女狐は肥満の中年男性と歩いていた。
突如目の前に現れたワタシに、驚愕の表情を浮かべる二人。
こんな反応には、もう慣れっこ。
「おっさん、アンタは消えていい」
一二才の小娘の命令に、素直に従う中年男。
ワタシに言い知れぬ恐怖と狂気――それに殺気を感じたから。
お利口で大変よろしい。
泡をくって逃げ出す中年男を尻目に、ワタシはリナと向き合った。
父をたぶらかした淫売。
「な、何なのよ、アンタ!」
気丈な振る舞い。
バックからスタンガンを取り出している。
落ちこぼれバンカー・田端のものよりは安物そうだが。
「あっ! アンタ、テレビで見た女の子! 前にうちの客だったおっさん……藤堂さんの娘なのっ?」
頑強な地下金庫を日本刀で叩き切り、電車に八人を投げ飛ばしたワタシは、今をときめく有名人。
「ワタシの父をたぶらかしたわよね? アンタは商売だろうけど、どれだけワタシの家族が苦しんだか、分かる?」
リナから漂う匂い。
父が彼女に付きまとっていた頃、その服からも同じ匂いがした。
ワタシにとってその甘い香りは、破壊への誘い。
「私はアンタの親父さんにストーカーまでされて、いい迷惑だったのよ! 恨むなら、私の方じゃないっ?」
リナが恐怖を必死で隠しながら虚勢を張る。
さすがは夜の世界の住人。
「アンタの気持ちなんて、どうでもいい。父はアンタに、いいようにカモにされた。その男心を誘う、妖しく淫乱な外見で」
リナがスタンガンのスイッチを入れる。
青光りする電流が端子間を駆け抜ける。
リナの顔も、電流に負けず真っ青だが。
携帯電話ではなく、スタンガンを鞄から取り出した英断には高評価。
彼女はこの異常な状態でも、冷静さと生存本能を失っていない。
携帯で助けを呼んでいる間に殺される、と判断したのだ。
ご明察。
闇社会の住人とはいえ、たかがホステスでこれだ。
本職のヤクザを破壊する際には、それなりの心構えは必要だろう。
取り敢えずワタシは、女狐狩りを行った。
翌朝。
顔の表面部分だけを綺麗に切り取られたリナの死体が発見された。
リナの外見以外に興味は無い。
悪知恵が働くだけで、頭の中は空っぽ。
その程度の、ただのアバズレ。
ネットの自殺サイトで知り合った者達。
それまで互いの顔すら知らなかった者達。
そんな者達が、集団自殺する時代。
初顔合せで、車内で練炭を用いて仲良く死んでいく。
小学生が白昼の校内で同級生を刺し殺す。
引きこもりの青年が、温かく見守っていた親を平気で殺す。
人間の命とヘリウムは、どちらが重いのだろう?
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