高校生の時、中原中也にハマっていて、角川ソフィア文庫の「中原中也全詩集」を買って愛読していた。そして当時の私は思っていた。「私は詩に酔っている」と。未成年だからお酒は飲めないけれど、詩に酔いしれることはできる。そんな粋なイキった16歳だか17歳だか、はたまた18歳だった。ふわふわと夢見心地で現実のことを忘れられる。小説の没入感とはまた違う。夢の中で彷徨うような。
同人誌「詩の盆踊り」を読んでそんなことを思い出した。詩は急いで読むことができない。ゆっくりしている。「速い文章」と「遅い文章」があるとしたら、詩は圧倒的に後者だ。普通の文章は、小説含め、難解でなけれが急いで読むことができる。小説は早食いできるけど、詩は早食いできない。詩は飴だ。飴は噛めないし、無理に飲み込んだら窒息死する。余白、余韻を楽しむ芸術だ。むしろ余韻や余白が本体じゃないか、と思う詩も多くあった。
さきほど、中原中也の詩集を部分部分かいつまんで読み返してみた。中原中也の詩集は、実家から一人暮らしにも持って行ったし、結婚しても持って行った。目の付くところに置いてある。全然読み返さないくせに、常にわかりやすい場所に置いているので表紙が折れている。今読むと、なんというか格好付けているようにしか見えない詩もあるがそういうみっともなさも含めてたぶん当時の私は詩に酔っていった。そういう泥臭さとか格好悪さとか自分で自分に酔っているようなおセンチな文章に、酔う。高校生の私も大概ひねくれていたが、今の私はよりはきっとまっすぐだったのだろう。泥臭い詩や歌を愚直に受け入れ、その言葉に浸り、酔いしれる素直さがあった。酒が飲めなくたって、詩で酔えるのだ、なんて内心イキりまくりながら中原中也を読んでいた。大人が酒を飲めるのをうらやましかった。大人が酒を飲んで酩酊していると、みっともなく、嫌悪感がある反面、ずっと「うらやましい」と思っていた。私もそうやって何もわからなくなって、ふわふわとしたい。大人になったら絶対に酒を飲んでやる。身内にアル中が複数いるので、きっと私はアル中サラブレットだ。男ばかりだけど。女でもアル中になれるってことを見せつけてやるぜ、と思っていたかもしれない。思っていた気もする。でも、今すぐは飲めない。だって大人じゃないから。それこそ酒を飲んでふわふわしたら怒られてしまう。未成年が酒を飲んだら怒る大人がいるような、恵まれた環境にいた。そんな時に私は「詩に酔う」ことを覚えたのだ。詩は余韻が長い。余白が多い。だから小説のように出入りが明確ではなくて、いつまでもふわふわといていられるのだ。そういう曖昧な境界であるゆえに私は救われていた。
味わわなければわからない良さ、一見すると格好悪い格好良さ、というのを理解するのに時間がかかる。子どもの頃よりも。子どもの頃は読み取ってすぐにすんなりとしみこんでいた。今は、一旦ぞわぞわして、目をつぶって、薄目で見て、目を開けて改めて見て、さらに反対側から見て、もう一回真正面から見て「そうか、こんな良さ/格好悪い格好良さがあるんだな」とわかる。遠回りをしてしまう。それはいろいろなことを経験して得た深みとも言えるし、純粋さを失ってしまってつまらない大人になってしまったとも言える。わざわざ立ち止まらなければ味わうことができない。意識して立ち止まらないと、立ち止まることができない。今で言う「ドパガキ」なのかもしれない。ガキじゃないけど。ドパ人間です。ドパババア。ドパ老人。つまるところ、分かりやすい即効性のある刺激に慣れてしまって、ゆっくりと味わうことを忘れてしまっている。酒を覚えてしまった大人はもう詩で酔えないのか。ストゼロで一撃酩酊をキメるような大人にはわからない良さが世の中にはたくさんある。詩の余韻がしみてくる前に辛抱できなくなって次の刺激にかじりついてしまうせかせかした大人。ちょっとそんな大人になってしまっている気がして寂しい。詩を書いたら直るだろうか。自分自身、小説を書く時「あえて書かない」部分のこだわりはかなりあるが、詩まで凝縮してコンパクトにできるか? と問われればそれは難しいように思う。字数が守れないことには定評がある。4000字くらいだと思って書いたら8000字くらいあるし、10000字くらいと思って30000字くらいいったりするし、自分の身の丈をわかっていない。日頃歩いていても物にしょっちゅう激突して痣だらけだから、思考の世界だとなおさらひどい。
それなら、じゃあ、詩は余裕があって心が美しいノンアル人間しか書けないのかというと、全くそんなことはない。詩人は結構な確率でアル中だと思う(ド偏見)。中原中也も中島らもも酒飲みだし、何より「酔いどれ詩人」なんて言葉があるくらいなのだから、詩人はアル中なのでは? え、あながち間違ってないよね? そうだ。詩かアルコールか、と思うのがそもそもの誤りなのだ。両方あって良いのだ。両方で酔えば良い。薬物をしながら酒を飲むとトべると言うし、そういう感じなのかもしれない。酔い×酔いで良い!? そういうことか! 私は世界の真理に気付いてしまったかもしれない。神よ!
そういえば、アルコール×詩はキメたことがない。キメたら追記します。仕事あるんで今はやめときます。そういうわけで今は素面でこれを書いています。
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