17作品に、6つの賞が用意されている。
最優秀賞、優秀賞、そして4人の審査員それぞれの賞だ。
栄誉を授かるのはわずか6名。11名は手ぶらで帰らなければならない。
2日間戦って、成果なし。
当然、我々にも起こりうる。
最善は尽くしたが、審査員にどう伝わったのかまではわからない。
どんなものがノベルジャムに相応しいと判定されるのか。
他の参加者は、どこまで仕上げてきたのか。
正直、緊張していた。
2人共よく戦ってくれた。
2日間走り続けてどうにかゴールにたどり着いたのだ。
ゴールには着いた。しかし順位がわからない。
先に何人走っていたのか。我々は正しくゴールができたのか。
美しいペースで最後まで安定した執筆を見せた澤俊之。
俺の赤字から逃げずに最後まで粘りきった米田淳一。
どちらも素晴らしい書き手だったと思う。
どちらかでいい、とにかく何かを授けて欲しい。
普段あまり神仏には祈らないが、今日ぐらいはすがってもいいだろう?
神妙な面持ちの10チームの前に、ついに審査員団が現れた。
審査委員長は作家・藤井太洋。
審査員に、ぷよぷよの作者でもあるゲーム作家でライターの米光一成。
さらに、熊本からはるばる来てくださった海猫沢めろん。
そして日本独立作家同盟理事長・鷹野凌@アイコン詐欺。
この4人が我々に今から裁きを下すのである。
10チームに6賞だから、最低でも4チームには何もない。
偏ればもっと少ない。
手ぶらで帰される可能性は十分にあった。
澤俊之の作品は、波乱がないと裁定が下されるかもしれない。もっと大事件が必要だと指摘されているかもしれない。
米田淳一の作品は、だらだらと長い。なんの話かわからない、と斬り捨てられるかもしれない。脚注も余分だと。
我々の作品を見て、どう感じたのだろうか。審査員諸兄の表情からは何も読み取れなかった。
いよいよ、発表のときが訪れた。
「審査員賞、米光賞。『スパアン』米田淳一さんです」
は?
想定はした。可能性があることはすべて様々なバリエーションで脳内シミュレーションを繰り返してきた。
だが、現実にそれが身に降りかかると、人は正しいリアクションができなくなる。
米田淳一はポカンとしていた。大方、自分は何も得られないと思っていたのだろう。
あらかじめハードルを低くしておくことで、それが現実になったときにショックが最小限で済むようにブロックしているのだ。
しかし、現実はそこにはなかった。
我々は壇上に赴き、賞状を受け取った。
米田淳一はまだ夢見心地のようで、ふわふわとしながら席を立ち、席へ戻った。
勝因はなんだろうか。実際のところはわからない。
確かに米光さんなら、わかってくれる、かもしれないと想定はした。
だが、米光さんほどのライターが、ただ馴染みのある土地だからというだけのことで、貴重な賞を与えてくれるわけがない。
あくまで広島が舞台なのは、きっかけ。フックに過ぎない。
そこから、あの建物、つまり原爆ドームをリアルに感じ取って、物語の儚さを感じ取ってくれたのかもしれない。
日常は、失われるもの、である。
ただそこに、平凡な日常が繰り返されることが、いかに尊く、価値のあるものなのか。
それらは人の愚かな行為で、永遠に消え去ってしまうこともあるのだ、ということを見せたかったのだ。
それこそが米田淳一の描く世界であり、有田満弘さんがイラストに込めた思い、あるいは願いなのだ。
結果、それは伝わったと信じることにした。
ぼくらの点けた灯火を、見逃さないでくれた米光さんにはこころから感謝したい。
さて。ぼくはここで非常にまずいことに気付いてしまった。
我々のチームには米田淳一以外にももう1人プレイヤーがいる。
6賞しかないものを2つも持ち帰るのは、さすがにキビシイ。
つまり高い確率で、もう1人の作家は手ぶらを余儀なくされることとなる。
まずい。実にまずい。
ぼくは澤作品に対してベストを尽くしきった自負はあった。
しかし、現実問題として、ほとんど赤字は入れてないし、最初にプロットを話し合った以外に、まったくと言っていいほどディスカッションをせずにゴールした。文体はぼく好みだし。誤字脱字も極めて少ないので、何もやることがなかったのだ。
そしてプレゼン。ただギターを弾かせるだけ。客観的に見れば職務放棄とも見られかねない。
受賞にはしゃぐ無邪気な米田淳一とは裏腹に、ぼくと澤俊之の間には、見えない冷気が漂い、ぼくはどう言い訳するかで頭が一杯になっていた。
作家2人を抱えさせるなんて、なんてひどいんだ! 運営は悪魔か。
とにかく、ぼくは彼に最高だと思ったと正直に述べて、ギクシャクしたまま会場を後にするしかなかった。
針のむしろというものが実在するとしたら、今ここにある。確かにある。間違いなくぼくはそういうものに座らされていた。
ほかの審査員賞も順に発表された。もちろん澤俊之は呼ばれていなかった。
高橋文樹のチームからは1人が受賞した。彼はご不幸があってあまり会場に居られなかったのに編集としての結果は残す。さすがだ。
ぼくの脳裏は57通りの言い訳で埋め尽くされ、58番目を言い訳を必死に考えていた。
優秀賞の発表の時間がやってきた。プレゼンターは鷹野理事長だ。
「優秀賞を発表します。ぱーうさ? 澤俊之さん」
呼ばれた我々はまったくの無反応だった。予測も期待もしていなかったのは、ぼくだけでもなかったようだ。
「澤さん?」
と呼びかけられて、ぼくらは慌てて席を立った。
キツネにつままれたような感じで、賞状と賞品を受け取った。
席に戻って、ぼくと澤俊之は握手を交わした。
「もっとも小説らしい小説だった」
との選評に、まったくこの人達はとんでもない審査員だなと思ったわけであるが、あの短時間でそこまで的確に読み解けるものなのかと驚かされる。恐ろしい人たち。
いずれにしても!
澤俊之に言い訳をしなくて済んでよかった! との思いがぼくの全身を満たし、筋肉を弛緩させた。安堵のあまり気を失いそうになったが、どうにか正気を保った。
澤作品の特長は、なんといってもそのリズムとメロディだ。
天性の音感覚で織り上げられるその文章は、心地の良いテンポを刻みながら、メロディアスに物語を進行する。
読み始めたものは、ものの数行で主人公と渾然一体となり、沖縄旅行を実感できるのだ。
それをもり立てるのは珠玉のグルメ描写。決して空腹時には読まないでくださいのキャッチコピー通りの高機能っぷりを発揮したのだろう。
審査員は午後ずっと審査をしていたから、15時ごろには小腹も空いたことだろう。そんなときに澤作品を読んでしまったらもうイチコロだ。満たされない空腹は、一層グルメ描写を引き立て、増幅させたことだろう。
夕日の中でのギター一人旅。旅愁。旅先での出会い。
そしてエンドの静かな幕引き。再び訪れる静寂を、きっちり描ききった澤俊之の確かな執筆力を、審査員は見逃してはくれなかった。
ぼくが、修正もなしに、行けると思ったその体験を、おそらくほぼ同じように受けてくれたのだと思う。
なにはともあれ、ぼくらのチームは2人受賞という、これ以上ない成果を手にすることができた。
これでダブル受賞させた俺が編集部門トップだ! と思ったところで、最優秀賞は新城カズマ大先生がもぎ取った。
担当の賀屋さんもこれでダブル受賞。しかも最優秀賞だから、スコアでは完敗だ!
審査委員長からは「大人げない!」という最高の賛辞が飛び出した。
そうだ。大の大人が本気で2日間も小説を作るんだ。大人げないのが最高じゃないか。
もう新城先生はライオンにしか見えない。この人はいつでも全力なのだ。素敵じゃないか。
講評で理事長が何気なく織り交ぜた言葉を、会場の全員が聞き逃さなかった。
「またやりましょう!」
正気の沙汰ではないが、誰もがそうだまた来よう、と思ったに違いなかった。
最後に記念撮影をして、表彰式は幕をおろした。
会場を移動して行われた打ち上げパーティでは、審査員団が、全作品レビューをしてくれたのだが、ぼくらは片付けを手伝っていたので、半分も聞けなかった! しかも誰も録音していなかった! オーノー! モッタイナイ!
ホトボリが冷めぬまま、ぼくらは帰路についた。
そして正気に戻るまで、数ヶ月を要することになるのだが、この時点ではまだ誰も気付いていなかった。
つづく
"決着のとき。栄冠は誰が頭上に輝くか。"へのコメント 0件