差し出すもの

詩集『最後通牒としての雪』(第4話)

眞山大知

928文字

体力や知力が衰えてくると昔のことばかり振り返るようになりました

殴られないために俺たちが差し出すものリスト。

 

 

︎︎︎︎☑︎中間テストのクラス平均点数1位
︎︎︎︎︎︎☑︎クラス対抗リレーの1位
︎︎︎︎︎︎☑︎中総体のトロフィー2個
︎︎︎︎︎︎☑︎進研模試のクラス平均偏差値55

 

 

差し出すものは差し出したでしょ。
先生、俺たちをどうして骨が折れるまで殴るの?
冬の風の強い日だった。教室の窓の外は小雪がちらついていた。

 

 

︎︎︎︎︎︎☑︎生活指導室に一週間監禁されて殴られる

 

 

自分の命はあの雪よりも軽いと信じていた。
自己肯定感が低いからそう思うのではない。他人からの評価に理由もなく怯えているからでもない。差し出せるものがなかったら、本当に命を奪われるかもしれなかったから。
あの時代のテレビでもてはやされたのはホリエモン、橋下徹。彼らが叫ぶ自己責任論を、俺たちは熱烈に信じていた。DV夫の暴言に思考力を奪われた妻のように。
中学三年間で学んだこと――差し出せるもののない人間に生きる価値はないし、殺されても仕方がない。

 

 

殺されたくなかったら、自分で命を終わらせるか、自分が殺す側に回らなければならなかった。思春期はまだ死にたくなかったので後者を選んだ。
差し出せるものをたくさん差し出して、殺す側になれるよう、認めてもらうことに、自分の、かけがえのない青春を捧げた。

 

 

やがてサラリーマンになった。資本主義の論理。搾取されたくなければ他人を搾取するしかない――殺されうる者はついに殺した者になった。
輪廻だった。

 

因果応報!

二月。
練炭と七輪をもちこみ、社員寮のワンルームで練炭を並べていると急に死ぬのがバカバカしくなった。
この輪廻を断ち切らなければならなかった。
差し出すものがなくても、俺たちには生きる権利がある。
もう一度、生きることに挑んでみよう。
窓の外には小雪がちらついていた。

 

 

殴った教師は中学から転職し、地元議会の議員になったと聞いた。今日も町議会の立派な演台に立ち、中身のない立派な御託を声高に叫んでいる。

 

因果応報は真理ではなく願望の類だと思っている。

2024年9月6日公開

作品集『詩集『最後通牒としての雪』』最新話 (全4話)

© 2024 眞山大知

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