PPK

小林TKG

小説

1,954文字

なんかの為に書いたやつです。かっこいいですよねPPKって。

去年の十月、父が死んだ。七十四歳だった。両足がパンパンに腫れて病院に行ったら血圧がおかしいという事で検査をしたら大腸に癌の腫瘍が見つかってその腫瘍の切除しないといけないってなって手術をして血をどばどばだして、それでとりあえず一回退院したけど、酒を飲まなくなって、何も食べなくなって、一日ごとにやせ細っていって、結局何も食べないせいで貧血を起こして、点滴だけでもしないといけないという事になってまた入院して、しかし病院でいくら点滴を打っても父はもう太らなかった。少しも太らなかった。ただただ、枯れ木のようにやせ細っていくだけだった。少しして入院先の病院の先生が、

「もしかしたら頭にも何か障害が発生しているのかもしれません」
と言った。その後すぐに父の意識が無くなった。普通の病院にそのまま入院させておくのはお金がかかるので終末病院と呼ばれている病院に転院した。
そこで、父は死んだ。
「そろそろだと思います」
見舞いに行った際に週末病院の副院長先生にそう言われた。その次の日、父が死んだ。父が死んだという連絡が終末病院から来た。父は夜中に死んだ。二十三時、もうすぐ日付が変わるという時に死んだ。もうすぐ十月になるという時に死んだ。
両足がパンパンに腫れあがって明らかにおかしいとなって病院に行ってから一年と経たずに父は死んだ。七十四歳で死んだ。
「一月の誕生日まで生きてほしいねえ」
なんて、家族で話していたけど叶わなかった。七十五歳にはならずに父は死んだ。
最後に見た生きている父の姿は、病院のベッド、ガリガリに痩せて体の一部は黒ずんで、意識のない、口は開けっ放しで、その口に呼吸器をつけた。目は開いているけども、常に上の方を見ていて。目が緑色に、虹彩が欠けて緑に変色していたらしい。そんな父親だった。
最後の見舞いの時、看護師さんに、
「まだ七十四歳でお若いんですけどねえ」
と言われた。今の人は普通はもっと長く生きるんですけどねえ。そんなニュアンスが含まれていたように思う。
私は正直、父が何も食べなくなって、日ごとにガリガリになっていってる辺りで、
「死ぬんだろうな」
と思っていたので、看護師さんのその言葉になんと言って、返していいかわからなかった。いや、あれは死にますよ多分。とも言えなかったし。
病院から葬儀社の方に引き取ってもらって、葬儀ホールで化粧して目を閉じて口も閉じて棺におさまっている死んだ父の方がまだ健康的で、死ぬ感じが無かった位。
病院に居た時の父はどう見たって死ぬと思えた。死んだ後の方が健康的に見えた。死んだ後の父を見て終末病院の看護師さんが、
「まだ七十四歳でお若いんですけどねえ」
と、言ったら、私ももしかしたら、
「そうですよねえ」
と答えれたかもしれない。
父は七十四歳で死んだ。父が死んだのと同じくらいのタイミングで、テレビで三遊亭円楽師匠の死が報道されていた。七十二歳だったそうだ。それからニ、三日経ったら今度はアントニオ猪木さんの死が、報道された。こちらは七十九歳だったという。
それらを受けて、私は大体七十台で人は死ぬんだな。と思った。思うようになった。知り合いにその考えを話してみると、
「今どきはもっと長生きするよ。七十代は早すぎるよ」
という。
でも、正直な話、それ以上生きて何があるんだろうと思う。それ以上生きた所で何かあるんだろうかと。
父はまあ、まだマシというか、マシだったんじゃないかと。父はダメになって一年と経たずに死んだ。それだから、だから助かったという思いもある。だってその期間が長ければ長いほど大変だろう。多分。何がとは言わないけど。でもそういうニュース、心中とか、そういうニュースは多い。よく見る。
うちは、父の場合は、そうならなかった。そうはならなかった。だからよかったし、助かった。自分が、自分の家がそういう事でニュースにならないでよかったと思った。そんな事になって、ヤフーニュースか何かの地域の欄かなんかに載って、そんで見ず知らずの人からコメントとか書かれなくてよかった。
「最近こう言うニュースが多い。悲しい。どうにかならなかったのかと思う」
「誰か、助けてくれる人はいなかったのか」
とか、そんな事の対象にならなくてよかった。良かった。
知り合いに父が七十四歳で死んだことを話すと、
「PPKか」
と聞かれた。それは何かと尋ねると、介護か何かの用語らしい。
『ピンピンコロリ』
ぴんぴんしていたけど、ある日ころりと死んだ。みたいな意味だそうだ。
「うちの父は……」
ダメになって一年と経たずに死んだ。まあ、厳密な意味でのPPKじゃないかもしれないけど、でも、まあ、その端っこに属するくらいの感じで死んだよ。あれならまだいいかなと思える。私もあれで、ああいう感じで死ねたらまだいいんじゃないかなあ。って。

2023年8月28日公開

© 2023 小林TKG

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