「動物の写真を十種類集めたら願いがかなうんだ」
こんな時に何を言い出すんだ、とぽんたんの顔には書いてあった。そりゃあそうだろう。わたしだって思ってる。でもとにかく必死だった。
「だから一緒に動物園にいっぱい行って集めてほしい」
絶対わけがわからないのに、ぽんたんはうなずいてくれた。ぽんたんにはそういうやさしさがある。
それがもう大体一週間くらい前のことだ。
わたしたちは動物園に来ていた。動物園は「動物!」って感じのにおいがする。でも、今のぽんたんは何も言わない。遠足で来たときは「くさっ!」って大声で言ってたのに。昔はこの動物園にもジャイアントパンダがいたらしい。市立なので入園料が安い。小さな子どもを連れた家族が多い。わたしたちとあまり年の変わらなさそうな小学生のグループや、お兄さんお姉さんのカップルもいる。ジャイアントパンダがいないこの動物園ではレッサーパンダがもしゃもしゃと笹を食べている。そもそももう日本ではジャイアントパンダは見られない。みんな中国に帰ってしまった。
「十種類の動物が何なのかはわからないんだよね?」
言いながら、ぱしゃり、とスマホでぽんたんが写真をとった。わたしはうなずいた。ゾウがおしっこをしている。そんなところとるんだ、と言ったら、そんなところだからいいの、とぽんたんは言った。ぽんたんのスマホはお兄ちゃんのおさがりで、Wi-Fiでしかつながらない。だから写真がもらえるのはぽんたんが家に帰ってからになる。わたしはスマホを持っていないからぽんたんにお願いすることしかできない。あとで家のタブレットに入れているメールに送ってもらう。クラスのみんなはスマホを持っているのに。みんな持っている、とお母さんに言ったら「みんなってだれ」と言われる。一人ずつ名前を言っていくと「山田さんは? 井上くんは?」と反対に一人ずつ名前をあげられて、「ほら持ってない子もいるじゃない」と得意げな顔で言い負かされてしまう。こういうのをあげ足をとるって言うんだ。中学生になるまでスマホはおあずけ。買わないって言われてるわけじゃないからマシなのかもしれない。前、ぽんたんに「ぽんたんは中学生になったら電話ができるスマホにしてもらえるの?」と聞いたら、「さあ。無理じゃないかな」と言われた。「電話ができなかったら、いざという時どうするの?」と聞いたら、「いざという時ってどんな時」と聞かれた。どんな時だろう。「悪い人にゆうかいされた時とか、道にまよった時とか?」と言ったらぽんたんは笑った。
「そんなのぼくが魔法でなんとかするから平気だよ」
そうだ。ぽんたんは魔法使いなのだ。
初めて会った時に教えてくれた。わたしだけが知っている。
そうじの時間、図工室に置いてあったビンをわたしは落としてしまった。ぱりん、と音がしてビンはこなごなになった。
ちゃんとそうじをしようとして、たなの上の方のほこりを取りたかっただけなのに。同じそうじ班のみんなは「あーあ! 落とした!」とわたしを冷やかして、キャーキャー言いながら図工室を出て行った。ぽつん、とわたしは一人取り残された。しん、とした図工室。そうじの音楽が流れている。たしか子犬のワルツ。ソラソドソラソ。ちがう。アマリリスだったっけ。えっと、どうしよう。うつむいてビンを見つめる。なんだかさみしくて、悲しくて、じわじわ目が熱くなって、なみだが出てきた。うう、と一人で泣いて、手のこうでなみだをごしごしふいた。
そんな時だった。ぽんたんがわたしの前に登場したのは。
同じクラスだったけど、しゃべったことはなかった。となりのトイレそうじの班にいた気がする。ぽんたんは泣いているわたしに、小さなポケットティッシュをわたそうとした。わたしは何もできなかった。だってなみだをふかなきゃいけなかったから。そしたら、ぽんたんはポケットティッシュを開けて、わたしのなみだをふいてくれた。「鼻もかみなよ」なんて言って、ちーん、とさせてくれた。お母さんみたい、と思った。そして、わたしの手にポケットティッシュをにぎらせた。あまいにおいの、ピンク色のティッシュ。こんなティッシュどこで売ってるんだろう。
「自分でなみだふける?」
そう言われて、この子もわたしのことをおいていくんだ、と思って悲しくてよけいにぼろぼろなみだが出てしまった。でも、ティッシュはもうわたされてしまっているから、使うしかない。えーん、と一年生みたいに声をあげて泣きながらわたしはごしごしティッシュで顔をこすった。びしょびしょのティッシュはだんだんゴワゴワしてきて、いたかった。世界中でひとりぼっちになったみたい。どれくらい泣いていただろう。なみだってなくならないんだなと思った。ふいてもふいても出てくる。ごしごしこすって、ほっぺたがヒリヒリした。
「ほら、顔をあげて」
いつまでもびーびー泣いているわたしにぽんたんが声をかけた。ぽんたんはわたしをおいて行ってなんていなかった。
「何もこわいことなんてないからさ」
顔をあげるとそこには、わたしが落としたはずのビンがキレイなままでおいてあった。
「もう大丈夫だよ」
わたしはびっくりしてビンを持ち上げてあっちこっち見てみた。どこにもヒビが入っていない。なんで。ふしぎだ。ゆかを見わたしてもカケラなんてひとつも落ちていないし、私がビンを落としたこと自体がなかったことみたいになっていた。
「どうやったの」
きっとわたしはこの上なく目をまん丸くしていただろう。わたしの顔を見てぽんたんは笑った。ぽんたんはいつもそうだ。ちーちゃんは子どもっぽくていいな、ってわたしを見て笑う。そりゃほんとうに子どもなんだけど。そんなのぽんたんだって同じなのに。
「ぼくが魔法で直したからさ」
「うそだ」
「じゃあどうやってビンは元通りになったのかな」
低学年の子に言うみたいに、ぽんたんはかがんでわたしと目を合わせた。ただ単にわたしがチビだから。背の順で並ぶといつも腰に手を当てる役になる。成長期が来たらのびるよ、なんて言われるけど、それっていつ来るんだろう。
「わかった。魔法、信じる」
あまり信じてなかったけれど、とりあえずわたしがそう言うと、ぽんたんは小さい子にするみたいにわたしの頭をなでた。ぽんたんはすぐそうやってする。最初からそうだった。仲良くなってからは「ちっちゃい子じゃないよ! 同い年だよ!」っておこったら、「ちょうどいい高さに頭があるからだよ、チビのちーちゃん」なんてぽんたんは言う。でも、わたしはあまりイヤじゃなかった。イヤじゃないって言うか、ちょっとうれしかった。言わないけど。赤ちゃんみたいではずかしいし。
「ありがとう」
まだ言ってなかった、と思って、あわててお礼を言った。ありがとうを言えない子はダメだってお母さんも言っていた。魔法使いのぽんたんがいなかったら、わたしは自分では何もできずにまだびーびー泣いていただろう。
「えっと、名前はたしか」
「ぽんたんだよ」
かぶせるようにぽんたんが名乗った。ぽんたん。変な名前。ぽんたん。本名と全然ちがう。みかんの仲間にそんなのがあった気がする。休みの日にお父さんとお母さんとスーパーに行った時に売ってなかったっけ。ぽんたん。でも、頭の中でよんでみるうちに、なんかかっこいい気がしてきた。これも魔法かな。ぽんたんは魔法が使える。これも魔法かもしれない。ぽんたん。ぽんたん! 頭の中で何度もよんでみる。だから、思い切って声にも出してみる。
「ぽんたん」
わたしがそう言うと、ぱあっとぽんたんは笑った。この日一番の笑顔だった。
「ぽんたん!」
その笑顔を見ていると、わたしまでなんだかうれしくなってしまって、もっと名前をよびたくなって、声まではずんじゃったりして、ぽんたんぽんたん! といっぱいよんでみる。ぽんたんは笑う。それがおもしろくてわたしたちは笑いあった。ぽんたんはわたしのヒーローだ。同じ女子なんだけど。でも、かっこいい女子がいたっていい。ぽんたん! ぽんたんは「ぽんたん」とよぶと、よろこぶので、わたしはぽんたんをいっぱいよぶ。ぽんたんが目の前にいない時だってよんでいる。ぽんたん。それまでは頭の中でお母さんをよぶことが多かったけど、今はぽんたんだ。わたしももう親ばなれができたのかもしれない。これが成長ってやつかな。大人に一歩近づいた気がする。早く大人になりたい。毎日毎日学校に行って勉強ばっかりもいやだし、電車に乗って遠くに行くのも子どもだけだとダメだから、大人になりたい。大人になったらもっといろんなこともできるし、遠くにだって行ける。
ぐずぐずになったティッシュはまだ良いにおいがする気がした。なみだを吸ったピンク色のティッシュは色がこくなって、赤っぽくなっていた。
「このティッシュ変わってるね。どこで売ってるの?」
「どこにも売ってないよ」
ぽんたんは得意げに答えた。わたしがふしぎそうにしていると、いひひ、とぽんたんはいたずらっ子ぽく笑う。
「ぼくが魔法で作ったから」
言いながら、ぽんたんはにぎった両手からまたポケットティッシュを出した。手品だ! いや、魔法なのか。そして、そのティッシュをわたしににぎらせた。くれるらしい。開けていなくてもほんのりとあまいにおいがする。ふしぎなティッシュ。きっとさがせばどこかで売ってるんじゃないかと思う。でもぽんたんはビンだって直したし、ほんとうに魔法が使えるのかもしれない。やっぱりまだ信じられない。種もしかけもあるんじゃないかと思う。それでもぽんたんがかっこいいことには変わりない。
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