K村こけし物語

名探偵破滅派「天使の傷痕」応募作品

藤城孝輔

エセー

2,000文字

2022年6月名探偵破滅派(テーマ『天使の傷痕』)応募作。画像出典:Needpix.com。

岩手県にあるK村では、奇形児や障碍児を村人の総意によりクマに捧げて殺す「子消し」の風習が行われてきた。「部落が狭いし、村の中の結婚が殆ど」であったため、近親相姦が代々行われてきており、奇形児が生まれることは決して珍しくなかった。この風習は村の公然の秘密であり、現在も続いている。

山崎昌子は皮膚が人よりも薄いという特性をもって生まれてきた。口づけをするだけで血が滲み、乳房を揉みしだくと赤く染まる。嬰児のころは透けるほど皮膚が薄く、村では「子消し」にすべきか否かの議論が持ち上がり、昌子は一度クマに捧げられることになった。このとき、彼女を守ったのは八歳年上である長女の時枝である。時枝は左手の薬指と小指をクマに食いちぎられながらも死に物狂いで昌子を救い出した。

両親は「長女の時枝も昌子と同じ肌の薄さを少々有しているが、いちおうちゃんと育っているし、育つにつれてだんだん健常者の肌に近づいている。皮膚の特性程度は決して子消しに値するものではない」と村人たちに嘆願し、どうにか子消しの再執行を取りやめさせる。中村警部補を出迎えた時枝の「顔が赧い」のは妹と同じ特性のためである。時枝の肌の特性は昌子よりも軽度であったため、彼女が生まれたときは子消しにされることはなかった。

「姉に、命を助けられたことがある」と昌子が言うのは、時枝が身を挺してクマから自分を守ったこと、さらに時枝が自分と同じ特性を軽く持ちながらも健全に育っていたことにより、昌子が生き延びることができたためである。

山崎家は、自分たちの生殺与奪を握る村の脅威を理解し、いつまた子消しの議論が再燃するかもしれないという不安におびえながら暮らしてきた。時枝や両親は、昌子の身に危険が及ばないよう、昌子に訛りを捨てて上京するように言い含めてきた。そして時枝自身は、みずからの村での地位を固めるために、村の反対を押しきって村で金と実権をもつ沼沢家の息子と結婚した。五年前、昌子十八歳、時枝二十六歳のときのことである。

ところが、結婚して一年目に悲劇が起こった。時枝が産んだ男児――チカラちゃん――が、両手が極端に短いという、まさにこけし人形のような姿で生まれてきたのだ。それは当時流通していた睡眠薬アルドリンの副作用によって引き起こされた障碍であり、山崎家を含めたK村の近親相姦の歴史とは無関係である。しかし、このままではチカラが子消しにされることは間違いないため、チカラをクマの餌にしたと嘘をつき、ひそかに彼を関東の多摩療養園に預けた。当時十九歳になっていた昌子は、チカラの近くで様子を見守りつつ、この秘密が村に発覚しないようにする役割を担って上京した。

しかし、昌子が上京したのはそれだけが理由ではなかった。時枝が奇形児を産んだ直後、村の一部では「それ見ろ」という議論が起こった。山崎の姉妹に情けをかけたのは間違いだった。汚れた血筋を残しておいても、ろくなことになりやしない。なんなら今からだって遅くはないはずだ――既に沼沢家の人間になっていた時枝に手を出すことはさすがに憚られたが、両親が死亡して一人暮らしになっていた昌子を守る人間はもはやいない。このままでは昌子にも再び危険が及びかねないと危惧した時枝は、昌子をすぐさま東京に送り出した。

昌子は、時枝の息子の庇護者として東京で暮らす中で、田島という恋人もできて人間らしい生活を満喫できるかに見えた。ところが、彼女の前に久松という脅迫者が現れる。時枝が一度ひそかに上京して多摩療養園にチカラの顔を見に来たときにフィルムを撮られてしまったのだ。片岡有木子の同僚のストリッパーたちの見立てでは、和服を着た写真の女性は「三十代」であり、時枝は現在「三十歳位」である。さらに、旧家の嫁として和服も着慣れていた。四年前に販売禁止となったアルドリンの副作用で障碍を負った子どもたちを追跡取材していた久松は、奇形児の存在を世間に隠している親を脅す格好のネタになることを知った。もちろん戦後の昭和であっても障碍児が家族にいるために結婚や就職に支障が出るというのは、いささか旧来の考え方である。しかし山崎姉妹の場合は、K村の連中に隠し通さなければ、チカラの命にかかわる問題であった。

そこで時枝に恩義を感じ、「姉に対する傾倒は、なかなかのものがある」昌子は、マタギ万三郎の技術を応用して久松を殺害。さらに、入念な口封じで彼のアパートの管理人である田熊かねもアルドリン入りの牛乳で殺害した。自分が世間から誹謗されるであろうことも構わず、痴情のもつれが殺害の動機であると嘘の自白をしたのは、もちろんチカラの存在を隠して姉を守るためである。

その後、成長したチカラは銃を入手し「昔、彼ノ仲間ヲ殺シタ」「同胞」であるK村の連中への復讐を誓う。こけしのような自分の手を見て「拳銃ノ曳金ヲ引クコトグライ、自分ニモ出来ル筈ダ」と確信する。

2022年6月20日公開

© 2022 藤城孝輔

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