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小田原の生んだ私小説作家・川崎長太郎に挑んでみたシリーズ5弾目。川崎長太郎『父の死』をオマージュしています

タグ: #リアリズム文学

小説

2,364文字

パパが死ぬ三週間前のことだった。

小田原から六時間かけて仙台の病棟までやってきたわたしに、「会いたかったよ」と本当の娘のように頭を撫でたパパは体のあちこちをチューブで繋がれていて、十年前はふくよかでワイシャツのボタンが弾けそうだった体は痩せこけ、パステルブルーの甚平のような院内着のはだけた胸元からは、皮膚越しにかわいそうなぐらい浮きあがった肋骨の形が見える。わたしを呼んだのはパパの姉だった。パパの姉は、個室の病室の小さい椅子に腰掛けていて、生真面目そうな、ただ何かを許せず我慢するような表情で「わたしは幸宏ゆきひろの母親代わりでした。幸宏はあなたのことを自分の娘みたいな人と言っていましたのでここへ呼びました」と言った。わたしが男だと知ってるのかは聞けなかった。おそらくパパのことだから、わたしのことをむかし世話した娘代わりの女の子としか言ってないだろう。――パパは子どもに恵まれなかった。無精子病で不妊治療が成功せず、職場結婚した奥さんからは三行半みくだりはんをつきつけられ、病室の小さいテーブルには、子ども代わりの歴代の飼い犬の写真が三匹分、それぞれファンシーなフォトフレームに収まっていた。わたしと会っていた頃はヨークシャテリアを飼っていた。

犬たちの写真の横にはフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』の原語版と、九十年代に日本を震撼させた新興宗教のルポが、ぼろぼろになって置かれている。パパは学生時代に上京し、上智大学の英文科にいた。バブル崩壊後の不景気のせいで、同級生のなかには学費を納められない友人も出てきて、ボランティアサークルで仲の良かったパパの同級生は、富山の実家の会社が破産後、急にあの教祖を信仰しだし、そのまま、山梨の富士山麓の施設へ消えていった。仙台に帰ってきてからのパパは、そのことを家族とわたし以外の誰にも打ち明けず、自動車ディーラーだったり産業機械の専門商社だったりで、黙々と営業の仕事をしていた。――全部、わたしを抱いてくれたホテルでパパが聞かせてくれたことだった。十年前、高校生だったわたしは、古川から毎週末高速バスで仙台へやってきては、繁華街の国分町の薄暗いバーで酒を飲み(地方都市のコンプライアンスなんてそんなものだ)、パパは必ず約束の時間よりも前にバーへ律儀に来てくれて、国分町の西隣、立町のラブホ街に連れて行ってくれた。でも、当たり前だけど、十年たってパパは年を取った。そしてまだ五十歳を少し過ぎたくらいなのに、余命一ヶ月。末期がんだった。

絶対泣かないと決めていたのに涙があふれでた。わたしに泣かれたらパパも泣くから我慢したのに。地雷系のだぼだぼのパーカーに、涙がぼたぼたと滴り落ちた。最期の別れになるかもしれないとわかっていたのなら、もうすこしまともな格好をしてきたのにと、後悔した。その日の朝、小田原のレオパレスでいつもどおり、わたしが清晃の万年床に寝っ転がってちゅーるのような液体の精神安定剤を飲んでいると突然スマホにパパの番号から電話がかかってきた。五年ぶりの電話だった。心臓が飛び出そうな思いで急いで電話をとると知らない女の人の声がした。女の人はパパの姉だと名乗り、パパが入院しているから来てほしいと話した。わたしは身支度すると、夜勤明けでくたくたの清晃へ頭を下げて金を借り、東海道線と特急ひたちで、六時間かけて仙台にたどり着いた。仙台駅から仙石線せんせきせんで二駅。地下駅の宮城野原駅から階段を上って地上へ出たさきの、棺桶のような外観の大病院を見たその瞬間、これがパパと会う最後の機会なのだと悟った。

パパが「姉さん、ちょっと出てって」と窪んだ目を向けてお願いすると、パパの姉は黙って病室から出ていき、引き戸をゆっくりと閉めた。

「ほら、これ、小田原のお土産だからね」と、わたしはポーチから湘南ゴールドのゼリーのパウチをとりだし、パパへ飲ませようとした。

「飲めるかな、最近食欲が落ちて」

パパはパウチのチューブに口をつけ、少し吸ったがすぐせき込んでしまった。わたしは肩をさすった。

ゆっくりとゼリーを飲ませたあと、パパがまた頭を撫でながら聞いてきた。

「そういえば、ゆず、最近はどうしているんだ。前言っていた彼氏とはどうなってる」

「小田原でも、むかしとおんなじ生き方をしてるよ。彼氏とはまだ続いているから」

わたしはスマホの画面に清晃の写真を映すと、パパに見せた。

「やっぱり俺のほうがイケてるよな」

スマホを降ろすとパパはわたしの手を握った。力はほとんどかかってなかった。

「なあ、俺に娘がいたら、きっと、柚樹みたいな子だったと思うんだ」

「馬鹿じゃないの。わたしに惚れすぎなんだよ。惚れているんだったらさ、もっと元気で長生きしてよ」

自分の言ったひとことで、わたしはさらに涙を流した。

 

 

面会が終わった。病院のエレベーターホールには患者と付き添いの家族が行き交っていて、窓ガラスからは楽天イーグルスのスタジアムが一望できる。五月末の土曜の昼で野球の試合が行われていて、誰かがホームランを打ったようで、観客の歓声がここまではっきりと聞こえてきた。――ひとは死ぬときにはひとりで、生きるときもひとり。パパの死はあのスタジアムにいる人たちにはまったくの無関係なのは頭ではわかっているけど、胸を突き刺すような寂しさを覚えた。

三週間後、パパは、仙台らしい、やませでひんやりとした梅雨の昼間に眠るように死んだ。ふたたび電話をかけてきたパパの姉いわく、これまでの看護師人生で見てきたなかで五本の指に入るぐらい穏やかな死に顔だったという。パパは姉には黙って、わたしの写真を病院に持ってきてくれていたらしく、後日、遺産関係の書類が郵送された際、病室の引き出しに入っていたという、わたしのむかしの写真が同封されていた。

© 2025 眞山大知 ( 2025年7月30日公開

作品集『レオパレスキャッスル小田原抹香町』最終話 (全5話)

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