引きこもり女子

猫が眠る

小説

1,670文字

その春の夜は雨が降っていた。わたしは、セブンスターの煙草に火をつけて、ブランコをこいでいた。徒歩5分のセブンイレブンでチューハイを買ってきた帰りだった。イヤホンでは、お気に入りの音楽が流れている。家には帰りたくなかった。小雨だったから、フードを被っていれば大丈夫だ。めっちゃ田舎だから、街灯のあかりもないけど、人もいないから、こうしていても別に気にすることは無い。

家に帰れば、義父と母親の話し声が聞こえるし、聴覚過敏のわたしにとっては、それが苦痛だった。義父に会えば、わたしはニコニコしてなきゃならない。義父はそれで喜ぶみたいだけど、わたしには、毎日、毎晩、それが苦痛だった。

缶チューハイのプルタブをあける。わたしを救ってくれるのは、お酒と薬だけ。

中学生の頃に、わたしが在日韓国人二世ということが、どこからか広まって、虐められた。「出てけ」とか「帰れ」とか、黒板に書かれた。朝、学校に行ったら、罵詈雑言が、机にマジックで書かれていた。

わたしはそれから不登校になった。卒業式も出ていない。わたしは、自分が中学を卒業したのかも、わからない。

わたしの家は、お金がなかった。義父が来るまで。母親はわたしをうっとうしがって、暴力を振るった。お金なんか1円もくれなかった。だから、自分で稼ぐしかなかった。でも中学を卒業してない女を雇ってくれる所なんてない。

わたしは自然と水商売に、それも16の女を雇うような違法な底辺のものをした。喋るのがとてもできなくなっていたから、喋らなくてすむ、そういう仕事。苦痛の日々だった。でも、お金がなきゃ、何も買えなかった。だから……

義父が家に来てから生活は一変した。義父は建設業の副社長だった。わたしにもお小遣いをくれるようになった。わたしはすぐに仕事をやめた。でもその傷は大きかった。義父には何の仕事をしていたかは、話さなかった。話したら、たぶん、嫌悪されると思ったから。

お金は入るようになったけど、生活水準はそんなに上がらなかった。母親は殴るのを止めるようになった。でも姉が過食嘔吐症だったから、とてもそれにお金がかかっていた。姉は家とは離れたプレハブ小屋に住んでいて、何をしているのか分からなかった。時々顔を合わせても、何も話さなかった。

わたしの日々は、引きこもりの日々に戻った。数年のこととは言え、トラウマが毎日あたまを襲ってきた。酒と薬で意識をなるべく混濁させることに日々を費やした。

ブランコに乗りながら、9%のチューハイを飲み下す。お酒が好きなわけじゃない。薬として飲んでる。一気にロング缶を飲み干す。もう一缶あける。ポケットに入っている、小さなチャック付き袋に入ってる糖衣錠を14錠ほど取り出して、酒と一緒に飲み下す。

義父のお古のスマホをもらって、ひとより、10年くらい遅れて、スマホを手にした。でも、何をできるのか分からなかったから、おすすめに出てきた、TwitterLINEだけを入れた。

Twitterのフォローもフォロワーも少ない。LINEは親としか繋がっていない。Twitterのタイムラインをなんとなく眺めていると、あの人が呟いているのが目に入った。「僕の夢は今の恋人と一生添い遂げることです」。素敵な人だなって、思った。わたしもそんな人と出会えたらな。思い切って、ダイレクトメッセージを送ってみる……なんで送ろう……

「生きるのって辛いですよね」

送ってから後悔した。ほぼ相手にとっては知らない人間から、こんなメッセージが送られてきたら、引くだろう。ああ、やっちゃった。

でも彼からはすぐ返信が来た。

「僕もそうです。眠剤依存症です。」

わたしは少し心臓の鼓動が早まるのを感じた。

わたしと同じ……かもしれない……

「彼女さんへの想い、とても素敵だと思います、」

その次の言葉は書けなかった。

「ありがとう。本当のことだから。」

わたしは次の日から気づくと、彼のツイートをずっと、昔まで辿っていった。いいねしているツイートも見た。

わたしのなかで、今まで無かった、ひとに対する新しい感情が芽生えてくるのを感じた。

2023年5月7日公開

© 2023 猫が眠る

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