【暫定的な】新しい非日常〜マリーナ・ストリートから出る例

春風亭どれみ

エセー

6,004文字

非日常は日常の防腐剤であり……その有用性はうんたらかんたら

 

ここ最近は、どんなにとりとめもないことでも書き残すと、史料としての価値がついてしまう。特別自身の時流をとらえる動体視力があがったわけでもない。あいもかわらず、私の視野はナローなままだ。

それでも、街々を沈めながらも尚、7月いっぱいあけることのない梅雨空、眼には見えないけれども、目に見えて生活を脅かすウイルス、そして、それらを触媒にして際限なく増大していく人々の猜疑心。

 

猜疑心は、人々の心のうちに中世の記憶を呼び起こしたりもしているらしい。村八分という言葉が公然とささやかれ、それが世間の中で当然のように受容されてしまっているのにはウンザリするが現にそういった事象が各地で起きている。

また、「欲しがりません、勝つまでは」に類似したスローガンもインターネット世界のそこかしこで目にすることができる。恐怖を免罪符にして、やりたい放題だ。

 

村八分の世界とは対極にある、非干渉な生活は、ある程度の寛容と妥協でバランスを取りながら歩く、さしずめ綱渡りだ。

干渉されない生活を保つ為には、ある程度の諦めも必要なことはいなめない。夏とセロリを愛する人も、その生活を守る為には夏がダメだったり、セロリが好きだったりする人を干渉したり、まして非難したりしてはならないということだ。蓼食う虫も好き好き。ひとりひとり、日常を構成する要素は少しずつ違う。

 

その人の日常を維持する為に必要と感じる非日常を求めている人がいる。それを恐怖を免罪符にして、吊し上げるのはいかがなものか。今はありとあらゆるものが干渉される。

これはまた、非難されてしまいそうだけれども、恐怖自体は不快ではあるけれども、加害ではない。恐怖−リスク間は常に直航便であるがゆえに、それを認めてしまうと、それを上回るメリットを見出せない人間はリスク、すなわち恐怖、そして、加害者だという暴論がまかり通ってしまわないだろうか。

 

多少面倒ではあるかもしれないけれど、我々は言葉を発せるし、そうでなくとも文章を紡げる。不快感は伝えられる。シンプルに伝えるべきだ。不快感にわざわざ猜疑心や嗜虐欲をまぜて、毒物を生成する必要はあるのだろうか。これを機に、元々、自分にとって不愉快だったものを排除しようと便乗してはいないだろうか。「◯◯する者は人殺しだ」といえば、大抵の人は萎縮する。自責で誰の命も奪いたいなどとは思わない。

結局、その運動、言動、行動の行き着く先は、人を萎縮させること自体を趣味に持つものだけが、かわりない日常を送ることができるディストピアだ。うがい手洗いをよくして、距離を取ったり、マスクなどをしたりして、なるべく飛沫を飛ばさない。医学をかじってすらいない我々にできる協力にそれ以上、それ以外のものなどない。

 

 

……などと四の五の御託を並べても、結局のところ、私は行きたいのだ。野球観戦に。応援したいのだ、千葉ロッテマリーンズを。

 

年間、春から秋にかけては、1か月に2、3度、足を運ぶくらいには、それは私の日常に染みついている。専門家からのドクターストップがかかっているうちはそれは完全に禁じられていた。それが、テレビを通しての観戦なら、応援歌とかを歌いながらの観戦を我慢しての球場観戦なら……と少しずつ医師の診断と向き合いながらではあるけれども、リハビリを始めても良いと言われているのである。おまけに、ZOZOマリンスタジアムは千葉市美浜区、私の住む印西市から車を走らせれば、八千代市をまたいで40分ほどでつく距離にある。

 

奇しくも、私が購入した日のカードから、アルコール飲料の販売が始まったのだが、そう何もかも欲張ることもない。天気もあいにくの曇り空。どうせ青空の下ではビールは飲めない。

 

 

車で行こう。帰りに退勤者やディズニーリゾート帰りの若者で芋を洗うようになる京葉線にわざわざ乗るリスクを増やすこともない。

 

久々に車で球場に向かう為、国道16号から県道に出る道を一本間違えてしまうもそのかわり、サザンの『東京VICTORY』をカーステレオから流しながら、長い時間海岸沿いを走ることができた。サザンをかけながら、海岸沿いを走ることは合法的に認められたエクスタシーだ。そして、この曲はチームのベテランキャッチャーである細川亨選手の入場曲でもある。マリーンズの応援に向かう時は選手の入場曲を集めたプレイリストを作って流すのも一興だ。

 

そして、次の曲のゆずの『うたエール』のサビがかかる頃、海岸線の遠くに青いスタジアムが見えてくる。マリンスタジアムだ。しばらくぶりなので、まるで初めてここに来た時のように心が躍る。

 

電車賃も浮いている分、今年仕様のグッズも買おう。球団にささやかながらお金をおとそう。いろいろ迷った挙句、大船渡の希望から千葉の未来、そして、日本のエースになることが期待されているゴールデンルーキー佐々木朗希選手のレプリカユニフォームを購入して、いざスタジアムへ。

 

 

2020年7月28日現在、千葉ロッテマリーンズは、開幕以来、盗塁王を独走していた荻野貴司さんなど、主力の数人を途中から怪我で欠く中、16勝16敗の勝率5割、まずまずの成績で開幕後1ヵ月を乗り切ってきた。パリーグはまだまだ大混戦だ。この対楽天6連戦の結果次第では首位浮上も夢ではない。

 

 

選手たちも調整面で苦労も多かったことだろう。いつもの千葉マリン名物の大声援は送れないけれども、ファンは拍手や応援タオルで選手たちにエールを送ることができることはとても喜ばしい。

 

ゲートに向かうと、フェイスガードをしたチケットスタッフの方々がガンタイプの温度計をかざしながら、「失礼します」といって、赤外線を私の額にかざしてきた。家の体温計と球場近くのイオンのサーモグラフィーですでに自分の体温を測ってきているものの、少しばかり緊張するし、なんだかスターウォーズのストームトルーパーの襲撃を思い出す光景で、心拍数が上がる。

 

 

チケットの番号に従ってゲートをくぐり所定の座席につく。やはり、見聞きはしてはいたものの5000人の上限というのはもの寂しい。その数字を聞くと人が密集しているようなイメージが浮かぶが数万人が収容できるスタジアムの中だとよくいえばゆとりのある、悪く言えば閑散とした雰囲気が漂いやはりここ数年の賑わいとはほど遠い印象を受ける。

 

普段なら、応援団の大合唱にビールやソフトドリンクを売る売り子さんたち、試合に勝利すれば、選手と間近に喜びを分かち合える一体感。その光景が戻ってくるのはもう少し先の話なのかもしれないと思いマスクの紐のよれを正す。

(こんな光景がはやく戻ってくることを願います)

 

小雨が降ったりやんだりする中、定刻通り試合は開始され、千葉ロッテマリーンズは幸先よく、2回に若き4番打者の安田尚憲選手のヒット、主砲である5番打者の井上晴哉選手のホームランにより4点の大差をつけて先制という願ったりな展開。歓声のかわりにわれんばかりの拍手が場内を包み、マリンスタジアム開場以来、ずっとウグイス嬢として、この景色を見守っている谷保さんの「井上選手、今シーズン第6号のホームランです」という甲高い声のアナウンスが響き渡る。

 

しかし、毎カード、手に汗握るシーソーゲームが展開されることで有名なロッテ−楽天戦。そう簡単に来場したロッテファンを安堵させるという展開にはならず、ロッテ先発の美馬学選手の投球がどうもピリっとしない。彼は昨シーズンまでは楽天に所属していた選手で、相手打線に手の内を知られているという意識があるせいか、はたまた次第に強くなり始めた雨でうまくボールを握ることができないのか、ストライクがなかなか入らない苦しい投球で、もらったリードを少しずつ吐き出してしまう。しかし、それは相手の先発も同じようでお互いにあれよあれよと点が入る乱打戦になり、ちょうど半分の5回が終わった時点ですでに2時間半が経過して、点数も9-6とすでに1試合分終わったかのようなスコアになってしまい、回跨ぎブレイク中のトイレ内では、

 

「ロッテもリードしてるし、いつ終わるかわからないからもうこのままコールドでいいんじゃない雨も降ってるしさ」

 

などという、おそらく電車できたであろう組の終電を心配する会話がささやかれる始末。サッカーや相撲を観戦するのと野球観戦の最大の違い、ある意味、最大の欠点ともいわれているのが、この試合時間の読めなさであり、すべての娯楽がテレビに集約されていた昭和の後期から平成一桁にかけては、その欠点がそのまま他の番組を逼迫し、時に番組の放送枠をひとつ潰したり、ビデオ予約の時間を大きく狂わせたりして、他の非日常を楽しむ人々から不興を買い、野球嫌いを増やしてしまった要因ではあるのだが、それの戦犯はだいたいセリーグの、特にオレンジ色のあの球団なので、「テレビじゃみれないロッテ球団」の存在はまあ、話せばわかる許してちょんまげといっても、野球に興味のない人には問答無用の話であり、この狭い日本のコミュニティの中でさえ、わかり合うことの難しさ、難儀さをしると同時に、BS、CS、ネット中継。そして、野球は足を運んで応援しにいくものとして、他の趣味との棲み分けがやっと成り立ってきた今日に、このウイルス騒動のピンチなのであるわけあって、願わくば……興味のない人は、興味がなくてもいいから、「やっぱりいらない」と興味がないものを即リスク、即加害物質と見做すのはどうか勘弁願いたいものであり、同時にライブハウスや小劇場などの存在も、それがなくては日常が腐敗してしまう人もいるのだとたとえ、興味がなくても寛容な眼差しを心がけたいものである。

 

「けれども、こんな雨の降ったりやんだりの中、ずっと見ていたら、単純に身体が冷えて風邪をひくかもしれないし……スマホの雨雲レーダーではちょっと強い通り雨がくるみたいだから、今のうちにマリン名物のもつ煮でも食べておくか」

 

 

そうして席を離れていると、どういう因果なのか、そういう時に限って試合が動く。マウンドを降りた美馬投手の後を受けたリリーフ陣が楽天打線につかまってしまい、なんと一気に5点を奪われ、逆転されてしまう。今度は、ロッテファンが「これは通り雨だから、どうかこのままコールド負けにしないでくれ……」と祈る展開に。

 

それにしても、必要は成功のMotherという言葉もある通り、天災や厄災はなんとしても避けて一生を送りたいのが、人情ではあるが、一介の野球ファンまでもが、天気のおおよその予測がつけられる現在というのは、そういったものがなければ、もっと未来の話になっていたに違いない。

 

逆転された試合を見つめながら、ふと未来を想い、さらに広げられるリードからは目を背ける。そんな思いをするくらいなら、そもそもその都度強いチームを応援すればいいという声もあるけれども、好きにきっかけはあっても理屈は通じないのが常じゃあないですか。そんな中にふと光りがさして選手の生き様が垣間見えたり、筋書きのない人間ドラマが、奇跡が見えたりするともうハートは虜なんです、わかるでしょう。

 

そうしているうちに、中村奨吾選手のホームランが飛び出し、8回と残りの攻撃回も僅かになる中、なんとか2点差までこぎつけ、続くレオネス・マーティン選手もヒットで塁に出る。そして、ゆずの『うたエール』が流れ、ツーアウトながら既にここまで2本のホームランをスタンドに叩きこんでいる井上晴哉選手に打席が回る。もうすっかり雨はやんで場内に緊張がもたらす静けさが張り詰めている。ここでホームランを打てば、たちまち同点。勝負は振り出しに戻り、それから先は何が起こるか誰にも予想がつかないだろう。

 

しかし、それはたとえ漫画であっても出来すぎだ……そういった冷笑は一見、現実的に思えるかもしれないが、実は違う。それは一見、ドライでシャープな視点に思えるかもしれないが、違う。そういうシニシズムは確率論と自身の視野の狭い経験則だけで、全てを語ろうとする無邪気さでしかない。プロフェッショナルの研ぎ澄まされた集中力というものを過小評価している。当然、相手もプロ、それも一流たちがしのぎを削るNPBの舞台でのことである。凡退に終わることだって多々ある。

しかし、井上晴哉にはとっておきの武器がある。それは試合を決めるここしかないという場面での驚くべき集中力の高さだ。

球界日本人最重量の巨大な体躯を誇るロッテの主砲はその体型もあってか、大相撲に造詣が深く、国技館で観戦した際には、力士たちの短い時間の中での集中力の高め方、下半身の使い方を学んでいるとインタビューに答えたこともある。彼の集中力は、横綱のそれなのだ。

 

 

直球、引っ張った、文句なし。打球は弾丸のようにスタンドに吸い込まれ、ホームランを確信したロッテの主砲は悠然と歩き出す。

 

勝負は瞬く間に振り出しに戻った。そして、ロッテ首脳陣はすかさず今度は投のチームリーダー益田直也選手をマウンドに送る。

彼の投球はまさに気迫がこもっていた。特にかつてのチームメイトであり、盟友、今は袂をわかったかつてのマリーンズの精神的支柱鈴木大地選手との勝負は圧巻だった。

 

 

「これはいけるかもしれない……」

 

根拠はない。でも、理屈もいらなかった。結果はまさかのサヨナラ押し出しデッドボール。一瞬、ロッテベンチ、そして、ファンが彼の心配をした後、元気に駆け寄る彼を見てから、喜びを共有する不思議なサヨナラゲームとなった。

 

 

この1勝がロッテナインの未来に繋がる。ファンは喜びに満ちながら、少しだけ彩られた日常に帰っていく。今日のようにそうなる時もあるし、そうじゃないこともある。そもそも、優勝できるかなんてだれもわからない。でも、12球団の選手、監督コーチ、そして、ファンたちは信じている。日本一を掴むのはそのうち1/12。なんと、満足度指数の観点からは効率の悪い娯楽だ。しかし、娯楽は、その存在だけで素晴らしい。

 

明日もよりよい野球がありますように。

野球だけじゃない、いろんな世界にいろんなちょっとだけ進んだみらいがありますように。みなさんが風邪、ひかないように。(観戦試合でサヨナラ勝ちを見られたので、この世の全てに今は寛大)

 

2020年7月30日公開

© 2020 春風亭どれみ

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