その巡査は、一人で交番にいた。
夜の闇に包まれる一帯。
交番の明かりだけが浮かび上がる。
一人の公僕が殉職するのに、上等な舞台。
ワタシは交番に入った。
姿も日本刀も隠さず。
背に日本刀を背負った十二才の少女の訪問。
その巡査も、これまで破壊した者達と同じ反応を見せた。
困惑・動揺・恐怖。
ただ、腰の特殊警棒に手が伸びている。
いつでも抜ける状態だ。
「警察学校を出たら、多くの警官が機動隊に放り込まれるそうね。その教育期間も終わって、今はここで酔っ払いやチンピラを相手にしてるの?」
「お、お前……! 重参として指名手配になってる……! 馬鹿な! 何をしに来た? おい、その背中の日本刀は……本物なのか?」
「重参――重要参考人? 銀行のテープには映っていた。駅では大勢の目撃者がいた。それでもまだ信じられないの? 全部ワタシがやったのよ。参考どころじゃないない。ワタシは、答え」
ワタシが自首をしに来たわけではない――動揺と混乱の渦中にいる警官でも、それぐらいは分かっているだろう。
「お、お前みたなガキが……信じられん」
ワタシは一瞬消えてみせた後に、すぐ元の位置に姿を現した。
警官が握り締めていた特殊警棒を手に持って。
さらにその警棒を、容易くへし折ってみせる。
「なっ! 何を……何をしたんだ……! お前は何者……?」
巡査の声が裏返る。
「これで信じてもらえた? 警棒が無くてもいいじゃない。あなたの腰には、拳銃がある。ワタシは刀だけ。しかも防刀チョッキを着てるんでしょ? さらにアドバンテージをあげる。ワタシはさっきみたいに消えたりしない。しかもあなたに、リボルバー六発、全部撃たせてあげる。どう? これなら、戦う気になるでしょ?」
「なぜだ! なぜ俺をっ……? その……殺そうとする?」
「覚えてないの? 共産主義国から来た反日のお偉いさんを警護してる時に、あなたに助けを求めた女性がいた。重病人を抱えてね。それはワタシの母親だった」
警官の顔に衝撃が広がる。
思い出したようだ。
「聞きたいことがあるの。アンタ達警察官は、反共の砦なんでしょう? なのに、何で共産主義国の幹部を護衛するの? 助けを乞う自国の弱者を無視してまで。不景気なのに、三兆三千億円もODAという形で金を巻き上げられて、それでこの国に照準を合わせた長距離ミサイルを配備している。この事について、あなたはどう思う?」
巡査から答えは無かった。
ただ、目が泳ぐだけ。
ガッカリ。
相手が警察官だから、少しは有意義なディベートを楽しめそうだと期待したワタシが間抜け。
「……分かった。じゃあ、戦おう。条件を一つ。応援を呼べば、戦う意志無しと判断して、あなたを破壊する。それに応援は呼ばない方がいい。二階級突進者が続出するだけだから」
巡査の目に、獰猛な光が宿った。
腹を括ったようだ。
ワタシが本気だと、悟ってくれたらしい。
だが、最初の一撃を中々放てない。
キッカケを与えるため、ワタシは一歩巡査に踏み出した。
もう巡査は躊躇わなかった。
自分が置かれた状況を認識できたようだ。
「殺らなければ、殺られる」
機動隊での訓練は、無駄では無かったらしい。
それは射撃で実証された。
リボルバーから放たれた六発全弾が、ワタシの胸部中央付近を貫いていった。
肉体再生能力を確認したかった。
だから撃たせた。
結果は満足できるものだった。
二発がワタシの心臓を貫通し、一発が縁を抉りとった。
その傷は瞬時に塞がった。
何事もなかったかのように動き続ける心臓。
しかし、誤算があった。
痛み。
想像を絶する激痛。
気が遠くなりかける。
体が「くの字」に折り曲がる。
巡査は冷静だった。
この隙に応援を呼んでいる。
事があまりに理解不能過ぎて、巡査の頭は真っ白。
ゆえに、体が覚えたことを無意識に実践している。
何とか動ける程度に、痛みが治まってきた。
巡査は、無線で応援を呼び終えていた。
手錠を手に、慎重にワタシに近付いてくる。
激痛で能力が格段に低下している。
だが「人間如き」に、ワタシの動きは見切れない。
ワタシは日本刀を一閃させた。
巡査を真っ二つにするために。
しかし――しかし、失敗した。
日本刀は巡査の左肩から入ったものの、心臓に達する直前で止まった。
防刀チョッキはやすやすと切り裂いた。
だが、骨と筋肉を一刀両断できなかった。
痛みのせいで、力が急激に落ちているようだ。
「うう……ぐううぅっ……」
「信じられない」――巡査の顔にそう書いてあった。
ワタシと巡査は、その姿勢のまま対峙した。
血走った警官の目。
激痛で瞼が痙攣しているワタシの目。
二つの眼が、絡まりあう。
「い、いいか。お前がどれ程の化け物だろう、が、な……い、いくら親の復讐だろうが……さ、殺人……人を殺すというのは、人間として一線を、こ、超えてしまう、こ、ことなん、だ。に、人間か、ケダモノかの、い、一線を……」
息も絶え絶えに、しかし巡査ははっきりとワタシに告げた。
「ワタシがその線を越えたんじゃない。アンタ達が、ワタシにその線を跨がせた……」
ハッとする巡査。
死に際の彼には、真実が見えたのかもしれない。
ワタシは力を振り絞り、日本刀を深く斬り込ませた。
スーダンで、政府対反政府の内戦が勃発。
宗教上の対立が原因だった。
何人もの罪なき人々が、ボロ切れのように殺された。
しかし和平が実現。
だが、理由は人命尊重にあらず。
石油だ。
政府が石油輸出の利益を反政府グループにも供与することで、和平が叶った。
すると別の反政府グループが内戦を起こした。
自分達も石油輸出の甘い汁を吸いたいと。
また、無辜の人々が無慈悲に殺され続けている。
インドネシア・スマトラ島で大地震が発生。
諸外国から、人命救助のため軍隊や救援組織が派遣された。
最も被害が大きかったアチェ州。
同州にも当然、救助チームが派遣された。
アチェ州では、独立を目指す武装組織・GAMが政府相手に扮装を繰り広げていた。
GAMは地震後、「攻撃停止」を宣言。
だが政府は、GAMが地震後も政府軍兵士を殺し、救援物資を略奪していると主張。
諸外国の救援団に、一刻も早い撤退を強く要請した。
政府は、地震で手足を失った人間の治療よりも、反政府軍抹殺を優先させた。
日本も多くの恥ずべき歴史を持っている。
帰宅途中の女子中学生が「北」に拉致された時、この国は軍隊ではなく、米を送った。
自国民二人が「北」に拉致された時、レバノン政府は断固とした姿勢で北に宣戦布告。
「北」は二人を、さっさとレバノンに返した。
レバノンは発展途上国で日本は先進国と言われている。
一体何が「先」に進んでいるのか?
モロッコでアメリカ人母子が誘拐された。
時のアメリカ大統領・ルーズベルトは艦隊を派遣。
見事に奪還してみせた。
日本で、結婚間近の恋人達が北に拉致された。
男性の母親はショックで倒れた。
後遺症として、言語障害と身体麻痺が残った。
寝たきりの生活を余儀なくされた。
介護は夫が全て背負った。
母親は寝たきりの生活の中で、男性の帰りを泣きながら待った。
しかし想い叶わず、息子の顔を見られないまま、黄泉へと旅立った。
日本政府はその間、相変わらず米と金を送り続けた。
人さらいの人殺し国家に。
国をあげて、人さらいを応援している。
かつてクラウゼビッツは、「戦争は外交の延長。ゆえに話し合いも可能」と述べた。
戦争で虐殺される無辜の民は、和平会談セッティングのための布石らしい。
人間の命など、その程度のものなのか。
もう一度、自問。
人間の命とヘリウムは、どちらが重いのだろう?
ワタシは絶滅者らしい。
だが人類を絶滅させる気は、毛頭無い。
罪無き人々を殺す理由・権利がどこにある?
では、大罪を犯しているのに、のうのうと生き永らえている連中は?
答えはすでに出ている。
ワタシは決断した。
ワタシのこの力は、今は家族の救出のために使う。
では家族を取り戻せたら……?
生きる価値も権利も無い連中が、家族を地獄に叩き落した。
同じ境遇にいる人間は世界にごまんといる。
他人事では無い。
絶滅させる程、人類を破壊しない。
けれど、予想以上に多くの人間を破壊することになるだろう。
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