岡本尊文とその時代(四十)

岡本尊文とその時代(第40話)

吉田柚葉

小説

22,491文字

天がそう言っているのだから、そうなのです。

宮崎氏が戻って来ぬまま、会の開始時間が来た。会場の明りが消えた。そして、壇上が照らされた。

壇上の中央には、演説台が置かれている。そこから左に少しずれた所に、其れを一回り小さくした演説台があり、そこには、白い服を着た、司会者とおもわれる女性が立っていた。

「皆さま、本日はお忙しいところ、こんなに大勢の方にお集り頂きまして、本当にありがとうございます。司会の桑畑ゆりと申します。例年でありましたら、ここで一言、更に付け加えるのが恒例となっております。何と言っていたか、覚えていらっしゃる方はおられますでしょうか。お気づきの方は、一寸、手を挙げて頂けますでしょうか。」

十人ほどが手を挙げた。

「ああ、其れでしたら、一番手前の方に……。」

と司会者が言って、暫くすると、指名された人物にマイクが渡ったらしく、

「えーっと、今日この場にいると云う事が、『気』に合っていると云う事……、でしょうか。」

と云う女性の控え目な声が静まったホール内に響いた。其れを受けて司会者は、

「はい、ありがとうございます。その通りです。確かにこの場では毎年、そのように司会を始めておりました。この『気』と云う概念は、わたしたちの生活をよりよくするにあたっての重要なキーワードであり、皆さまも今年、よくよく肝に銘じられて日々と向き合って来られた事とおもいます。わたしがここで司会に立たせて頂くのは、もう三年目になります。そして、去年、一昨年、と、其れまでの慣習に従い、今答えて戴きました通り、『狂この場で一堂に返す事が出来ている事が、何よりも「気」に合っていると云う事です』と、そのようにお話しておりました。其れは、猪原先生に、なんとしても其れだけは言ってもらいたいと云う指示を受けてそのように申していたわけでありますが、今年は、先生から、その話をする事を禁じられております。詳しくは、今からご登場戴いた際に先生がおっしゃられるかと存じます。では、さっそく登場して頂きましょう、猪原先生です! 皆様、拍手でお迎えください!」

拍手が爆発した。裾から、深い紫のジャケットを着た初老の男性が、小走りで壇上に現れた。男は、演説台に立つと、両手を挙げて拍手を受けた。拍手が止むまで、男はその姿勢を崩さなかった。

「……はい。どうも、皆さま、こんにちは。猪原です。『晴天の会』の代表取締役をさせていただいております。」

猪原の声は、あくまで落ち着いていた。私は、自分が仄かに興奮している事を感じた。

「桑原さんが仰ったように……と云うより、其れもわたしが桑原さんにお願いして言って頂いた事ではあるのですが、今年は例年とは全く違う事を皆さまにお話しできたらとおもって、今日はやってきました。すみません。今日は、天地をひっくり返します(場内・笑)。

「……このフォーラムも今回で八回目なのですが、有難い事に、年々参加者の方が増えています。もうこの会場では入りきらないくらいになっております。其れは、皆さんが見て頂いたら直ぐに判る事かとおもいます。ですが、八年前に始めたときは、七人でした(場内・笑)。はい、たった七人だったんです。わたしは、彼らを神セブンと呼んで、未だに連絡をとらせて頂いています。

「で、この前もその内の一人の方と喋っていたのですが、やっぱり八年前と今とじゃ、全然違うよね、と云う話になりまして、もう『気』に合わせている場合じゃない、と。と云うより、合わせようとしても合わせる事が出来なくなってしまっているんですね。八年前であれば、一年を通して、一箇の『気』が見えて、そこから外れないようにお役をこなしていれば上手く事が周っていたのですが、もう二年ほど前から一ヵ月、下手したら一日単位で『気』が変わっていくようになってしまったのです。要するに、『気』の中心が『晴天の会』ではなくなってしまった。『気』の中心が、他でもない、皆さま一人一人になってしまったのです。

「どう云う事か。これは去年も一昨年もお話させて頂いた事ではあるのですが、二〇一三年の十二月二十四日に、マヤ第七の時代が終焉を迎えたんですね。この事で何が変わったかと言うと、地球全体がアセンションに入った。実際には、二〇一〇年あたりから、そのオーラが地球に入ってきている形ではあるのですが、わたしたちのような人間の間では、二〇一三年が始まりとして語られる事がとりわけ多いですね。

「……いや、もっと厳密な事を言いますと、一九九九年がその分岐点にあたります。皆さんも覚えてらっしゃるかとおもいますが、例のノストラダムスの大予言。あれは、実際に実行される予定だったのです。具体的な場所は言えませんが、巨大隕石が地球のある地点に激突し、人類は死に絶える予定でした。其れこそ、天が決めた事として、その計画は着々と実行に移されようとしていた。ですが、我々人類は、土壇場で「目覚める」事を選び、隕石の衝突を回避する事に成功しました。其れと前後し、宇宙全体の支配権がみずがめ座からうお座に代わり、「感情」と「調和」が重視される時代に入りました。ですから、宇宙全体から二十年程度遅れての、地球のアセンションと云う事になりますね。

「アセンションと云うのは、簡単に言えば、次元上昇の準備段階の事です。次元上昇の事は、皆さん、ご存知でしょうか。判るよ、って方、一寸手を挙げて頂けますか。

「……ハイ、流石です。八割方手が挙がりましたね。そうです、今地球は、大きな転換期を迎えておりまして、三次元の世界から一気に五次元の世界に変ろうとしています。この事によって何がどう変わるかと云うと、平たく言えば、願いが叶いやすくなります。もっと言えば、苦痛を感じる事が出来なくなってしまいます。ハイ、苦痛を感じたい人!

「全く手が挙がりませんね(場内・笑)。おかしいな。皆さん、既に忘れてらっしゃるようですが、生まれて来るとき、人は「苦痛を味わいたい」とおもってお母さんのお腹を通って来たんですよ。地球に行けば、「上手く行かない」を体験出来るらしいぞ、と。「其れなら其れを体験しに行こうよ」、と。……しかし、これだけ手が挙がらないと云う事は、やはり皆さん、アセンションの煽りを受けて、半ば目覚めてしまっているのでしょうね。なに、其れが自然な事です。目覚めてしまいましょう。一寸つまらないかもしれませんが、楽な方を選んでしまいましょう。二〇一九年まで来ちゃったらそっちの方が早いです。

「アセンションが完了するのは、二〇三〇年です。ですが、二〇二〇年から、その変化は格段に加速してゆきます。ですので、二〇三〇年ギリギリに目覚めようとおもっても、なかなか難しいです。目覚めたいのであれば、来年、二〇一九年が、最も目覚めやすい。皆さんは、半ばまで目覚める事を選んでしまっているので、覚悟を持って、目覚めてしまいましょう。

2019年9月24日公開

作品集『岡本尊文とその時代』第40話 (全41話)

岡本尊文とその時代

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© 2019 吉田柚葉

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