脳を洗う

曾根崎十三

小説

4,624文字

古賀コン9「ママにならないで」参加作品。今回も女の子(かわいい)の話です。ド直球です。文体も分かりやすい口語です。またかいな。いつもお題にド直球で生きてます。アイキャッチは「いらすとや(https://www.irasutoya.com/)」から。

再会した時、あゆみちゃんは小さな女の子を連れていた。

「やっぱりそうだ。久しぶり。変わってないね」

人違いかと思ったけれど、声があゆみちゃんだった。あゆみちゃんは随分ふくよかになって、髪も短髪の黒になっていたし、ただ櫛で梳いただけみたいだった。メイクもすっぴんに毛が生えた程度の地味なもので、ジーパンに白シャツというありきたりな格好。収納を重視した地味なバック。あゆみちゃんは街を歩けば皆が振り返るようなフリフリの服を着て、髪の毛だって毎日早起きして自分でヘアアレンジしてメイクもばっちりの女の子だった。ミニーちゃん並みにばちばちの睫毛にあざとい涙袋。学校でも、怒られない程度の薄いメイクをしていて、遊びに行くとなったらトイレでばっちりのメイクをしなおしていた。どこに行くのもリファの小型ヘアアイロンを持っていて、学校でもいつもこっそり充電していた。お洒落が好きで、気が強くて、男子にからかわれても言い返すような子だった。それでいて、優しくて面白い。私の髪の毛もよくアレンジしてくれたし、メイクをしてくれたこともあった。私はいつもあゆみちゃんにされるがままで、あゆみちゃんの子分みたいにまとわりついていた。あゆみちゃんのいる所に大体いつもいるよね、って他の友達にもよく言われた。

「全然分からなかったよ」

「丸くなったからね。文字通り」

腹の肉をつまんで、体をゆらしながらあゆみちゃんは笑った。クッソつまらない冗談だった。足元にいるガキはあゆみちゃんのぶっとい太腿の後ろに隠れながらチラチラと私のことを見ていた。

結婚が彼女を変えたのか。いや、結婚祝いをした時はまだあゆみちゃんはギラギラしていた。

家庭に入ったことが彼女を変えたのか。いや、五年前に一緒にお茶をした時は「かわいい服に合うかわいいメイクしないと服に失礼」とか言ってバチバチのメイクをしていた。

子供を産んだことが彼女を変えたのか。分からない。だって、このガキを産んでから今まで私はあゆみちゃんと会ってない。だから、きっとそうだと思う。消去法的に考えてそれしかありえない。つまり、そうに違いない。この時に私は決心した。このガキがあゆみちゃんを変えてしまった。このガキが呪いであゆみちゃんを縛り付けている。出産前に会う約束はしていたけれど、切迫早産リスクで入院してそのままになってしまった。無事出産できたという報告は友達のグループLINEで見かけたが、そこからずっと音沙汰がなかった。出産祝いするよ、と個別LINEもしたが、また会った時にでも、というあやふやなあゆみちゃんの回答でそのまま流れていって、もう何年も経ってしまった。このガキにふりまわされた数年のうちに、あゆみちゃんは変わってしまった。

だから、でも、何言っても言い訳になるんだけど、私はあゆみちゃんに元に戻って欲しかっただけなんだよ。あのギラギラしたあゆみちゃんを取り戻したかった。

あゆみちゃんが逮捕されて、私は後悔している。別に私の人生が狂ってしまったのはどうでも良い。あゆみちゃんが逮捕されるのは違うかったなぁと思っている。再会したのが間違いだったんだろうか。私はあゆみちゃんに会いたかった。本当に? もうずっと忘れてたんじゃなかったっけ。再会してしまうあの瞬間まで。だから、こんな理由は後付けでしかない。これは言い訳に過ぎない。あゆみちゃんと再会したことで私は何かスイッチが入ってしまった。あそこが分岐点だった。もしも、あの時信号で引っかからなければあゆみちゃんに声をかけられることもなかった。そうすれば、私はあゆみちゃんのことを忘れたまま生きることができた。でもあゆみちゃんから逃げ続けることなんてできると思う? きっとできないよ。きっといずれこうなっていた。いつかこうなっていた。ずっとあゆみちゃんと会わないことなんてきっとあり得ない。きっとどこかで私は再会していしまう。でも、あゆみちゃんと再会しなければ私だって平穏に過ごしていた。別に私の人生が狂ってしまったのは本当にどうでも良いんだけど。本当にさ。

あゆみちゃんと二人で過ごしたキラキラした時間をもう一度味わいたかった。あの魔法にかかりたかった。あゆみちゃんと話していたら、家でどんなに嫌なことがあっても、部活で人間関係が上手くいってなくても、どうでもよくなって、なんか笑えた。なんか幸せって思えた。麻薬みたいなもんだ。あゆみちゃんは麻薬。ハッピーになれる麻薬、なんていうと聞こえが悪いから、魔法かな。幸せな魔法。

いくら瘦せたってあゆみちゃんは元のあゆみちゃんに戻らなかったね。熱中症になった人は食べ物に火が通るみたいに変質しちゃって元には戻らないのと同じかな。げっそりしたあゆみちゃんなんて見たくなかった。私がいくら頑張っても見たいあゆみちゃんにはならなかった。変わり果てたあゆみちゃんはまた別の変わり果てたあゆみちゃんになっただけだった。私はあゆみちゃんと再会してから、何度も遊びに行った。しっかり手土産も持って行って、失礼のないようにして、生活に入り込んだ。あゆみちゃんは私をすぐに受け入れた。あゆみちゃんはガキを連れて私の家にも遊びに来るようになった。ガキのお守りを頼むようにもなった。私は積極的にガキの世話を買って出た。ガキの名前なんだったっけ。何回も聞いたけど忘れたわ。覚える気もないし。あゆみちゃんがいない隙を見て私はガキの腕をねじったり、暗い所に閉じ込めたりした。泣いたらもっと怖いことをすると言えば、黙ってくれる聞き分けは良いガキだった。私はあゆみちゃんの生活を手伝いながら、管理するようになった。あゆみちゃんもそれを喜んでいた。あゆみちゃんの家にはいつからか、嫌がらせがされるようになって、あゆみちゃんは私の家に泊まりに来るようになった。何なら最終的にはほぼ住み込んでいたっけな。その嫌がらせは私がしていたのだけど、旦那さんの浮気相手だと教えてあげた。旦那さんが浮気してるかどうかなんて全く分からなかったけど、あゆみちゃんの中でそれが事実になっていた。私がそう教えてあげたので。証拠も何もないけど、本当に浮気してるかもしれないし。その可能性はゼロではない。だから、浮気してるって言ったってもしかしたら当たってるかもしれないし、別に悪いことじゃない。手段が良くないだけで、目的は正しいんだ。私はあゆみちゃんを助け出したかった。だってあゆみちゃんは騙されているから。あゆみちゃんにかかった悪い魔法を解いてあげたかった。あゆみちゃんは呪いで醜い姿に変えられてしまっていた。だから、敵を倒して、はい終わりではない。複雑に絡み合った紐をほどいて、封印されてしまったあゆみちゃんを解き放ってあげたかった。だから、私は慎重にひとつひとつやっていったのだけど、結局は駄目だった。

私は魔法を解くことができなかった。私はあゆみちゃんを別の魔法にかけただけだった。もっと悪い魔法だったかもしれない。私のわがままを押し付けられてしまうあゆみちゃんの時点でそもそもギラギラしていないことにどうして気付けなかったんだろう。私が見たかったあゆみちゃんは私のわがままなんて突っぱねてしまう女の子だった。私が「LINEで出産報告だけしてあとは知らんぷりの薄情者って言われてる」とか「デブすぎて幼稚園で子供がいじめられてたし、それを見てた他のママたちも知らんぷりだった」とか、嘘をついたってすぐに見破ってデコピンしてくるような、そういう強い女の子だった。それを信じて私にすがりついてきて、私の言いなりになるような子じゃなかった。私があゆみちゃんを別の悪い魔法にかけてしまった。

あゆみちゃんは、私に言われたくらいで、ガキを死なせてしまった。そんなあゆみちゃんはあゆみちゃんじゃなかった。あゆみちゃんはもはや、あゆみちゃんとしての魅力を失っていた。最後に見たガキは絶望していた。可哀相だった。ベランダの外で、ガキは目を見開いてこちらを見ていた。もういっそ、あゆみちゃんを見捨てて、あのガキをあゆみちゃんとして育てた方が良かったのかもしれない、と今となっては思う。こういう本音を裁判で言ったりすると、ニュースで取り上げられて、キチガイとかモンスターとかサイコパスとか言われるんだろう。こういう考えは異常なんだろう。社会一般的に見れば。想像はつく。イカれてるとか、ひとでなしとか、猛バッシングされてしかるべき考えだ。でも、思ったのだから仕方ない。言わずに隠しているのがそんなに偉いのか。言えば化け物、言わずに胸の奥に隠していたって、どうせ私は化け物だ。出さないように縛りつけた喉の奥で化け物を飼っている。きっとニュースでは「幼少期からの異常な趣味」とか盛りに盛られて報道されるのだろう。犯人は残虐なアニメを見ていました。犯人は普通のほのぼの日常アニメも見ていました。犯人は大学で犯罪心理学の授業をとっていました。犯人は会社員でした。犯人は虫を殺したことがあります。犯人は水を飲んだことがあります。そうやって何でも犯罪者特有のものに結びつけられて、私と関係のあるものは全部もう悪い魔法をかけられているみたいに。不浄なものみたいに。不潔なものにみたいに。私だってずっと普通に生きてきた。今まで犯罪もいじめもしたことはなかった。むしろ万引き犯を追いかけたことがある程度には正義感はあった。私を狂わせたのはあゆみちゃんだ。私の中のあゆみちゃんがあんまりにも輝いていたから。でも、思い出の中の輝かしいあゆみちゃんははちょっと盛られてたかもしれないな。過去のものって綺麗に見えるから。今がそんなに楽しくない大人にはよくある話だ。思い出はいつも綺麗だけど、ってジュディマリも歌ってたでしょ。

でも、あゆみちゃんを狂わせたのも私だ。もっとちゃんと反省した方が良いんだろう。でも、ちゃんと反省できない。まだ私はキラキラのあゆみちゃんを取り戻す方法を考えている。だから、法律ってものがあるんだろう。一人殺しただけでは死刑にならない。しかもあゆみちゃんとの共犯だし。そう考えたらあゆみちゃんと半分こするとして、私は0.5人しか殺してない。それにガキだし。いや、ガキ殺した方が罪は重くなるのかな。未来が多いから。一人前以上になるかもしれない。でも、結局は半分こなので一人分くらいにはなるだろうか。半分こ。あゆみちゃんは私がドーナツを好きなのを知っていたので、皆でドーナツを食べた時、最後の一つ争いで、あゆみちゃんはジャンケンで勝ったのに、私と半分こしてくれた。その時の半分ことは似ても似つかない半分こ。私の方が悪い魔法にかかってるんだろうか。この魔法が解けるのはいつなんだろう。これが悪い夢ならさめてほしい。でも私は夢ばかり見る。死なせたガキの夢は見ない。あのギラギラしたあゆみちゃんが放課後の教室に私を迎えに来る夢だ。教室で一人で私が座っている。白いカーテンがはためいていて、外から吹奏楽部の練習の音と運動部のランニングの掛け声が聞こえてくる。そこへ、あのギラギラしたバチバチメイクのあゆみちゃんがバーンとドアを開けてやってくるのだ。「あゆみちゃん」私は名前を呼ぶ。何度でも。私はまだ、私が救われることを求めている。希望を持っている。ずるいよね。許されないよね。知ってるよ。殺したガキよ、あゆみちゃんよ、私を呪うなら呪ってくれ。

2025年7月7日公開

© 2025 曾根崎十三

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