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栄光のニケツ

松尾模糊

岸尾真由美名義でBFC7に応募していました。

タグ: #BFC7落選展 #SF

小説

2,045文字

薄暗い路地を滑るように一台のバイクが駆け抜けていく。後部座席に乗ったジャージ上下の女性はギラついた男の腰に両腕を回している。彼女の左中指にはめられた指輪型端末がぶるぶる振動した。

もしもし? わたくし、光ネットの者です。今回は当社「光優先」の新規会員様へのお得なキャンペーンご案内のお報せをお届けしておりまして、ぜひお話をうかがって頂きたくお電話差し上げました。新規会員様には五億点の光ポイントを還元しておりまして、そりゃもう五億光年分もお得となっておりまして。ぜひこの機会にご入会を検討いただけますと……

ガチャ

耳奥を突くような音に、スーツ姿の男は小型通信機を耳から外して片目をつぶった。
「どうだった?」
「ダメでした……」
「そうか……」
営業部長は右手を弛んだ顎下に当てて、モニターに映し出された光ネット分布図と年間会員数の棒グラフをにらみつけていた。会員数はここ五年右肩下がりである。
「ポイント還元ではもう人心を引き付けることはできないのか」
「やっぱり光を直接手渡した方が効果的かもしれません」
「光を振り込むのか? 振込手数料をうちが負担するとなると採算が合わん」
「部長、今なら電子光ですよ。現光じゃなくて電子光でプレゼントすれば」
「それだって手数料はかかるだろう」
「うちはPICAMO系列なんで、光°ピカリ払いならいけるはずです!」
「そうか! すぐに上にあげて稟議通してもらおう!」
営業部長は部下に稟議書作成を命じ、デスクを立った。オフィスフロアとなっている光タワー五億三十二階から外に目を向けると、雲は遥か下方で雲海となって広がっており、そこを突き抜けるビル群から漏れ出る光が煌々と辺りを照らしていた。ビルの合間をエアカーが忙しなく飛び回っていて、街灯に群がる昆虫のように見えた。人間だって光源に群がる虫けらと大差ない。ちょっと人生の暗がりに光を当ててやれば、その向こうが虚無であっても吸い寄せられる。営業部長はVR煙草を口に咥えて、ゆっくりと息を吐き出しながらバーチャル紫煙の下で目を閉じた。瞼の上から仄かな温もりを感じて自然と口角が上がった。その表情が死人のように見えて、手に持った稟議書を床にばら撒いた時、部下は仕事を辞めようと思った。

轟音と共に光が駆け抜けていった。携帯端末をリーダーにかざして千光を粗末なランチに支払った男がコンビニの出入口に視線を向けた時には、その閃光は分厚い雲の合間から差し込む日光で雪の結晶のように輝く街の彼方に消えていた。
「この企画……採算取れんのか?」
営業部長は詰められていた。役員たちはガラス張りの会議室に差し込む逆光でその表情は窺い知れないが、声には怒気が含まれていた。
「今回は電子光での還元で振込手数料負担を軽減することによって、宣伝効果に見合った予算を掲示させて頂いております。プレミアム会員増加も見込め、すぐに黒字化できるはずです」
「ずいぶんと楽観的だな……」
会議室は重苦しい空気で満たされた。
「役員の皆々様におかれましては、たいへんお日柄も良く、お集まりいただき恐縮至極にございます。弊社より一つ画期的なキャンペーンのご提案がございまして、ハイ」
コンサルは黒い無地のTシャツの上に羽織ったダークグレイのジャケットのボタンを外しながら立ち上がった。
「実はですね、わたくしの大学時代の後輩がある大手ゲームメーカーに勤めていましてね。ちょっと特別に『助っ人モンスター』と光ネット様のコラボレーション企画をできないかということで……あ、つまり後輩はエビテンドー勤務ということなんですがね。うちの卒業生が結構多いんですよ、あそこ」
「スケモンかあ。スケモンなら世界的に親しまれているし、光ネット限定モンスターの開発で新たな分野も開拓できそうだな」
「さすが! 光ネット様限定モンスター、ぜひ検討させてください。こちらからエビテンドーさんに持ち込んでみます。今後の事業展開につきましても弊コンサルでいろいろとご提案できると思います」
営業部長は完全に忘れ去られていた。スケモンだと……結局コネか。彼は体の震えを抑えようと両拳を握り締めた。

 

ブンブンブンブォンヴォンボンブブブブぅ

 

爆発音かと会議室の全員が身体を強張らせるほど、うるさいエンジン音が会議室の外から聞こえてきた。会議室のドアが乱暴に蹴破られ、全身が光に包まれた男がツカツカと眩しく輝くライダーブーツの踵を鳴らしながら、蟹股で会議室のど真ん中まで入ってきた。
「俺んとこ来いよ」
バイカー野郎はそう言って、営業部長の右肩に手を置いた。はい? 営業部長は首を傾げた。バイカー野郎は彼の肩に腕を回わし、有無を言わさず煌々と光を放つ単車の後部座席に彼を座らせた。坐骨から全身を振動させる一定のリズムに、なぜか懐かしい気持ちが営業部長の涙腺を刺激した。バイカー野郎がエンジンをふかし、輝く単車は光タワーの最上階から飛び出し、ガラス片をまき散らしながら放物線を描き煌めいて雲海を跳ねる海豚みたいに自由だった。

© 2025 松尾模糊 ( 2025年11月7日公開

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