直前の一週間。あまり作品のことは考えないことにした。
どのみち当日いろいろひっくりがえるのだから、あまり支度したところで意味がない。
もう少し違うところに頭を使おう。
まず、審査員。
年初から、SF雑誌オルタナの企画で「にごたな」というものをやった。
電書ちゃん主宰の企画で行われている「にごたん」(2時間半で短編小説を書くというネット上のイベント)の特別編でオルタナとのコラボというものだ。
38本の作品から6作品を選ぶというものであるが、若干関与したので多少内情を知っている。
これは20本から6作品を選ぶノベルジャムと非常に似ているのではないかと思われた。
「にごたな」の審査現場をみる限り、作品の優劣でより分けられるのは最初のフルイに過ぎず、最終的には選者の好みで決まるのではないかと思われた。
そういえば世の文学賞はそのように審査員の好き嫌いで決まっておるではないか。
ということで審査員自身を知らずして、本戦に突入するのは無謀に思われた。
もちろん知っているからと言ってどうなるものでもないとは思うが、知らないよりはマシだろう。こうやってマシなことを積み上げていくしかぼくにはできないのだから、少しでも作家に有利になる情報は用意しておこうと考えたのだ。
今回の審査員は四名の方々。
まず、日本SF作家クラブ会長であり日本独立作家同盟理事の藤井太洋さん。
会ったことはあるし、セミナーも何度も聞いているので、大まかな方向性はわかる。おかしなことは言わない人だ。
基本的に感情ではなく理性で考えるタイプであるが、たまにおちゃめな面も見せるという完璧超人である。
奄美大島出身で、セルフパブリッシングの先駆者にして、唯一の成功例。などなど、彼につけられたタグは多い。
彼の作品はいくつも読んでいる。丁寧でリズムの良い文体。会話にムダはなく、地の文とのバランスも俺好みである。ウンチクの盛り方もちょうどいい。
だが、本人の作風がすなわち評価する作品とは限らない。理知的な藤井さんであればなおさら、意識してフラットに作品を評価するということも考えられるから、藤井さんの作風に寄せても意味は無いと思われる。攻略は容易ではないだろう。なんという難敵だろうか。
そして米光一成さん。「ぷよぷよ」の作者として知られるが、今はライターや評論家としての活動のほうがメインのようである。
若者向けのライティング講座は好評だし(若者向けというわけでもないか)、セルフパブリッシングにも積極的であり、造詣が深い。
何度か会ったことはあり、二回に一回はぼくを認識してくれるぐらいには、面識がある。今回はどうかな。
詳しいプロフィールを確認するためにウィキペディアを参照しておく。出身地は分からないが、広島にある大学を卒業して、紆余曲折を経たようだ。なるほど、とりあえず基礎情報として押さえておこう。
テーブルゲームなどの開発も引き続きやっているようで、その他タロットを使ったセルフコントロール術など、奇想天外なことを真顔でやってくるモンスター審査員だ。何がウケるのかまったく想像がつかない。
ぼくは米光さんの文章は本やブログなどでかなり読んでいるが、クセがなくて読みやすく、ユーモアもたっぷりだ。技術だけの人ではない。当然読み手としても高い能力をお持ちであると考えられる。豊富なコンテクストにクサビが打ち込めれば、攻略できるかもしれない、が、相手のコンテクストを狙う場合、外してしまうとリスキーだ。この辺の見極めは勝負どころになるだろうなと思いながらウィキペディアを閉じた。
海猫沢めろんさんは、名前は知っていた。が、縁がなくまだ読んでいない作家さんだ。そしてなにより、ぼくは愚かにも女性だと思いこんでいた。まあそれはぼくだけじゃないので許されるとは思うけれど。名前の字面だけで判断してもいいことはないですな。当日知ることにならなくてよかった。当日まで女性だと思っていて、目の当たりにして衝撃をウケると集中力が削がれるじゃないですか。それを回避できただけでも下調べは成功である。
作風を知りたくて本を読んでおこうと思ったが、結局時間が足りなくてタイトルと梗概を見て回るしかできなかった。面白そうな作品があるのでほしいものリストに突っ込んでおいた。当日スキマ時間があれば読んでおこう。
めろんさんのタイトルを目で追う。多くは感覚派って感じのウェーイでおしゃれな感じのタイトルばかりであるが、中に『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学 』なるものがあった。なんだそれは! ちょっと待って。どういうこと? 全然感覚派とかじゃないじゃん。まずい。完全に虚を突かれて体勢を崩されてしまった。柔道なら軽く一本取られて昏倒しているところだ。ぼくの小賢しい小手先の調査でどうこうできる相手ではなさそうだ。絶望感に殺される前にブラウザを閉じた。当日のスキマ時間でどうにかなるわけがない。いまさら遅いが、審査員が公表された時点で対策しておくべきだった。無念。
審査員四天王で最弱なのは日本独立作家同盟初代理事長にして創設者、アイコン詐欺師「鷹野凌」である。まあ最弱ってのは語弊があるが、他の御三方が強すぎるのだからしょうがないじゃない。
審査員の中では一番付き合いが長い。が、読書傾向をはっきり掴んでいるわけではない。何度かiPadの中身を見せてもらったことはあるが、ラノベやコミックスの造詣が異常に深いということぐらいしか傾向がつかめない。それに、他の文芸書、評論書、新書なども幅広く読んでいる。文藝作家としての経験はあまりないにしても、読み手としての腕は一流であるとは思われた。少なくとも簡単な相手ではない。どこが最弱なのだ。まったく。
月刊群雛で一緒にやっていた経験から採点傾向を読む。鷹野凌にとってポリティカル・コレクトネスであることは重要であると思われた。とくに今回の作品は世に出していく前提である。物議を醸すようなギリギリラインを狙うような表現は、彼は嫌うだろう。それは立場的なものではなく、彼自身が好きではないのだと、ぼくは思っていた。フラットで思想に偏らず、純粋に文学としての調和の取れた作品が好まれるように思えたのだ。
四人の審査員を調べてみたものの、そこでわかったことは、生半可な商品では勝ち抜けないということだけだ。抜群の出来栄えの中から、審査員に好まれる作品が生き残るだろう。そう確信するに至った。ただ、どんなのを「当日」好むのか、そこまではわからない。結局フタを開けるまで、何もわからないではないか。自分の小賢しさに無力感を覚えつつ、意味のない調査は終わりにした。こんなことやってるのはぼくだけなのではないか。
ふと、この試合は陸上競技に似ていると思った。それも長距離競技だ。マラソンがいいかもしれない。
選手は用意ドンで一斉にスタートをする。審査員はゴールラインだ。誰がより早くゴールテープを切るのか。道を間違えて見当違いのところにたどり着いた選手は失格であり、評価されない。審査員が待っている競技場に戻ってきて、もっともよい成績のものが優勝だ。
だとすると、ぼくはそんな選手を鼓舞する監督か。道を誘導し、ペースを守らせ、選手が最も高いパフォーマンスを引き出せるように導く存在だ。箱根駅伝を思い出して、そんなことを考えていた。
そのためには。ぼくが道に迷っていてはいけない。
もう一度、審査員の顔ぶれを見た。いや、むしろ睨みつけた。絶対に、うちの作家の良さを認めさせてやる。
そう考えて、寝た。
つづく
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