でぶでよろよろの太陽  (7章 の2)

でぶでよろよろの太陽(第20話)

勒野宇流

小説

1,831文字

   (7章の2)
 
 
 契約を交わしたとき、夢の中ですごす環境を考えておいてくれと言われた。ようは、3日間を生きる世界のことだ。地域も時代も問わないという。さすがに他の星や深海など、およそ人間の生息できないところは無理だが、極地だろうが太古の昔だろうが、かろうじてでも人が生きていられる場所であれば可能だという。
 
 わたしはその後、ぐっと体調を良化させた。久々に与えられた、先のことを考えるという行為で、気持ちに張りができたのだ。
 
 すい臓がんの告知を受けて以降、わたしは、先のことに考えをめぐらす、という行為から無縁になった。何をやろうとしたって先がないのだから当然だ。
 
 特段、人生の目標もなく平凡に暮らしてきたわたしのこと、なんら気にすることはなかった。ところが一ヶ月、二ヶ月と経つうちに、この思考の渇きが響きだした。
 
 やはり頭というのは、なにかしら考えるようにできているようだ。それが材料を与えられず、空白でいることを強いられる。その苦しさは強烈だった。
 
 そこに、この最後に来て、考えることが与えられた。
 
 これは遭難者のオアシスのようなものとなった。一年間欲していたものを与えられたのだ。心浮き立つ、などという安直な言葉では済まないほどの高揚感に包まれた。
 
 起きている間は、ずっと考え続けた。さまざまな写真や絵を取り寄せ、その風景の中で動き回る自分というものを想像した。
 
 最初は手当たり次第だったものが、徐々に絞れてきた。まず、美しい景色はいやだった。晴れ渡る空などごめんだった。とてもそんな気になれない。現況がそう思わせるし、わたしの性格でもある。戦国期や幕末など、特別な設定もいやだった。別段歴史小説や時代劇が嫌いなわけではない。ただ、なにを今さらという気持ちが先に立つ。
 
 わたしが現実に過ごした世界、それも幼年期だった頃がいい。そこまで決め、沢田に資料を集めてもらった。昭和40年代前半の写真に、絵や漫画。それらを、これはどうだ、あれはどうだと見続けた。もとよりわたしは旅をするのにも、旅そのものより計画を立てる段階の方が楽しくなってしまう性格だ。だから、心が弾み続けだった。高額な代金は3日間の夢に対するものだろうが、この、計画する楽しさに対する代金としても、充分に価値があると思った。
 
 締切日の朝まで、わたしは悩んでいた。候補は2つ。冬の荒れた海の、浜に立つ小屋。そこでぼうっと荒波を見続ける。ずた袋のような布をまとい、タオルでほっかむりをし、ひざ小僧を抱えて。烈風に小屋が揺れ、覆ったシートがバタつく。潮の飛沫が目に沁みる。そんな中で、じっと海を見つめる。目が回りそうな荒れ狂った海に、鉛色の空。風に抵抗しながら、かもめたちが懸命に飛んでいる。
 
 それともう一つが、「昭和40年代の、田舎の夕暮れ時」だった。結局わたしは72時間という長さを考慮に、後者を取った。これが24時間程度の短さだったら、前者を取っていたかもしれない。
 
 そしてわたしは云った。夕暮れのなかで3日間すごさせてほしい、と。
 
 沢田のほか『業者A』の人間は、わたしの依頼に神妙に頷きながらも意外な表情を浮かべた。それでも、言葉は発しなかった。最後の最後に、なんて変わった願いだとでも思ったか。
 
 しかしわたしは思う。意外な感じはフリだけで、意外になんか、これっぽっちも思っていないのかもしれないと。彼らは演技として意外な表情をしたのかもしれないし、またわたしの方で勝手に、そんな表情と見てとったのかもしれない。死が間際に迫った者の考えなど、一般とかけ離れていて当然のはずだ。だから顧客の依頼する三日間の設定には、ありとあらゆる、変わったリクエストがあるはずなのだ。『業者A』の連中は、そんなことに慣れっこになっていることだろう。
 
 人生最後の数日間に、なにか好きなことをやる。酒場で友人同僚と話せば、ハーレムなり世界旅行なり享楽の極致を挙げることだろう。しかし実際に死が目前に迫る者にとって、つかの間の豪遊などなんの意味もなさない。おそらくはわたしのように、そんなことでいいのかと他人が思ってしまうような、取るに足らないものを誰もがリクエストするに違いない。
 
 ともかくわたしは、暮れゆく夏の夕刻時を72時間味わえば、満足だった。あとは、不要。夕日だけが、最も心に沁み込む。
 
 
 

2017年12月16日公開

作品集『でぶでよろよろの太陽』第20話 (全30話)

© 2017 勒野宇流

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