久しぶり。
こちらは青果物コーナー係のパルチザンじみた生活は変わらず。ゲリラ的な暗闘もそろそろ終わりを迎えそうだ。君は生きているだろうか。
この手紙とともに同封されている時計は文字通り私が命がけでつくって送るものだ。どうか肌身離さず。
そもそもこいつをどういう具合に使うかっていうと、ただ腕に巻いておけばいい。べつに首に巻きつけておいてもいいけれど、革紐なんかだと、妙な誤解を受けるかもしれない。
この時計には長針も短針もない。ちょうど君の鼓動にあわせて刻まれるようにつくられた針が一本あるばかりだ。だから正確な時間を知りたいときなんかは用をなさない。君が破壊されそうになったときにはいくらか役に立つだろう。
心配せずともいい。私は自分のからだで既に試してみた。ちゃんと使ってみたってこと。そのときはアメリカンチェリー線を全身から放射している男と向かい合っていた。彼の口からは例によって暗紅色の影が漏れ出していた。くらい汚染の予感が兆したから、この時計を使った。使ったというか、見つからないようにこっそり竜頭を押し込んで作動させたわけだ。
涼やかな倫理的律動が体内に沁みこんできて、悪寒と震えはやわらぎ、呼吸が鎮まった。ご存じの通り、薬は私にはもう効かないからね。君と同様に。だからこの時計を使うしかない。
ま、問題はいまのところこの時計がひとつしか残ってないってことなんだ。だから君に送ってしまうと私は早晩死んでしまうだろう。時計があろうがなかろうが、結局のところこの手紙が届く頃には私は死んでるわけだしあまり関係はない。なぜ死ぬなんて羽目に陥ったかは後述する。
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