「代々、藤堂の女系には狂人が多い。理由は知らんがな。そのうち、お前みたいな化け物も出てくるだろうと思っていた」
「お前みたいな醜い人間に、化け物呼ばわりされる覚えはない」
「と、頭取に何てことを!」
ネズミが横から口を挟むが、ワタシもゴリラも無視した。
「で、何しに来た?」
猜疑心と狡猾さが溢れ出そうなゴリラの目。
「ヤクザから借金する。夜逃げする。果ては一家心中まで失敗しやがって。呆れたもんだな。心中ぐらい、しっかりやれ。お前達の訃報は、一族にとって朗報だ」
まただ。
小峰も同じことを言っていた。
ワタシ達が心中に失敗した?
「小峰と田端を殺して、さらし首にしたのはお前だな? ……やはり、うちの一族の女どもは狂っとる……」
ゴリラがぼやく。
ワタシが今回の猟奇殺人犯だとゴリラから聞かされても、他の幹部連中は半信半疑のようだ。
無理も無い。
目の前にいるのは、華奢で色白で小柄な十二才の少女。
「で、何のようだ? 俺達を殺すのか? 見たところ、武装もしてねえ。警察から警護の申し出があったが断った。四六時中、官憲どもにウロチョロされるなんざ、まっぴらゴメンだ。だが今回の猟奇殺人が、リストラへの復讐なのは見え見えだ。だから再犯防止のために、お巡りが銀行の周囲にウヨウヨいるぞ」
「警官が来るまでに、全て終わらせる。来たところで、警官が邪魔になるなら破壊するのみ」
幹部達の顔が蒼ざめる。
「狂人ぞろいの女系の中でも、お前は突出してやがる。だがな、ここにいる男達も全員、藤堂の血を引く者だ。藤堂の男を舐めんじゃねえ! 望月!」
望月と呼ばれた男が立ち上がる。
冴えない中年男達の中で、唯一強靭な体躯の持ち主。
「そいつは空手四段だ。銀行員全員が、お前の親父みたいに貧弱だと思ったか? その望月がお前の相手をする間に警報を鳴らす。警備員どもがすっ飛んでくる。異常を感じた表のお巡りどもも、雪崩を打って押し寄せてくる」
なるほど。
それで先程から、このゴリラは余裕だったわけだ。
身長がワタシより六十センチ以上は高い望月が、ワタシを見下ろし、睨み付ける。
そして彼は、空手の構えをとった。
あまりに滑稽なので、つい吹き出しそうになる。
次の瞬間、望月は固まっていた。
虚ろな目をして。
自分の腹部中央に、浅く差し込まれた日本刀。
理解不能だろう。
ゴリラを始め、幹部全員が茫然自失。
我に帰ったゴリラが、警報を鳴らそうと椅子を蹴って立ち上がる。
次の瞬間、ゴリラの目の前に立ちはだかるワタシ。
ギョロ目を、驚愕でさらに大きく見開くゴリラ。
ワタシはゴリラの腹も、浅く刺した。
「ウうぅッ……! こ、小娘、て、テメエ……! こんな事して……」
「こんな事? アンタ達がやった事に比べれば、大した事ない」
冷たい目で微笑みながら、ゴリラの苦痛に満ちた目を覗き込んだ。
ゴリラが、日本刀の柄を握っているワタシの手首を掴んだ。
「いいか、よく聞け。『暴力』ってやつを使えば、その時は自分の都合のいいように事を運べるだろう。だがな、しっぺ返しがいつか来るぞ。上を向いて唾を吐いてみろ。テメエの顔にかかるだろうが。同じことだ。失うものの方が多いんだっ……」
苦痛に喘ぎつつ、そんな講釈をたれるゴリラ。
「ワタシは家族を失った。これ以上失うものなんて、何も無い。それに、これは失ってしまった大切なものを取り戻すための破壊。アンタに暴力云々を語る資格は無い。貸し渋りやリストラで、どれだけ多くの人間を死に追いやった?」
無造作にゴリラから刀を抜いた。
「グワッ」と醜い苦痛の声を洩らすゴリラ。
先程から事の成り行きを、ただ呆然と眺めているだけの他の幹部達。
ワタシは、彼達を振り返った。
「ヒッ!」と、全員が恐怖で震え上がる。
ようやく分かったようだ。
目の前にいるのが非力な少女ではなく、怪物であることに。
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