あるいは、ダジャレ小説として

名探偵破滅派『ソロモンの犬』応募作品

藤城孝輔

エセー

2,000文字

名探偵破滅派2022年10月(テーマ『ソロモンの犬』)応募作。

犯人は阿久津悟。運送業者ACTアクツの社長である彼こそがこの物語の悪だ。秋内静を出雲閣に呼び出した阿久津は、秋内が斎場のなかで戸部を探すあいだにロードレーサーのブレーキに細工したあと「グレーの軽自動車」でその場を去る。彼が秋内にかけた飛ぶなトブナ、いやトベからだという偽りの集荷依頼電話は、自転車から放り出されて宙を飛べという殺人メッセージであった。「今年で四十になる」という彼は「二十代前半から変わっていない」声をもつ一方で、外見は「薄くなった白髪頭」で「初老の男」にしか見えないギャップ萌え系キャラである。阿久津は秋内が今際のきわに訪れる喫茶店、SUN’s三途のマスターとしても登場する。秋内は生前、バイトの採用面接時と業務内容の説明会の計二度阿久津と顔を合わせているが、二年間ずっと顔を見ていなかったのでどんな容貌か忘れてしまっていた。

阿久津は、実はB崎ビーザキ、いや椎崎鏡子の元夫であり、彼の息子SONSUN介である。結婚後約一年で国語教師の職を辞したことをずっと負い目に感じていた彼は、鏡子の自分に対する愛情に疑念を抱き続け、陽介が自分の息子であることにも確信がもてずにいた。そのことで「もともと夫婦の関係は上手くいっていなかった」が、鏡子の友江京也との不倫が一度限りの間違いではなかったと聞かされ、陽介も自分の子ではないと確信してしまう。不貞の妻に対する復讐を誓った阿久津は「樹脂加工工場で働いていた」経験を活かして家の鍵穴に樹脂を流し込んで事前に合い鍵を作っておき、鏡子をドラマでよくある背負い締めで絞殺し、首つり自殺に偽装した。タイミング的に息子の死がショックで自殺したようにしか見えないため、殺人を疑う者は誰もいない。

阿久津が一連の殺人計画を思いついたきっかけは、鏡子が離婚届を送るから正式に別れてほしいと彼に連絡を取ってきたことだ。鏡子は京也と生殖行為こそしていなかったものの、将来的に再婚して京也の孤独を妻として受け入れたいと考えるようになっていたのだ。殺意に燃えた阿久津は、秋内が仕事のアキに事務所に戻らず「そのへんをぶらぶら流して」おく習慣があることを利用し、自作自演の集荷依頼で彼を動かし、最後に彼が離婚届の入った角2封筒を大学に受け取りに行く途中で陽介の事故現場となるファミリーレストラン「ニコラス」が通り道になるように仕組んだ。彼が最短距離で移動するように届け先は「大学から車だと三十分はかかる場所」だと阿久津は嘘をついたが、もちろん秋内が陽介の死を鏡子に伝えて配達の件がうやむやになることはわかっていたから問題はない。

さて肝心の第一の殺人、陽介殺しのトリックだ。国語教師を辞め、樹脂加工工場で働いていたがそれも長続きしなかった阿久津は、数年前にかつて競輪選手だった経験を活かしてACTを起業していた。動物が嫌いな彼は「派手めのオレンジ色」をしているACTのメッセンジャーバッグでオービーを日常的に殴って虐待することで家庭生活のうっぷんを晴らしていたため、犬が視認できる「紫、青、黄の三色」のうち黄色に近いオレンジ色のバッグはオービーの恐怖の対象である。仕組まれた集荷依頼により道路の反対側を通りかかった秋内を目にしたオービーは「恐怖や緊張に襲われたとき」の仕草であるカーミング・シグナルを発して動かなくなる。秋内のことは陽介の友人として認識しているから普段は彼が背負うバッグを怖がらないのだが、犬は「人間の視力を一・〇とすると、彼らは〇・三くらいしかない」ため道路の反対側にいる秋内のことがわからない。陽介を見知っている秋内が足を止めることは阿久津の想定内であり、オレンジ色のメッセンジャーバッグが視界に入っているあいだはオービーはその場から動けない。そして、人身事故を引き起こすのに十分な大きさのトラックが近づいてきたのを見計らって阿久津がニコラスの建物の陰から姿を現し、犬笛でオービーの注意を引く。柴犬の血が入っているオービーは「誰かが飼い主を襲おうとしたら、守ろうと」する習性をもつため、椎崎家の敵である阿久津の姿を見て襲いかかろうと駆け出す。

「……のところに行くつもりだった」と京也が秋内に言ったとおり、京也、智佳、ひろ子の三人は秋内のアパートに行くつもりで集まっていた。容易にこじ開けられる襖戸を開けて部屋に入った友人たちは、智佳への想いを告げる秋内自身の留守番電話メッセージを聞いて切ない気持ちになると同時に、自分自身に電話をかける自作自演の集荷依頼のトリックに気づく。そこで倉石荘Christ Sawに住む探偵役の間宮のところに駆け込み、事件は一発解決。キリストの生誕を祝うクリスマスの日にサンタクロースこと聖ニコラスの名にちなんだ事故現場のファミレスに集まり、全員で秋内を偲ぶ。今や冥途荘Maid Sawで優雅に暮らす秋内は、冥途荘の家政婦を務める故・市原悦子とともに下界の様子を覗き見てしみじみと感慨に浸るのだった。

2022年10月21日公開

© 2022 藤城孝輔

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