秋内明夫という名前

名探偵破滅派『ソロモンの犬』応募作品

大猫

エセー

1,972文字

正代正代(しょうだいまさよ)というのは、大相撲の正代(しょうだい)関のお婆ちゃんの名前です。こういう名前はたいてい嫁いだ女性が名乗るものですが。逆のパターンもあったのかな。

ラブラドルレトリバーが走り出そうとしたのを止めたことがある。文字通り命がけだった。飼い主である友人が引きずられそうになり、私が犬の背後から抱きついたのだが、それでも一メートルくらい引きずられ、椅子やテーブルがひっくり返る騒ぎになった。

陽介がはねられたシーンは小説とは言え胸が痛む。子供が死ぬシーンは物語であっても心に刺さってしまう。まして彼の友達だった犬を小道具に使うとは非道な小説だ。

オービーはなぜ歩道で動かなくなったのか、間宮先生の解釈によれば「怖かった」からで、すぐ近くに彼に取って怖い人がいたと考えられる。それは白いフレームの眼鏡をかけた人物だと思う。

ではどうしてオービーは突然道路に向かって走ったのか。小説中で何度も振り返っている通り、電線の雀が一斉に飛び立ったからだ。

オービーが何かに向かって突進する描写は他に二箇所ある。漁港で釣りをしているシーンで小魚がいっぱい入ったバケツ、それから間宮先生宅で見たテレビ番組、白いフレームの眼鏡をかけた木原氏の料理教室でアジが使われている。オービーは白フレームの眼鏡の人物を恐れており、同時に鳥とか魚とか小さくて群れを成しているものを見ると攻撃する習性があった。

白いフレーム眼鏡をかけた人物と言えば秋内の祖父、秋内明夫。それに物語の冒頭から登場する喫茶店SUNのマスター。それから自転車配送便ACTの社長の阿久津は、ど根性ガエルのひろしのように眼鏡を頭の上に乗っけている。

秋内明夫は一年前に唐突に静の前に現れる。ちょうど鏡子と京也の関係が発覚した頃だ。本物の秋内明夫は入院中で、彼の名を名乗る異常に若い人物は阿久津である。静の臨終の夢に現れるSUNのマスターも阿久津であり、陽介の事故の直接の原因となったオービーの暴走を仕組んだ人物であり、その後、静のロードレーサーを細工して彼を死に追いやった者である。

秋内家は平塚市に豪邸を構えているほどの名家なのに、その主が秋内明夫なんて「頭が頭痛」みたいな名は変だ。婿だったのではないかと思う。旧姓は「阿久津」で、彼の息子が家を出て仙台の焼肉屋の娘と結婚してしまい、養子に迎えのが実家の縁者の阿久津だった。財産相続の面でも静は邪魔者だ。

陽介はなぜ殺されなければならなかったのか。母の鏡子を絶望させるためである。それを行う動機があるのは彼女の離婚した夫の悟しかいない。陽介が自分の子ではなかったと打ち明けられ復讐を誓った。それに手を貸したのが秋内明夫を名乗る阿久津だった。秋内明夫と阿久津、悟は縁者なのだと思う。

陽介は港で漁協の船員にいろいろ教わっていると話していた。「父」である悟も一緒だったかもしれない。その場で小さな群れに対して攻撃的になるオービーの性癖も見ていただろう。阿久津は静を通じてバーベキューで京也と知り合い、京也にオービーの性癖を耳打ちした。

その記憶が残っていた京也は、道向こうにいる陽介とオービーを見てわざと雀を脅した。「雀と目が合った」などと発言しているが、雀の目は顔の横についていて、片目が見えない者では目が合うのは難しい。実は左目は症状が好転して見えていたのだと思う。でもそれは単にいたずら心だった。椎崎鏡子に母性を求めて風変わりな関係を結んだものの、怜悧な陽介を内心恐れていて、ちょっと怖い目に遭わせてみたくなった。鏡子が自殺したのは陽介の死に京也が関わったことを知ったからだ。京也の「やっちまったよ」の電話は彼が心理的に手を下した可能性を示唆している。

京也が本当に好きだったのは秋内静だった。京也は男らしさ、マッチョ的なものを毛嫌いしつつ、本当はそれに憧れていた。ゲイだったのかもしれない。静は女にもてないが男に好かれるがという描写があった。本当に手に入れたい奴とは静のことだった。だから祖父の明夫(実は阿久津)にも近づいたし、阿久津に求められるまま静の動向を教えた。おかげで静は殺されることになった。

間宮先生は真相に気がついていながらだんまりを決め込んだ。静の身に危険が及ぶことまでは分からなかった。

巻坂ひろ子ついて、京也はひろ子を抱くことはなかったが裸にすることはあった。母性を求めたのかもしれないが、若いひろ子には無理だったのだろう。その代わりにソフトSM的なプレイをしたのではと想像する。

智佳はひろ子に対して百合的な感情を抱いているようだが、静についても悪い感情ではなかったように思う。男女関係については静同様オクテだったのだ。死ななければ二人は結ばれていたかもしれない。

以上、推理したものの、トリックについては疑念が残る。相手は犬だし、トラックがたまたま走ってくるとは限らないし、京也たちが「ニコラス」から出て来たのは満席だったからで、席が空いていればカレーライスを食べていたはずだ。そんなにうまく行くものだろうか。

2022年10月23日公開

© 2022 大猫

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