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闇の中――メイク・ルーツ・グレート・アゲイン

第40回文学フリマ東京原稿募集応募作品

松尾模糊

Jが物置小屋の暗闇で覚えた安らぎ……獄中で幼い思い出を振り返るとともに、母と自分を置いて出て行った父親への恨みが向かう先はどこか。

タグ: #破滅派22号 #第40回文学フリマ東京原稿募集

小説

3,496文字

階段下の物置は薄暗く、どこか不気味で黴臭かった。家族の誰も近づかないのをいいことに、Jはその錆びついた蝶番で取り付けられている白ペンキの剥がれかかった扉を開けて暗闇の中でじっと時間をやり過ごすようになっていた。

 

また……なんだってそんな狭いとこに閉じこもったりしてるわけ?

 

彼を最初に見つけて抱え上げてくれるのは、いつも母だった。Jはその瞬間を待ち望んでいた。彼女のあきらめたような溜息を縮れた毛髪の上に感じながら、なめらかな肌の両腕に包まれて明るい場所に戻る時、身体の芯から温まるような気がしていた。

 

……クソがっ

 

Jは留置所の中であの暗闇での安らぎを思い出しながらも、いま置かれている状況に嫌気がさして冷たい床を踏みつけた。縮れていることは外から見ると分からないくらいに頭髪は短く刈り上げられていた。自分と母親を捨てて国に帰った男の面影を否が応でも思い起こさせるその髪を、Jは心から憎んでいた。この国では物珍しく見られるアフロヘアの中に、面白がって砂を入れられるようないじめにもあった。だが、残酷にも成長すればするほど心底憎き男の特徴をJが受け継いでいることは明らかだった。

あんなに慕っていた母も、あの男に出ていかれてからは全くの別人のように変わってしまった。せまいアパートに連れ込んでくる男たちに碌な人間はいなかった。彼女がシラフでいる姿をJは彼女が死ぬ時まで見ることはなかった。半ば駆け落ちのようにして実家を飛び出していた母の葬儀で初めて母方の祖父母に会った。Jは高校生になっていた。

母が勤めるキャバクラのある繁華街の近くで育ったJにとって、祖父母と暮らす郊外での生活は平穏であると同時に、若い彼にとっては退屈だった。おまけに突然現れた孫の存在に、ただただ戸惑うばかりの二人と一緒にいる時間は苦痛以外の何物でもなかった。自然とJは家に寄り付かなくなり、持て余した鬱憤を喧嘩や非行で晴らす問題児となってしまった。

 

お前さ、俺のこと覚えてる?

あ? 誰だよ……知らねーよ。

だよなぁ……もう十二年も前のことだしな。

喧嘩売ってんのか、てめえ?

 

Jはコンビニの駐車場で座っていた縁石から立ち上がって、話しかけてきた男の着ているTシャツの胸ぐらを掴んだ。

 

俺だよ、ジャーちゃん、F……フーちゃんだよ!

フー……って、あの? フーちゃんか!

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© 2025 松尾模糊 ( 2025年4月29日公開

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