「貴様、人類を『笑い死に』で滅亡させようって魂胆か?」と北斗が苦しそうに脇腹を押さえながら言った。
僕のiPhoneに北斗から遊びの誘いがあったのはみんながいなくなった駐車場でホッピングはできないまでもローライダーの車高を自由自在に操れるようになっていたときさ。僕は北斗と僕の部屋で酒を飲むことになったから自宅アパートにいる彼をローライダーで拾ってやることにした。前述の北斗の発言は迎えに来てあげた友だち思いの僕に対してのものである。
「お前のおかげで人類は核戦争を起こすという面倒臭いことをやらずに済むってわけか」と北斗は立て続けに言った。「ま、どうでもいい。核戦争なんてそんな些細な問題は。そんなことよりお前の背後にいるその新しいお友だちを俺に紹介してくれよ」
僕は北斗の住んでるアパートの前の路肩にローライダーを停めていた。僕はその新しい友を北斗に紹介して、さらにこの友を金で買った理由である聖良ちゃんのことも彼にざっと話した。
「例によって訊くが」と北斗。「その聖良ちゃんって娘にいつ振られる予定なんだ? いや、その娘をいつ笑い死にさせる予定なんだ?」
僕は鼻で笑った。「沈没船を釣るための餌が存在しないようにあいにくその予定も存在しない。君には理解できないかもしれないが今の僕のこの姿は聖良ちゃんの理想の男性像そのものなんだ。ところで沈没船と言ってその存在を思い出してしまったんだが、名前負けしてないあのウザったい女は今日は来てないのかい?」
「セックスしてあげたら上機嫌になって早々に帰ってくれた」
僕は噴き出した。「それはご苦労だったね」
北斗は僕の新しい友とすぐに打ち解けていた。彼はボンネットを開けたりトランクを開けたり運転したりと忙しなく動いていた。で、僕がハイドロスイッチの存在を教えてやると彼はさっそくそれをいじくり始めた。
憎たらしいことに北斗はローライダーを見事にホッピングさせていた。初めて操作するにもかかわらず、だ。北斗の操作によりローライダーは左遷されて地方へ転勤になった戦友を見送ったあとの同期生みたいにぴょんぴょん飛び跳ねていた。僕はそんな嬉しそうに飛び跳ねるローライダーを見て悲しくなった。僕が操作したときには死にかけの虫のような動きしかしなかったんだ。僕は北斗とローライダーの仲を嫉妬した。
北斗はホッピングを始めてほどなくしてローライダーから降りた。彼がローライダーを降りたのは彼と同じアパートに住んでいるおじさんに「うるさい!」と怒鳴られたから。時刻は午前零時前。ローライダーは轟音を立てて飛び跳ねていた。それは「移動式スクラップ工場がわが町にやって来たのでは?」と住民に連想させるのに十分な音量だった。
おじさんに怒鳴られてしょんぼりして運転席から降りた北斗の姿を見たとき僕はすかっとした。ローライダーと北斗の仲を嫉妬した際にその嫉妬からプレゼントされたストレスは、防音性の低い安アパートに住む騒音に厳しいおじさんのおかげで一気に解消された。おそらく録音・再生できる蓄音機を発明したエジソンも音痴の人間を黙らせたときはこのときの僕と同じ気持ちだったに違いない。
「トンネルを抜けると食糧のある場所ではなく食糧にされる場所に出ただけさ、北斗。いわゆる光の国の住人の餌となる場所にね。いま君は長くて暗い異臭のするトンネルの中が一番安全であることを知ったわけだ。勝利というのは誰かに――あるいは何かに『負けてもらう』ということなんだよ。北斗、胸張っていい。君は負けてあげたのさ」と僕は親愛なる友にそう言ってやった。
翌日の午後三時、僕は前の日に轟さんと来た空き地へ行った。北斗と朝まで酒を飲んでいたから僕のレインボー・アフロの頭は二日酔いで厚い雲に覆われていた。でも僕はそんな頭を体に接合させたまま外出したのさ。明くる日に轟さんがホッピングのコーチをしてくれることになっていたけど、ホッピングの習得を翌日まで待つことなんて真面目すぎる僕にできるはずない。そう、僕は真面目すぎるんだ。誰が一番大きな愛を持っているのか世界はその一番を決めるために毎日いがみ合ってるわけだけど、「お前には愛がないな」と言われても構わないから僕はそんないがみ合いには参加したくないと思ってるんだ、絶対に。おまけに「悟ってたまるか!」とも思ってる。真面目すぎるでしょ?
僕は空き地でホッピングの稽古に励んだ。黙々と。卵白をかき混ぜる泡立て器のように――あるいは泡立て器にかき混ぜられる卵白のように。黙々と。僕は二日酔いをエスカレートさせる車の揺れに耐えた。それから野次馬に勝手に写真を撮られることにも耐えた。その甲斐あって僕は死にかけの虫のようにしか動かせなかったローライダーを生き返りかけの虫のように動かせるようになったんだ。
そういうわけで僕はローライダーでアルバイト先へ向かった。
休日出勤(聖良ちゃんの仕事ぶりを眺める仕事さ)のときは午後九時に出勤すると前に説明したけど僕はその日、通常出勤の時刻である五時十分前、つまり四時五十分に到着するようにアルバイト先へ向かった。ホッピングはできないまでも生き返りかけの虫のように動くローライダーを出勤前の聖良ちゃんに見せたいと思ったのさ。そんな気持ちの高ぶりもあってか豪雨のごとき二日酔いの頭痛は治まって、頭にはダブルレインボーが架かっていた。
つづく
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