まず、財布の内に秘めている秀逸山羊パワーを、教育者のような臭いの漂う、綿毛だらけの腹の一点に集中させてから、バスガイドの唾液に含まれた金平糖を、男子に預けたコンサート会場に突き落とす。すると調味料を誤解したエレベーターが降り注ぎ、飴玉の形を模している惑星が鉄の香りに埋まる。辺りに宇宙の浮遊のような音と、昆布のような性格の雄山羊どもが円形に舞う。彼らはめえめえと鳴きながら四肢を広げ、下からの風圧とおでんの臭いに舌を伸ばす。山羊だらけの竜巻に赤色が追加される……。
「アレは、年に一度だけの大騒ぎだから」長方形のカメラを向けられた、達磨のような主婦が自分に頬ずりをする……。その姿に全ての茶の間が吐瀉物の臭いで侵される。
「だからこそ、こんなにも大量の野菜を使うんですね?」リクルートスーツの女。青色のマイクからは山羊の寝床の香りがする。
「ええ……。ほらウチも、もう二キロも無いんですよ」
三度目の頬ずりと共に、全ての茶の間は見放すことを決意する。
バレエの塾講師を務める白山羊が、棚の上で人間の顔が描かれた札束に誓っている……。金平糖の中のバスガイドを鍵盤ハーモニカのように咀嚼している……。
彼はバレエなんて、できないはずなのに! 女どもは雌山羊の右足を撫でながらリポーターに訴える。リクルートスーツの彼女は先ほどの主婦の頬ずりを真似る。
今晩の山羊肉の血の通りを地図に記す。呼び出しを食らった学生が山羊の顔をして、医務室に入る……。珍しい郵便局のバイトの女が、隣人の飼い犬の名前を思い出しながら、自分の課題の全てを硬貨に変換させようと削岩機を引っ張り出す。それの彼氏たちは、試験を必死に回答していく。女はどうしてもロジック・エレキ・ギタアの切れ端を手に入れたい。右の棚に収納されているはずのアルファベットの構造を、ひびだらけのかかとに写し取りたい。コピー用紙の前で上司への平謝りを訓練し、そうしてネックレスを完成させてから、昨日までの腐った教員免許をソテーへと成長させたい……。
「力作を彼氏に食べさせたいの!」彼女はエレベーターの中で、老いた山羊に語った過去がある……。
彼らは手順通りに一位通過を行い、全国の粉ものを嗜む準備に酔う。店員の役割を任された細菌だけが、仕事の相場を理解してしまう。山羊の体毛はよく売れる。尻尾の毛を国宝として展示している市場があった。多くの山羊はそれを見て、声を押し殺して嗤う。声を出した者だけが山羊肉に変換されて吊るされる……。
「何も知らない人間の薬物常用者たちに対して、山羊の毛は高値で出せる」夜の自動販売機にて、山羊の唾液を購入している場面を目撃される予定が出現しては、タコ足配線の溝のカビのように増えている……。「全く困ったものです。山羊山羊……あと、めえめえ。めぇー!」
上空から観察していると、錠前のような、蝸牛のような飛行機だけが耳に有る。湿った耳は蛸のエサとして売られる。独り身山羊はそれを好んでカウンターに持っていく。火照った顔で財布に視線を落とし、頭髪よりも寂しい小銭の量に涙を流すが、それすらも採取する。独り身山羊にとっては、それが今晩の食糧になる……。
彼女と男の間に置かれた飲み物が落下する際の、昆虫のような金属の、棘が生えた美しい轟音に両肩を震わせる。雲になりきっている四肢を広げた上空山羊は、自分の薄い皮に風圧を感じる。彼はそれだけで、猫用の解答用紙を胃に詰めることができた。「あの味を胃に入れられるなんて!」と同僚の飛行機たちは驚く。そして喉をぐるりと鳴らす。夜の職員室の中の、煙のような偽装。食物連鎖の、金銭感覚が確実に狂う口づけ……。
三年後の最終過程と称し、長い舌でウイスキーを喉に浴びせる。まるで道化師のような悪態を中学教師に見せて、何も成長していないことを示した。放屁の熱風をストーブだと思い込み、街中の山羊は、さらに山羊パワーを圧縮してコインにしていく。
「じゃあ俺も山羊になればいいのか?」
「そうだよ。ぼくらの先生なんだからさ」
山羊の牧師は友人に向けて山羊を買うことを強く勧めたことがある……。十字架を妻にした友人は白い島から出てこない……。駄菓子の値引きを打診した女神のような少年が、山羊だけのバーの暗闇ステージで、今晩限りのシスターに変身する……。
「海老ぞりをしている彼はとても気持ちが良さそうだった」
「彼の彼から出てくる白いアーチ。あれを呑めた僕はきっと勝てる。勝ちに行く」
山羊ばかりの島から脱出をしない牧師。彼の脳は八十パーセントが山羊の体毛。彼は船を咀嚼し、黒曜石の烏賊を胃液で溶かして投棄する。しかし蛸にだけは舌を付けない。四肢を引きずって、村の臭いのする自宅へと逃げてしまう。彼は結局、半分だけは山羊だった。
牧師は新しく招き入れた新入り山羊に新鮮な草を食べさせる。素手の中の、多数の人間の臭いがこびり付いた草を山羊の前歯に押し付ける。山羊は非常に丁寧に舌を動かして、入って来る草の中に紛れていた、蛸の死骸だけを舐め取って幸福になっていく。
「ああ……こいつはまだ哺乳瓶のような瞳を持っているからね」胃液に口づけを試す。胃潰瘍になった幼少期を思い出して舌を入れ込む。ローションよりも強烈な安心を子宮の香りと共に享受する。
「ぼくはもう十字架が無くても牧師になれる……」全裸で山羊の死骸を抱きしめる。死骸は血と共に最期の山羊山羊を後方の女神像に誓う。
別荘の地下の右の、職員室を模倣した長方形に入るとする……。
「山羊山羊」という文言は、人間と同等の知性を持って生きている山羊たちにとって、必須の文言。それは時に号令にも、時に合言葉にも成る。
山羊しか居ない学級の担任になった人間教師が、ふざけて教壇でそれを叫んだ途端、生徒の山羊たちは机を投げ出して口々に叫び合い、喜び合う。しかし教壇で混乱している教師を見て、ああ、これはふざけて叫んだんだ、おれたちを馬鹿にしているんだ、と悟った瞬間、彼らは冷徹な山羊山羊号令と共に教師の腹に頭突きを繰り出す。教師はすっかり山羊の一員になる。
「山羊にとって山羊山羊とは、『めぇー』に代わる鳴き声であり、誇りだったんだ」
「めぇー、じゃあだめなの?」
「めぇー、はだめ。あれじゃあ計算もできないだろうし」
教員山羊は模倣された職員室の珈琲を雑巾に染み込ませ、丁寧にしゃぶる。埃と苦味が音を立て、砂浜に入り込む波のように脊髄に浸透する。眼球の内側の汚れが剥がれ、涙と共に胃液と合流を果たす。そして溶けて沈む。喉の奥の突っかかりも流れていき、珈琲の苦さが全ての蓋の役割を担う。
「やはり珈琲は素晴らしい」
気づけば机の上の資料は消えていて、後方にデスクを構える部下が、めぇーと鳴きながらまだ新しい四角形スタンプを握りしめている。教員山羊は珈琲飲み屋の商人との出来事を思い出しながらそれを撮影し、ようやくこの監獄のような、模倣された職員室から脱出をする。
ぼくは山羊じゃないから。
後方からの鐘の音が、教員山羊の心臓の中の、獣臭い一面を引き出そうと必死になっている……。
ぼくは、山羊じゃないから。
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