瞬浮いた弟は、泣き笑いの顔をワタシに向けた。
ジェットコースターでは悲鳴を上げていたのに、落ちていく弟の顔は、とても穏やかだった。
ワタシは地上で、弟のバラバラになった肉体を、手作業で復元した。
「作業」中に、信頼していた教師に犯され妊娠し、子供共々四散した同級生の顔が、頭にふと浮かんだ。
内臓の詰め方がマズかったのか、弟の胴体は大きく膨らんでしまった。
貧相よりも貫禄があった方がいい。
ワタシは泣きながら、一人強がってみせた。
それらの記憶を、異形のモノが消した。
シナリオ通りに、ワタシが復讐を始めるために。
破壊を進めるために。
でも、不愉快ではない。
また、家族が揃ったのだ。
今度こそ、永遠に一緒にいられる。
邪魔が入っても、破壊できる能力は手に入れた。
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