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結ばれた初まりの日々

合評会2026年9月応募作品

島津耕造

以前作成した「初まりの日々」をR・D・レインの「結ぼれ」風にアレンジしてみました。

タグ: #合評会2026年9月

エセー

3,415文字

 I

 

僕は素御といる

素御は僕といる

 

僕が此処にいていいのは

素御が此処にいていいと言ったからだ

 

素御が言わなければ

僕は此処にいていいかどうかわからない

だから僕は素御に言ってもらう

 

言ってもらった言葉は

言ってもらったから言われたのであって

僕が此処にいていいことの証明ではない

 

だから僕はまた言ってもらう

 

 

 II

 

素御は「何でも言ってね」と言う

 

僕が何かを言えば

言ってねと言われたから言ったことになる

僕が何も言わなければ

言ってねと言われたのに言わなかったことになる

 

何でも言ってねと言われる前に

僕が言いたかったことを

僕はもう思い出せない

 

 

 III

 

素御が何か言う

僕は聞き取れない

 

「何?」と僕が訊く

「何でもない」と素御が言う

 

何でもないことを素御が言ったのではない

何かを言ったから 僕は訊いた

僕が訊いたから 素御は何でもないと言った

 

僕が訊かなければ

素御は何かを言ったままでいられた

僕が訊いたので

素御が言ったことは何でもないことになった

 

僕は何でもないことを

これから何度も思い出す

 

 

 IV

 

素御が花冠をかぶっている

 

僕は何か言おうとする

言えば壊れると思う

だから言わない

 

言わなかったことを素御は知らない

知らないから壊れない

壊れなかったのは 僕が言わなかったからだ

 

僕が言わなかったことを

僕だけが知っている

 

僕だけが知っていることは

僕の中でもう壊れている

 

 

 V

 

素御は名前のない花に名前をつけた

僕はその名前を訊く

素御は内緒と言う

 

内緒があることを僕は知らされた

内緒の中身を僕は知らされない

 

知らされないことを知らされた僕は

知らないことを知っている

 

知らないことを知っているというのは

知らないよりも 知らない

 

 

 VI

 

素御は手紙の束を棚の奥に仕舞う

僕は何も訊かない

 

訊かないのは

訊いてはいけないと思うからだ

 

訊いてはいけないと

素御は言っていない

 

素御が言っていないことを

僕が守っている

 

僕が守っていることを

素御は知らない

 

 

 VII

 

牡鹿は僕らを見た

僕らも牡鹿を見た

牡鹿の目のなかに森が映っていた

 

素御が弓を引く

牡鹿が顔を上げる

目が合う

その刹那に矢が放たれる

 

牡鹿は見たから射られたのではない

射られる前に見た

 

見たことと射られたこととのあいだには

何もなかった

 

矢は瞳に当たった

牡鹿が最後に見たものを

矢が貫いた

 

 

 VIII

 

「あなたは充実してそうでいいな」と素御が言う

「私は虚無よ」と素御が言う

 

僕が充実しているのは

素御がそう見ているからだ

 

素御が虚無なのは

僕が充実して見えるからだ

 

僕が充実していなければ

素御は虚無ではなかったかもしれない

 

僕は充実をやめようとする

やめようとしている僕を見て

素御はやはり自分を虚無だと思う

 

 

 IX

 

お星さまが手紙を寄こす

 

――素御の言う通りにしなさい

――素御は頑丈なようでいて脆く儚い存在です

 

素御は「大丈夫」と言う

 

言う通りにするなら

僕は大丈夫だと思わなければならない

 

脆く儚いなら

大丈夫という言葉を信じてはならない

 

言う通りにすれば 守れない

守ろうとすれば 言う通りにできない

 

僕はどちらもした

どちらもしたので

どちらもしなかった

 

 

 X

 

僕が布を裂いた

素御が怒った

 

「頼むから許してくれよ」と僕は言う

 

許してくれと言われて許すのは

言われたから許すのであって

許したことにならない

 

言われずに許してもらうには

僕が言わずにいなければならなかった

 

僕はもう言ってしまった

 

だから僕は 家を出た

 

 

 XI

 

僕は蜂に刺されながら蜂蜜をとった

 

刺されたことを素御は知らない

 

知らせれば

刺されたのだから許せ ということになる

 

知らせなければ

僕はただ蜂蜜を持ってきただけになる

 

僕は知らせないことにした

 

知らせないことにしたことを

僕は憶えている

 

憶えているかぎり

僕は知らせている

 

 

 XII

 

暗くて何も見えない

見えるのは星ばかりだ

 

星は動かないから 方角がわかる

 

家の方角はわかった

家に素御がいるかどうかは わからない

 

 

 XIII

 

僕が探しに行けば

素御が帰ったときに僕がいない

 

素御が僕を探しているなら

素御は僕がいない場所を探している

 

僕がいる場所は

素御がもう探し終えた場所だ

 

だから僕は動かない

 

動かないことが

探すことになるように

 

 

 XIV

 

僕は火を焚かない

僕は風呂に入らない

僕は肉を食べない

水だけを飲む

 

素御がいないあいだ 僕は

素御がいないという形をしている

 

植物には水をやる

 

植物は素御がいなくても渇く

渇くものが一つでもあれば

僕は何かをすることができる

 

 

 XV

 

僕は皿を洗う

綺麗になっても洗う

綺麗になった皿をもう一度水に浸けて

もう一度洗う

 

洗い終われば

待つことしか残らない

 

だから洗い終わらないようにする

 

僕が洗っているのは皿ではない

洗っていないと落ち着かない

その落ち着かなさを 洗っている

 

 

 XVI

 

「ごめんなさい、道に迷ってしまったの」

「いいんだ、僕が悪かったよ」

 

素御が謝るなら 悪いのは素御だ

僕が悪いなら 素御は謝らなくていい

 

素御が謝ったのは

僕が悪くなかったからだ

 

僕が悪かったと言ったのは

素御に謝らせないためだ

 

謝る者が二人いて

許す者が一人もいない

 

だから何も終わらなかった

 

終わらなかったので

僕らはまだ一緒にいられる

 

 

 XVII

 

僕が裂いた布を

素御が繕った

 

繕われた布で

素御が僕の体を拭く

 

僕は針目を見る

 

針目は 裂けたことを消していない

裂けたところに 針目がある

 

僕は何も言えない

 

言えば

繕ったことを僕が知ったと 知られる

 

知られれば

繕ったことが 僕に見せるためだったことになる

 

僕は黙って拭かれた

 

 

 XVIII

 

僕らは炎を焚いた

 

何の記念かと訊かれたら

答えられなかっただろう

 

記念でないものを

僕らは記念と呼んだ

 

此処にいることを

確かめるための炎だった

 

確かめなければならないということは

確かでないということだ

 

炎が大きくなるほど

確かめたいことも大きくなった

 

薪が尽きた

炎が小さくなった

 

僕らは一歩 火に近づいた

 

 

 XIX

 

朝陽が僕らを見つめている

僕らは見つめ返す

 

見つめ返さなければ

見つめられていることが わからない

 

見られている僕らがいて

見ている朝陽がある

 

朝陽は僕らを見ていない

僕らが 見られていると思っている

 

思っているあいだは

僕らは此処にいる

 

 

 XX

 

僕らは幸せだ

 

幸せだと書こうとして

しはわせ と書いた

 

書き間違えたのではない

 

幸せと書けば

幸せかどうかを問うことになる

 

しはわせ なら

問われない

 

問われないものだけが

問われずにすむ

 

「しはわせ。」

 

 

© 2026 島津耕造 ( 2026年8月30日公開

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"結ばれた初まりの日々"へのコメント 1

  • 投稿者 | 2026-09-20 08:45

    相反するものって実は根底では同じなんじゃないかと思ってるんですが、そういう感覚を彷彿しました。
    ただ、お題「熊本」をどこに盛り込んでいらっしゃるのかは分からなかったので、教えていただければ幸いです。

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