メニュー

クソニートマシーン5

クソニートマシーン(第5話)

三沼薫

ニートの主人公が謎の城に迷いこむ作品です(次で完結です)。

小説

11,799文字

コンビニやスーパーで簡潔な返事をするだけのコミュニケーションしかしてなかった孤独を愛する俺ちゃんの人生に、紳士やメイドという異物が混入しちゃったんだ。それをピンセットで注意深くとり去ろうとしても最早、手遅れな僕ちゃんの人生。でもいま俺の置かれた事態はまだ日常の延長線上だという感覚しかねぇ。この俺の平穏な日々が地雷が爆発して人間がふき飛ぶみてぇに粉々に砕かれて風に乗って消えちゃうのは一体いつになる事やら。俺ちゃんの愛すべき日常、怠惰な日常、退廃的な日常をまだ維持するだけの努力は怠らないつもりだったが、そんなの結局のところ面倒だからやっぱ俺は流れに身を任せて生きて快感をむさぼり尽くしたいね。その快感ってのはウイスキー、本、タバコ。そういやこの城には図書室ってあるんだろうか、活字を眼球に点滴みてぇに打ち込みたくなってる俺は、食事が済んだらメイドに尋ねてみようと小さく決心しちゃったね。ああ、バロウズの編み出した物語りはバカでかい本棚の中にすべての種類が収まってるんだろうか、ノヴァ急報のぶっ飛んだ文字列を視神経から吸引してぇよ。そうすりゃ俺はトリップして全裸になり、逆立ちでチンポコをふり乱して手で移動しながらションベンをまき散らしたくなっちゃうの。最高の快楽はあの小さな本という両手に収まるサイズの物語から摂取できちゃう。でも本自体は小さいけど、物語は壮大な展開を俺に惜しげもなく、娼婦が服を見せつけるように脱ぎさるみてぇに、その神秘的な裸体を俺ちゃんに惜しげもなく差しだすんじゃね。本の世界に意識ごと全身を没入させ、物語りの世界に俺のすべてを晒すように身をあずけるみてぇに浸してぇ。全裸でエアコンの冷風を浴びながら読書にいそしむってのが俺のライフスタイル、ってか人生の堤防になっていたのかもしれねぇ。その防波堤は脆い構造をしていて、冷風が触れるだけで決壊する儚いものなんだって決めつける俺ちゃんの脳の回路に潤滑油をさして思考を滑らかに回るようにして欲しい。そんな妄想に意識を液体に浸すように捉われてる内に、メイドは俺たちを先導してく。この城の地図でもあれば自由に各部屋を行き来できるのに、俺の手のなかには血液の染みこんで破れかけたボロい宝の地図じみたいな城の構造が描かれてる地図はねぇ。これじゃあもし一人で出歩いたら確実に迷子になっちまうじゃん、ってかトイレはどこにあるんだ? ションベンをよく磨かれた艶やかな便器にぶちまけてぇ、って衝動、つまりは尿意をもよおしてたから、俺ちゃん即質問しちゃったね。「トイレはどこにあるんだ?」メイドの背中にそう声を掛けると、彼女はこっちを振り返って廊下の先を指さした。「ここから反対側、お客様の部屋の近くにあるので、すぐ分かると思います」「ありがと、じゃあ俺ちょとトイレ行ってくるわ」メイドと紳士は立ち止まって、どうやら俺が膀胱に溜まったたっぷりの尿を出し切ってここに戻ってくるまで待ってるという意思表示をしてるみてぇだった。俺は一人で来た廊下を引きかえす。天井に吊り下げられた電球が揺らめきながら光を発散して薄暗い廊下をかすかに照らしていた。光に導かれるようにして俺は自分の部屋の辺りにまで戻るのに大した時間はかからなかった。この先にトイレがあるらしいから、部屋を通りすぎてさらに歩を進めると確かにもう一つドアがあった。ドアノブをひねってドアを開けると幅はないが奥ゆきのある長い道があらわれて、その先には一つの便器が俺を首を長くして待ちうけるようにして鎮座してた。俺は便器の前まで行く。相変わらず窓はなく、照明の光だけが淡く、というか弱々しく照らしてる。俺はご機嫌に鼻歌なんか吹いちゃって、ズボンを下ろして、愛するチンポコちゃんをあらわにさせた。愛するというってもここ数年はセックスにもオナニーにも使ってない不能のチンポコだから、もうこいつに対する愛は冷めちゃってる。んで俺ちゃん便器に向けて放尿、気持ちいね、脳裏に青空が浮かんで流れる分厚い雲をロケットが突き抜けて宇宙にまで行く様を想像しちゃうね。まぁ何ていうかさ、ジェット機が噴射する飛行機雲のような勢いでションベンが出るわ出るわ。約数秒後、尿を出し切って膀胱が空になった俺は残尿感もおぼえない健康的な膀胱に感謝し、トイレを出た。んでメイドと紳士が待ってる場所まで向かおうとして歩きだし、すぐにさっきまで二人がいたハズの地点だとおぼしき所にまで到達するが、二人の姿は霧みてぇに散ってなくなってた。何て神出鬼没な奴らなんだ、奴らは空間を自由に行き来できる人を超越した神聖な存在に違いねぇ、ってそう決めつけちゃう俺は奴が俺を置いてただ先に食堂に向かっただけだって事をこの時は失念してた。とにかく一人ぼっちで城の廊下に取り残されちゃった俺ちゃんは、ちょっとだけ自分がこの世界から取り残されたような感覚に襲われた。でも俺はもともと最初から最後まで一人ぼっちなんだ、一人だけで生きてくべきなんだ、って思いなおす、というよりも、これは一種の開き直りに近い。孤独という永遠にも似た時間のなかで花が枯死するみてぇに感覚を喪失し、時と自分が一体化した感じになってるのよねん。孤独って檻の中で快楽をむさぼり続ける俺ちゃんは獣じみた人類の一人ではない、と信じたい気がする。孤独は優しくて柔らかな光の粒子となって俺の人生を輝かせる、ってのは冗談で孤独は薄暗いトンネルを歩いていくのにも似てる。誰かに会わなけりゃこの取り残されたって感覚は消し飛ばなくて、僕ちゃんは人のぬくもりを感じるために城の中でメイドでも紳士でも誰でもいいから人間と遭遇したくなった。そういや人肌や会話によるぬくもりなんて紳士に出会うまでは長年感じてなかったなって気づく。感受性は鈍麻し、金属がすり減るように摩耗して、もう俺の内部で輝くガキの頃の感情は無くなってるんだって自覚せざるおえない。それが感受性の正体だって思い至るまでに数秒しか時間を要さなかったが、俺が賢くなかったらもっともっともっと時間がかかったかもしれねぇ。こんなとこで立往生してても仕方ねぇから、俺はとりあえず食堂を探すために歩き出した。血のしたたる肉、油の浮いた濃厚なスープ、新鮮な野菜が食卓の上に用意されてるんだろうか。その色とりどりの様々な料理はあの愛くるしい顔立ちをしたメイドが用意したんだろうか。あのメイドは確かに愛らしい顔をしてるが、個性ってもんがねぇ。通りすぎた時に一瞥したら一瞬で忘却という海原に顔の造形の記憶がうち捨てられてしまいそうなほど無個性なメイドちゃんにフェラをしてもらったら、俺の萎えたチンポコも起ち上がり、精液をぶちまけて、その白濁とした液体が宇宙船のように大気圏を突破しちゃうのかねぇ。液体の内部でパイロットに扮した精子が重力を感じつつ、その圧に表情を曇らせながら牛の角みてぇ尖ったレバーを操って何とか大気圏をつき破っていく様を思いうかべる。その先にあるのは真っ黒な宇宙、んでもって惑星のように卵子が浮いていて、その膜に覆われた球体は自転してやがる。俺は精子が卵子に到着するように、長い廊下を進み、一つのドアを見つけた。ドアに耳を当て、室内の音を鼓膜でさぐる。鼓膜から伸びた透明な手がドアを通過し、ドアの奥に存在する空間を手探りしちゃうんだ。その風船じみた手は壁や天井や床や、家具、そこにいるかもしれない人の気配を察知する。結局、俺の耳に響いてきたのは無音で、何だか悲しくなっちゃうの。ここには人はいねぇのかもしれねぇって考えながら、ドアを開けると、俺の予想に反して、室内には明かり点いていて人がいた。それは皺くちゃの使用済みコンドームみてぇな皺だらけで染みだらけの肌をした老婆だった。こんなとこで何してんのかなぁ。老婆はソファーに身を沈めながら縫物をしていて、編んだ毛糸の束が猫の尻尾のように床までたれ下がってたから、マフラーでも編んでんのかな、と思った。こんなクソ暑い季節にマフラーを黙々と編むというのは奇妙なことこの上ねぇが、冬という厳しい寒さの季節に備えてるのかもしれねぇ。俺はしばらく開け放したドアのとこに立ち尽くして老婆を眺めていた。俺ちゃんともあろうものが相手の出方をうかがってたって訳じゃん。あれあれーそんなに臆病だっけ俺って、って軽く混乱しちゃう。そんな俺の内心を見透かしてんのかいねぇのか、老婆は縫物から視線を上げて俺を太陽を双眼鏡で見るように直視する。太陽を双眼鏡で見つめたら視神経がイカれてねじ切れて盲目になっちまうんじゃねぇの、って考えてる余裕がまだ俺にはある。老婆の顔には、無表情、という一つの感情のみが宿っていて、そこには泣き笑いや憎しみに怒りを歪ませるって顔つきは存在しなかった。穴の開くほどって先人が小説に多用し、手垢にまみれて擦り切れた比喩がうってつけってほど老婆は俺を見つめていた。なに考えてんのかなぁこのババァは、この部屋にあらわれた突然の闖入者である俺を目撃して驚いたほうが自然な反応なんじゃねぇの。でも老婆は無表情、いやその顔にわずかに、ほんの一欠片ほどの微笑みが浮かんでるから、どうやら少なくとも奇声を発しながら鬼のような形相で俺を追いだしたりはしねぇだろう。じゃあ歓迎してんのか? 俺の存在はもうこの老婆にも知らされてるのかもしれねぇ。あのメイドが焼いた豚の耳であるミミガーのようなその萎んだ耳に麗しい唇を押し当てて俺の来訪を知らせたのかな。沈黙してる俺に対し、老婆は微笑をつらぬき通し、たっぷり五分くらい互いに見つめ合った後で、老婆は口を開いてしゃがれ声でこう言った。「もう起きたのかい? なかなか早起きじゃないか」どうでもいい何の利益にもならない無害な世間話をおっぱじめやがった。俺はまだ黙りこんでいて、老婆から床、床から壁、壁から天井へと視線を彷徨わせて、また老婆を見た。老婆は相変わらず微笑んでて、まだ世間話をつづける気満々なのが俺には分かった。俺は世間話に付き合うのも悪くはねぇと考えて、まるで自分の弱味を打ち明けるように老婆に返事しちゃった。「ああ、メイドに起こされて……まだちょっと眠いよ。でも腹も減ってる」「そうかい、そうかい。食堂はこの部屋を出てすぐ突き当りのところにあるよ」この害のなさすぎる世間話が心の底から楽しいのか、老婆はアルコールでやられたとおぼしき声帯でそんなセリフを返した。わざわざ食堂の場所を教えてくれた老婆に、俺ちゃんちょっとだけ、ほんのちょこっとだけ感謝しちゃった。もちろん言葉には出さずに、胸の内に感謝の念は大切で脆くて高価な傷をつけるのは忍びない宝石を扱うみてぇに大事にしまった。その代わり俺はポケットからライターと一緒にタバコを取りだして老婆に渡そうとした。「一本でいいよ」三本のタバコを指にはさんで老婆に差しだそうとした俺ちゃんだったが、老婆の言葉に従って一本だけ彼女に渡し、二本目は箱に仕舞って最後の一本は自分の口に咥えた。老婆はライターでタバコに火を灯すと、煙を吸引しちゃってアメスピの味と香りを堪能してるみてぇだった。それから煙を蒸気みてぇに鼻と口から排出し、俺にライターを返してくれた。「何のタバコ?」「アメリカンスピリットのライト」「私はロングピースが好きだねぇ」なかなか渋い銘柄のタバコを選ぶじゃん、こいつ悪い奴じゃないんじゃね、って思うのはちょっと早いかもしれねぇ。人間性を正確に判断するにゃ、長くそいつと付き合わねぇと、そいつが何を心という宝箱に隠しもってるのか分からねぇ。宝箱ってより心は神は創ったパンドラの箱で、細くてチープな鍵を差しこんで手首をひねると蓋が開き、中から黒い煙が流れでてくるような代物なんじゃねぇの?「これも結構、美味しいねぇ」そりゃ当たり前だ、あの無添加の自然な草の香りのする煙を発生させるアメスピだぞ。そんじょそこらのタバコとは一味も二味もちげぇ、って言いたかったけど、アメスピの味の細部を知るには老婆はまだ一本しか吸ってないため、このタバコに慣れるまでにはちょっと時間がかかるだろう。目の前でタバコをふかすこの老婆は一体どれくらいの種類のタバコを吸ってきたのか、俺は疑問に思ったが、尋ねたら話が長引きそうなので無言でアメスピを吸いながら天井にうねりながら昇ってく煙をながめてた。たっぷり六分かけてタバコを吸い終えると、俺は床にフィルターを投げて素足で踏みつけた。熱が足の裏側から神経につたわり、火傷しそうだと脳が警告を発してるけど、そんなこたぁお構いなしに俺はタバコの火を足で消した。火傷して俺の白い肌に赤い刻印がきざまれてるかもしれねぇが、そんなこと心底からどうでもいいじゃん。老婆も俺を真似たのか床にタバコを押しつけて火を消した。よく掃除の行き届いた艶やかに照明の光を反射させてる美しい床に焦げ跡がつく。「また会うと思うよ」老婆は出ていこうとする俺に向けて、そんな言葉をひび割れた唇のあいだからロケットみてぇに噴射させた。俺は返事もせずに部屋を後にしてドアを閉め、また薄暗い廊下のなかに身を投じちゃった。この城の広大さときたら宇宙じゃん、って錯覚しそうなほど広々としてる、ってか城の構造が気になる俺ちゃん。とにかく腹が減ったから食堂に向かいたくてゆっくりと一歩、足をふみ出した。そのまま進んでくと廊下の角に俺や老婆の部屋より大きくて堂々とした扉が顔をさらしてるのが見て取れた。というかこれっていよいよ食堂を発見しちゃったんじゃねぇの、ヤッタね、マジで最高に胸躍りそうだ。扉は大きいがこの城を封鎖させていたあの厳かな扉よりは巨大じゃねぇ。扉を押すと簡単に前に開いて、室内からめちゃくちゃ食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。俺ちゃんの視覚が部屋の様子を捉える前に、嗅覚が食べ物の匂いを感じとっちゃった。んで鼻の後は目。広々とした食堂の中央には大きなテーブルが置かれていて、色とりどりの食事が俺を手ぐすね引いて待ってた。テレビでしか見たことのない高級そうな料理の数々に俺は感動すら覚えそうだった。サラダ以外のどの食べ物からも湯気が立ちのぼっていて、それらが出来たてなんだと簡単に分かる。テーブルの周りに規則的に設置されたイスの一つに紳士が腰かけてる。俺は紳士と対面のイスに座り、スプーンを手に取り、その先端に付いた丸くて滑らかな部分でスープを掬って口に運んだ。不思議な味がしやがる、ってのが俺の率直な感想。まず、かすかな甘味と酸味が、舌という生き物じみた器官に押し寄せてきて、その後でほんのわずかな苦味のハーモニー。ハーモニーって言葉を脳内で使いたかっただけの俺ちゃんはちょっと気取り過ぎてるかもしれねぇ。まぁ何だかんだ説明したところでそれは無意味、不思議な味だが美味いじゃん、ってのが素直な感想。俺って親の言うことを何でも聞いちゃうガキみてぇに素直なんだもん。俺は貪るようにスープを飲んで飲んで飲んで、猫の絵が描かれている皿を空にするまで一気に音を立てながら飲みつくしちまった。食事の作法なんてどうでもいいんだ、どんなに行儀が悪くったって美味く食事できりゃそれ以上に素晴らしいことはねぇ。金持ちはなんであんなに礼儀作法って苦行に耐えられるんだ。お上品な金持ちになんてなりたくねぇ俺は、貧乏でも満足してる健気な人間。んで俺は豪快かつ下品にお食事を取るのが性に合ってるんだ。そして次に薄茶色のソースのかかった肉にフォークを突き刺し、口元に持ってくると一気にその一部を噛みちぎった。肉汁のしたたるこの豚肉? 牛肉? はたまた人肉か分かんねぇけど、舌に絡みつく濃厚な味に舌つづみを打っちゃう。そう、マシンガンを乱射しちゃうみてぇに打っちゃう、ってよりも撃つ。銃弾をナイフで切り開いて複雑に入り組んだ金属が密集してるのを眺めながら口に運んで、銃弾の味をあじわうのも悪くはねぇ。金属だから、俺のヤニだらけで歯周病の悪臭を放つ歯茎に傷がつき、黄ばんだ歯が欠けるんだろう。そうだとしても、俺は一度でいいから銃弾を食べてみてぇ。銃弾、ではなくシェフが丹精こめてかなりの労力を要して繊細な調理過程で作ったであろう高級そうな肉は、三口ほどでなくなった。食堂を通って胃に流れこみ、臓器の袋の容積を占領する。作るのに時間はかかったかもしれねぇが、平らげるのは数秒しかかかんない、何だかシェフが見たら悲しんでしまいそうなほど俺の食事は、液体を飲むような食べ方だ。カレーは飲み物ってな具合に、俺の口にかかれば肉も飲み物にすぎねぇのよん。食べる順番を間違えてるだろうが、粉チーズのかかったエビの入ったサラダを素手で鷲づかみ、豪快に食い散らかす。動物でももっと上品な食べ方をするんじゃねぇの、ってくらい俺ちゃんの食事の仕方は汚らしい。自家製のドレッシングなのか、独特で家庭的な味わいのサラダを俺ちゃん十分に堪能しちゃった。野菜なんて草食動物が食うようなもん、普段はあんまし食べないが、このサラダは絶品と言っても過言じゃない。指にこびり付いたドレッシングも綺麗に舐めとり、俺は一発ゲップをかました。ああ、かぐわしい俺のゲップの匂いは、一緒に食事してる奴らを嫌な気持ちにさせること間違いなしだ。もし俺が猫だったら、このまま毛づくろいして、柔らかな腹を無防備にさらして寝息を立ててるだろう。それくらい俺は今だされた料理の数々に満足、というか圧倒、というか感動してた、ってのはクソみてぇな冗談。ちょっと物足りなかったね、ってのが俺の紛れもない本心だ。ふと、紳士の存在を思い出して、そっちに視線を向けた。苦虫を噛み潰したって比喩がうってつけの奴は何とも言えない表情をしながら俺を見ていた。自分の食事にはまだ手を付けてねぇから、紳士の分も俺が食べてやろうかな。そしたら憤って俺の不細工な顔面に拳をくり出して、俺ちゃん負けたボクサーみてぇにノックアウト。勝利者は紳士で敗者は俺って訳。でもこの食事の勝者は俺に違いねぇ、俺は百獣の王ライオンみてぇに獲物を狩るようにして食べたんだ。残飯をあさるハイエナじゃなくて捕食者であるライオンに俺の食べ方は近い。紳士はというと、音も立てずに丁寧にスープを飲み、肉をナイフとフォークで器用に切り分け口に運ぶ。サラダを食べる時もフォークでレタスやキュウリを突き刺しでお上品に食べてた。この対照的な食べたと言ったらねぇぜ。端から見たら紳士が上流階級で俺が底辺のクズ人間ってわけじゃね。底辺という淀んだ水底で泥をすすりながら生きてきた俺ちゃんにはちょっと手に余る高級なお食事だ。ポテチやカップ麺や焼き鳥を口一杯に頬張って水割りのウイスキーでノドの奥に流しこみてぇよ、ほんとんとこ、実際に、マジでマジで、マジでさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! んで俺はジャンクフードの方が自分の味覚に合ってるって、仏のように悟っちゃったわけ。でも俺は神も悪魔も仏も信じてないけど、実際に海面に浮かぶ蛾の城を目の当たりにしちゃったわけだから、何らかの超常現象は信じざるおえない。紳士が砂浜で夜の闇に溶けるようにして俺の目の前から姿を消したのも神秘的な現象の一種だ。じゃあ宇宙意思なる者は存在してるんじゃねぇのか、って思考に俺の意識がぶっ飛び、そこまで考えがたどり着くと、俺もいよいよ頭がイカれちまったのかなって自覚しちゃう。いや、俺は最初からイカれてたのかもしれねぇ、だっていつ死んでも良いと考えてるあまりにも生に執着のない人間性をこの胸の内に内包してるからだ。だから明日、車に轢かれて死んでもいいし、今すぐにでも拳銃で銃殺されても構わない。俺が視線を動かし、室内の様子を観察してると、天井の一角に監視カメラみてぇなもんが設置されてるのが見て取れた。その黒い身体をしてガラス玉を思わせるレンズの生き物みてぇな監視カメラは、俺らというよりも、俺を監視してるのかよ。こっちは客人なんだぞ、無礼じゃねぇか、って感じであの監視カメラに銃弾をぶちこみたくなった。「何で俺ら監視されてんだ?」って食事を終えてナプキンで口元に付着したソースを拭ってる紳士に問いかけると、紳士は首をかしげてこう言った。「不愉快なら破壊しますか?」「イスでも投げつけるのか?」質問に質問で返すって馬鹿げたことをやっちまう俺ちゃんの脳が破壊された方が社会にとっては有益だ。俺みてぇな害虫じみたゴミクズ、死んだ方が社会のためなんだ、普通に働いて日銭を稼いで暮らしてるまっとうな人間どものためになるんだ。じゃあ自殺するか? いつ死んでもいいと思ってる俺だが自分から死のうとはしねぇ、ただいつでも死を受け入れる覚悟はある。覚悟って言うと大げさだ、俺は死すら惰性で受け入れる気持ちがあるだけだ。でもこめかみ銃口を突きつけて白目を剥きながらベロを出し、引きがねを引いてみるのも悪くはねぇ、っ妄想に捉われる時もあるんだよん。「そうですね、でもこいつでどうでしょう」紳士が気取った仕草をしながら懐から取りだしたのは黒光りしたイカつい物体。それを注意深く見ると拳銃のような形をしてるのが分かる。モデルガンかガスガンかあるいは本物の拳銃って、んな訳ねぇか。でもそのオモチャは紳士の身なりに妙に似合ってて、ハードボイルドの映画に出てくる殺し屋みてぇじゃん。「出来の良いオモチャだな」「オモチャじゃないですよ、ほら」と、紳士は監視カメラに向けて銃口の照準を合わせると重々しそうな引きがねを引いた。耳が痛くなるほどの破裂音、つまりは銃声がして監視カメラのレンズに何かがぶちあたり、ガラス製の球体はぶち壊された。俺は西部劇みてぇに口笛を吹くなんて余裕はあったがしなかった。ただ冷静に破壊された監視カメラを眺めてた。「良いもん持ってんじゃん」ってのが俺の素直な感想だ。何を考えてんのか、紳士は紛れもない本物の拳銃を俺に手渡してきた。「差し上げますよ。蛾の城ではいつかこれが必要になるかもしれないので」「本当にいいのか?」「もちろん」遠慮がちに拳銃を受けとった俺に、紳士は極上の笑みをその整った顔に浮かべる。「どうも」俺は短く礼を言うと、最初から俺のためにあつらえたと思えるほどすっぽりと俺の手に収まった拳銃を子細にながめる。なんて神々しい、なんて美しい、なんて禁忌的なんだ。これは悪魔が創造した芸術的な凶器に違いねぇ。その艶やかな銃身をながめてると、うっとりとした気分になっちゃう。実際にためし撃ちしたくなった俺は、紳士に銃口を向けて引きがねに指をそえた。紳士は両手を上げて降参の姿勢を取ってるけど、その顔面には相変わらず穏やかな笑みが佇んでる。「御冗談を」確かにこれは戯れの殺人の真似事にでしかねぇから、俺は紳士から天井に銃口を移動させ、引きがねを引いた。鼓膜を激しく叩くような、お馴染みになった銃声が室内に響き、銃弾が発射される反動が俺の腕を動かして、まだ発砲に慣れてない俺ちゃんはわずかに後退しちゃった。銃の扱いなんて知ってるわけねぇ、習ったこともねぇ、撃つのは初めてだ。だから照準が微妙にズレて目標とは違う場所に命中したとしても仕方ねぇのさ。照明を狙った銃弾はそれて天井の何もない箇所に当たり、小さな穴を開けた。天井に開いたごく小さな洞窟から、銃弾がゆっくりと滑り落ちてくると思ってたが、いつまで経っても天井の穴からは何も出てこねぇ。どうやら穴にぴったりと収まっちゃってペンチ、いや万力でも使わないと抜けねぇかもしれねぇ。抜けたら銃弾にションベンをひっかけて弧を描く半透明な液体の上に浮かぶ虹をつくりてぇ。「残弾に気をつけてください」「もう無駄撃ちはしねぇよ」紳士ちゃんの優しい優しいご忠告を素直に聞いちゃう僕ちゃんの頭の中には、美しい七色の虹の映像。俺はそんな妄想をしながら拳銃をパジャマのポケットに入れて、銃身の重みでずり落ちそうになるものの、しっかりとしたゴムで腰に留められてるから落ちそうで落ちなくて安心安心。まぁパジャマが脱げてチンポコをさらしたとしても特に恥ずかしいとも思わない俺ちゃんは羞恥心なんてどん底の時に捨てた素敵な人物。とりあえず歩くたびにポケットの中の拳銃が動き、俺の足取りを不自由にする。食事を終えたらやることが無くなった俺は、本を読みたくなったので、紳士に図書室の場所を尋ねる。「そういえば、蛾の城の主人からあなたに地図を渡すように言われてました」紳士がポケットから取り出したのは几帳面に折りたたまれた薄茶色の紙だった。それを受けとり、広げてみると分かりやすい描き方で食堂、俺の部屋、図書室、トイレの場所が記されてた。感謝感謝、まだ相まみえぬこの城の主人に感謝しまくって涙が眼球からあふれ出そうになるが、一滴もこぼれ落ちない僕ちゃんは精神的に不感症なのかな。若いころはもっと敏感に傷つきやすい性質をしてた記憶もあるけど、そんなこと今はどうでもいい。とにかく活字を脳にぶちこみたくて、目玉がうずいてるのが感じとれそうなほどの勢いを脳細胞は発揮、というより発動してやがる。紳士に対して礼の言葉の代わりに軽くおじぎしちゃうと、俺は満腹な腹をさすりながら食堂を後にした。どうやら図書室は三階にあるらしい、ってつまりここは二階だからもう一つ上の階に存在してるんだ。どうやらこの城は三階建てらしいってのが地図を目にして分かっちゃった。んでもって螺旋階段を鼻歌を鼻腔から垂れ流しながら軽快な足どりでのぼってく。俺が鼻歌で演奏してるのはスミスのBigmouth Strikes Again、攻撃的なジョニーマーのギターにモリッシーのひねくれた歌詞が絡まり合って他にはない個性のある、パンクとすら言える音楽の出来上がり。中盤に差しかかった時のアルペジオも鼻歌で再現しちゃうのさ。んで俺の下手くそな演奏が終わりそうになる頃に、ようやく図書室の前にたどり着いた。今までの部屋とは違って、ドアは開け放たれていて、一歩足を踏み入れると、本の厳かな香りが満ちてるのを鼻腔が嗅ぎとった。俺は静かにドアを閉めて、書物が丁寧に並べられた本棚の前に立つ。世界文学全集もあるしジャン・ジュネもセリーヌもバルザックもあったが、注意深くどこを探してもバロウズの名前はなかった。ちょっと残念な気分になっちゃって、なぜこれほどまでに膨大な量の小説があるのにバロウズだけがねぇんだって思う。バロウズの刺激的で不規則な文章でつづられた文字列を眼球に銃弾みたく、いや一種のアッパー系の麻薬みてぇに打ちこみ、文字で脳内トリップしたかったのに。頭のなかで転がりまわるのは切り刻んで適当に繋がれた文字の数々、んで俺は読書を謳歌したくてしたくて堪らなくて口内から唾液が分泌される。獲物は小説、んで俺は文字を眼球で狩る捕食者ってとこ。仕方なく俺は詰められて圧迫しそうな本の数々からカミュの幸福な死を抜きだすと、イスにそれを置いた。それから俺はイスから距離を取り、ポケットから拳銃を出して幸福な死に狙いを定める。アルコールの摂取しすぎ、つまりは二日酔いで手が震えてて上手く照準が合わされねぇ。このままじゃ弾丸が本からそれてイスに穴を開けるだけだ。仕方なく俺はイスに歩み寄ると、イスの背に立てかけた幸福な死に銃口を押しつけて、躊躇わずに引きがねを引いた。心地いい破裂音がして銃口からタバコから出る煙みてぇなもんが立ちのぼって本に穴を開けた。本を貫通し、銃弾はイスの背の一部を破壊しちゃってる。綺麗にくり抜かれた本に開いた穴を見て、オマンコを想像しちゃうのは俺だけじゃないだろう。だが図書室には俺しかいねぇからオマンコを連想するのは今のところ自分だけだ。あの紳士が横で俺の奇行を見て、ぽっかりと本に開いた穴を目撃したら、やっぱりオマンコを連想しちゃうんだろうか。その穴にチンポコを入れたくなった俺はズボンを下ろそうとして、自分が不感症の不能ヤロウだと思い至って垂れ下がるチンポコに、悲しみとほんの僅かの愛情を抱いちまう。あのメイドの裸体を想像しながらチンポコをしごいたらもしかしたら勃起するのかもしれねぇが、俺はそんな面倒な行為をしようとしねぇ。本に発砲する時はまったく躊躇しなかったけど、もし相手が人間、あの紳士やメイドだったら俺は撃つ瞬間にためらったりするんだろうか。そんな想像なんて無意味だ、俺は人を殺すのに躊躇ったりはしないんだ、と自分に言い聞かせて安心感が胸んなかに波紋をえがきながら染み渡ってくのを実感する。いつかあいつらもこの芸術的とすら言える造形の拳銃で殺しちゃおっかなぁ、でも無意味に生命を奪い、肉体から魂を剥離させるだなんて罪になるのか? 天上からゆっくりと布に身をつつんだ神が降臨して俺に裁きを下すんだろうか、それって最後の審判ってやつじゃん、聖書で読んだ記憶がある気がするけど、最後の審判って聖書に登場する言葉だっけ? 記憶が曖昧な俺ちゃんは痴呆症の一歩手前で、ちょっと混乱状態。でもでも過去に読んだ本の内容をいちいち記憶してる方が珍しいのかもしれねぇ。

© 2026 三沼薫 ( 2026年7月24日公開

作品集『クソニートマシーン』最新話 (全5話)

読み終えたらレビューしてください

みんなの評価

0.0点(0件の評価)

ログインすると、星の数によって冷酷な評価を突きつけることができます。

  0
  0
  0
  0
  0
ログインするとレビュー感想をつけられるようになります。 ログインする

著者

「クソニートマシーン5」をリストに追加

リスト機能とは、気になる作品をまとめておける機能です。公開と非公開が選べますので、 あなたのアンソロジーとして共有したり、お気に入りのリストとしてこっそり楽しむこともできます。


リスト機能を利用するにはログインする必要があります。

"クソニートマシーン5"へのコメント 0

コメントがありません。 寂しいので、ぜひコメントを残してください。

コメントを残してください

コメントをするにはユーザー登録をした上で ログインする必要があります。

作品に戻る