メニュー

豊島区立手足図書館

眞山大知

ちなみに学生時代、図書館のバイトを受けようとしたら書類選考で落とされました。#BFC8落選展

タグ: #BFC #BFC落選展 #純文学

小説

2,080文字

返却口の丸い穴に右脚がねじ込まれていた。ちゃんと奥まで入れろと思いながら、俺は引っこ抜いて台車の回収袋へ入れる。袋には腕と脚が山積みになっていて、てっぺんに乗った右脚の爪には真っ赤なペディキュアが丁寧に塗られていた。台車を押して閲覧室を横切る。テニスコートほどの部屋に棚が並び、中の手足がときおりびくっと痙攣すると利用者がわっと驚く。もう秋も深いから静電気のせいだろう。痙攣したのは去年借りた中学生の腕だった。あの腕は字がやたら上手かった。陸上選手の右脚の棚には貸出中の札が置いてある。借りているのは俺だ。

東京の珍スポットとしてYouTubeで紹介されてから、外国人もちらほら来る。窓の向こうには池袋の高層ビル群が立っていて、自撮り棒を持った客に「No Photo!」と注意すると、素直に「Sorry」と謝ってくれた。

奥の職員用扉を開けると学校のプールのような塩素臭がする。地獄のシャワーみたいな広く浅い洗浄槽に液が張ってある。エプロンを二枚重ね、袋をひっくり返すと手足がどぼどぼと落ち、液が腹にびちゃびちゃと跳ねた。新人やタイミーさんは初めて見ると顔が真っ青になる。図書館の規則で勤務中は自分の手足をつける。貸出品の腕で貸出品を壊したら、誰に弁償させるのか揉めるからだ。今朝は寝坊して始業五分前に駆け込み、右脚だけ陸上選手のをはめたままだった(あの脚で走ってなければ確実に遅刻していた)。

長袖をまくる。焼きイカの腹のように俺の両腕には切り傷が何本も走っている。洗浄槽へ突っ込み、素手で手足を揉む。肉の柔らかさ、骨の細さ、指の関節のでっぱり。勝手に元の持ち主を考える。時折、触れると気持ちのいい手がある。そういう手の上位互換品が俺の手だ。上京する前、高校のプールでたくさんの女に勝手に手を触られ、誰もいない更衣室で、女は俺のチンポより先に手をしゃぶり、刃物で腕を切ろうとした。県警に何度も世話になり、親には一族の恥と罵られ、卒業後は東京へ逃げた。地元で女の子みたいだとからかわれた顔が東京では金になった。レンタル彼氏を始めたら、それだけで生きていけた。白く骨張った手と黒いマニキュアを塗った爪。東京の女も俺の手を見たら冷静でいられなくなる。埼玉のバリキャリと練馬の美大生が、それぞれ肉切り包丁を持って家に来た。二人はパトカーに乗せられる寸前、「殺してでも腕が欲しかった」と言った。警察署の生活安全課から勧められたのが、この豊島区立手足図書館だった。

他人の腕は役に立つ。おばちゃんの腕なら服を上手く縫える。大企業の部長の腕はダメだ。正職員の採用試験を受けたとき、履歴書の自己アピールが書こうとしたら手が止まった。試験に落ちても部長の腕をつけている間は納得したが、自分の腕へ戻すと腹が立った。洗い終えた腕を液から引き上げる。自分の手を見ると、人差し指と中指のあいだに泡がついている。水道水で手を洗い、指を揃えて甲を眺める。高校の女たちは、こうして手を見せるだけで息を呑んだ。俺だって、自分の手を見るとムラムラする。

背後で扉が開いた。振り返ると、洗浄作業を教える予定だった新人の女が立っていた。

「先輩。その手、ください」

包丁を持っていた。最近は作業中にずっと俺の手を見ていたから、もしかしてと思った。

「貸出リクエストを申請すればいいだろ」

「嫌です。借りたらいつか返さなきゃいけなくなるのに」

女が包丁を振った。かがむと、刃が洗浄槽の縁を叩く。俺は扉を抜け、非常ベルを押した。閲覧室に警報が鳴り、利用者が悲鳴をあげて玄関へ動きだした。

棚のあいだを走る。俺が振り返ると、女が追いかけて「待ってよ。ねえ!」と叫ぶ。俺はわざと右手を伸ばし、指を広げて見せつける。女の目が大きくなった。自分の手が欲望の眼差しで見られる。チンポが勃った。走るたびズボンに押さえつけられて痛い。

玄関は逃げる客で詰まっていて外に出られない。詰んだ。肩を掴まれ、とっさに右脚を振り上げた。膝が走る形に折れ、蹴りは当たらなかった。隙をついて女が右腕の付け根を掴む。

「抜き方はまだ教えてないだろ」

「たぶんわたしならできる」

付け根をきゅるきゅるとひねられ、すぽんと抜けた。痛みはなかった。

女は腕を胸に抱くと手の甲にキスをした。そして花びらをちぎるように一本ずつ指を開き、あいだへ舌を這わせた。

俺についていたときより腕が綺麗に見えた。無抵抗に舐められる手を見ていると、取り返すのが馬鹿らしくなり、チンポがさらにバキバキになる。あれだけ人を狂わせる腕は、狂うほど愛してくれる女のもとにあったほうがいい。
女が急に俺の右腿を掴んだ。「なんだ、貸出品じゃん。ほかの男の脚なんていらない」とひねって抜いた。俺は床に倒れた。女は右脚を床に転がすと、俺の腕を愛おしそうに抱えて、ようやく動き出した客に混ざって消えた。

左の靴と靴下を脱ぐ。親指の爪の端に、むかし塗った黒いペディキュアが残っていた。指を開く。親指と人差し指のあいだにゴミが溜まっている。閉じる。もう一度開く。

五本とも、俺の思った順番で動く。いたって平凡な足だった。

© 2026 眞山大知 ( 2026年10月28日公開 )

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

この作者の他の作品

この作者の人気作

「豊島区立手足図書館」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"豊島区立手足図書館"へのコメント 0件

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る