NovelJamデザイナーの朝はそんな早くない。
ヒマなんだもん。
昨夜はそのまま眠ってしまったので、とりあえずシャワーを浴びる。ことにしたが、
お湯が出ない。
ずっと水を出していても出ない。故障だろうか。かれこれ5分は出しているように思うが出ない。
エコじゃないのであきらめて服を着替えて朝食へ。景虎はまだ起きない。昨夜は寝付けなかったのだろうか。
彼の入れ込み様は少し心配だ。
第3回SS合評で知り合ってから2年か3年が経っている気がするが、彼は書けないでいた。
昨日も大量の辞書を積み上げるほど持ってきていたし、相当量の読書をしているはずだ。
仕事にかまけて資料しか読んでいないぼくとは相当な差があると思う。
しかし、彼は思うように書けていないのではないか、と思っていた。
少し前から電子雑誌用の原稿を頼んではいるが、書きあぐねたままになっているし、以前コミティアで頒布した本も、それきりKindleなどで売られているということもないようで、そもそもちっとも新作がない。夏100に誘ったときも結局何もリリースしていなかった。
先日、彼は彼自身が最大の壁だと言っていた。どういう意味なのだろう。
朝食を済ませて帰ってきたが、まだ寝ていた。
とりあえず起こして、ぼくは今度こそシャワーを浴びる。
お湯のハンドルをひねる。水が出る。水だ。
一旦ユニットバスの外に出る。少しネットを見て時間を潰す。水だ。
ヒマだ。デザイナーとはこんなにヒマなものなのか。まだ水だ。
くそ水。水。水だ。まだ水だ。9時過ぎちゃうじゃないか。
あ、れ? ちょっと冷たさが。緩んだな。
お湯だ!
お湯が出たぞー!
10分以上の助走の末、無事給湯器は仕事を始め、ぼくは3Kのうち、キタナイとクサイを水に流して会場に乗り込むことができるようになった。キモイのはご勘弁いただきたい。当方にも最低限の人権はある。
今日のTシャツは「戦力外」だ。つい編集領域まで口出しをしないようにという自らへの戒めである。
こっそり提案したり、誘導はすると思うが、それはギリギリデザイナーの職域だろうと思う。
かつて共に仕事をさせていただいたデザイナー諸兄は、提案力のある腕利きばかりだった。
ぼくは彼らの振る舞いを思い出し、今日明日全力でデザイナー役を演じきりたいと思う。
会場は宿舎からすぐの建物だった。めっさ遠かった昨日とはだいぶ条件が違う。ありがたい。
そしてここはこれから明日の懇親会終了まで、ぶっとおしで稼働してくれる不夜城となると聞いていた。
それはありがたい。睡眠をどう取るかは各個人、各チームの戦術に委ねられてしかるべきである。
ぼくはなんか昼のうちは少しヒマだから昼寝でもしようかと思っている。
その代わり、制作が佳境に入る深夜以降はフル回転で働けるようにしておきたい。
なんなら校正を受け持ってもいい。W編集体制はその最終局面でこそ生きてくるだろう。そこまでは温存だ。
デスクトップPCをセットアップし、起動する。
チームには、昨夜上がっていたプロットを元に、試作してみると告げた。
さて、お仕事の時間だ。
本職のデザイナーでなければイラストレーターでもないぼくにできることはそう多くない。
・メインとなる画像を探してくること。
・Adobe Illustratorで配置すること。
・MORISAWA PASSPORTの書体で飾ること。
せいぜいこのぐらいだ。Illustratorは20年以上使っているので、だいたいのことはできる。
必要があればベジェ曲線を操るぐらいはできる。
貧乏編プロでは、編集者でもなんでもできないとやっていけないからだ。
分業が進んでいる大手とは事情が違うのである。
まずは素材探しから。
「リサイクルキッズ(仮)」を先に考えることにした。
仮タイトルでもいいから何かほしかったのは、モチーフの焦点が定まらないからだ。
物語の内容からいくのであれば、まずはカプセル的な何かに、少女が閉じ込められているような画像があればいい。
いつも使っているフォトストックで、SFっぽいイラストを探してみるが、なかなかない。あっても中に入っているのは大人だった。
しばらく、ガラス関係の内容を探してみたが、これというものは見つからなかった。少々焦る。
少しプロットを見直す。
何やら政府のプロジェクトというものが物語の根底にあるようだ。
なるほど。極秘ということだが、こういうプロジェクトにはロゴマークが憑き物だ。
バトルロワイヤルでもそのような法案のロゴというものが使われていた。
ロゴマークであれば、物語の主人公のイメージに寄せる必要がない 。
そしてまた、同時に登場人物のイメージを固定させないことができると思われた。
ロゴマークのモチーフはカプセルと子供だ。
検索をかけてみる。
すぐに良さそうなのが見つかった。まずはアタリ画像を保存。
たくさんの子供達が同じプログラムの対象となっているのだから、カプセルは一つではないはずだ。
紙面一杯にロゴマークを並べた。45度に交差させるのがいいだろう。
モチーフはこれでよさそうだ。
仮にロゴを入れてみよう。
「リサイクルキッズ」のスペルは「RecycleKids」だ。
ミスタイプしてREと大文字にしてしまった。
ん? 案外それはいい感じだ。そのまま大文字にしようかと思う。
「RECYCLEKIDS」これだとちょっと重いな。
REだけ残して小文字に戻す。「REcycleKids」。
左右のバランスが気になる。「REcycleKIDs」。
iは小文字のほうがかわいいな。「REcycleKiDs」。
これはよさそうだ。少し太めのフォントをAdobe TypeKitで探してくる。
その場で必要なフォントを探して使うことができるのは実にありがたい。
20年前のぼくが知ったらよろこぶだろう。あのころは少ない書体をやりくりするのに必死だった。
プロのデザイナーなら豊富に抱えているのだろうが、貧乏編プロではいくつかの書体を入れるのが精一杯だ。
ロゴの文字を1から全部作ったことだってある。ものすごく時間がかかるわりに、あまりいい出来でもなかった。
今はいい。モリパスはあるし、Typekitもある。格安の書体だったらたくさんネットで売られている。
タイトルロゴをコピーして背面に置く。縁取りにするためだ。
フォントの輪郭を太くすることもできるが、これはアウトラインを取らないとうまくいかない。
ぼくはこの背面に置いて縁取りににする手法が好きだ。バカのひとつ覚えのように使っている。
同様に作者の名前を添える。
さて、下側にはやはり帯だ。帯に入るキャッチコピーが、読者の初期設定をうまくコントロールしてくれるからだ。
心構えと言うか、どう読むべきかのヒントをなんとなく与える。
目に入るキーワードが、心にガイドラインを作ってくれるのだ。
書影はアートではない。物語という商品を売るためのパッケージだ。
工業的に正しく視線誘導を行い、必要な情報を読者に届けなければならない。
以前、「ユーザー目線研究会」という異業種交流会に参加したことがある。アイカメラを使って、デザイン手法を学び、研究したものだ。
講師は大手プリンタメーカーの広報担当の人だった。専門的な技術を当時印刷営業だったぼくに教えてくれた。
正規の教育は受けていないが、知識がないわけではない。それなりに理屈をつけて配置を考える。
出来栄えはどうか。それはもう一人のぼくが判定をくだす。
ぼく自身は普段は発注する側の人間だ。デザイナーに指示をし、イラストレーターに注文し、仕上がったものを「判定」する。
それができなければ、編集は仕事にならない。
また、クライアントの要求を噛み砕き、デザイナー、イラストレーターに翻訳して伝えなければならない。
手技はともかく、審美眼について、25年のキャリアは伊達ではないと思いたい。
その編集者としてのぼくがOKを出した。
絵画のことは知らん。
イラストの書き方など習ったことはない。
デザインの基礎など本で読んだぐらいしか知らない。
でも、数十冊の本を世に出し、数千冊の本を選んできた。
当然、書影には一家言ある。自信をもっていこう。ぼくにはぼくの方程式と流儀がある。
つづく
"お湯が出ない。景虎は起きない。雨は止んだ。さあ #noveljam を始めようか"へのコメント 0件