お線香を焚いて歩く幽霊

小林TKG

小説

2,274文字

先日、雑司ヶ谷霊園に行ったらおられました。

その時は既に昼近い時間帯でした。私は、朝の雑司ヶ谷霊園が好きなのですが、訳があってその日の訪園、来園は昼近い時間帯となったのです。天気は薄曇り。曇天という程ではなかったかとは思います。残暑が身に応える日でした。雲の合間から陽の光が差し込んでくる事もありました。私は雑司ヶ谷霊園まで歩いてきており汗をかいていました。昼が近い事もあってか、様々な方が雑司ヶ谷霊園に訪れておられました。桶と柄杓を持っておられる方も居ましたし、仏花を持っておられる方も居ました。薄紫の風呂敷に包んだお供え物を持っておられる方もいらっしゃいました。

私が朝の雑司ヶ谷霊園を好む理由は、人がいないからです。全くいない訳ではありません。朝もまばらにはいらっしゃいます。でも、それにしても朝は人が居らず、それ故に墓石が立ち並んだ光景が美しくあります。何処までも何処までも墓石が連なっている。そのように思えるのです。

昼に近い雑司ヶ谷霊園は既に池袋駅東口、東口五差路の交差点程も人が居られました。東口五差路の交差点程も人がいるというのはまあ、言いすぎかなとは思いますが。朝に比べると大分。全く違う。人の営み、各々の人生、そういうものを感じる、感じたくなくても勝手に流れ込んできてしまう程度の人の入り具合、生命感はあったと思います。

無論、そんな事を言ってもそこに居る人達は私などよりはよほど、雑司ヶ谷霊園に対して縁のある人達のはずです。私は雑司ヶ谷霊園と何のかかわりも無いのです。私の雑司ヶ谷霊園に対しての感情はただの個人的な嗜好に過ぎません。そこに来園、訪園されている方々は皆、手に桶であったり、柄杓であったり、花であったり、お供え物であったりを携えています。いました。そこにはその方々、各々の墓、墓所があるのでしょう。

私はそれらの光景を、人の余りいない通りにあるベンチに座ってしばし眺めていました。雑司ヶ谷霊園は広大であるため、どこかしこに通りがあったり、各所にベンチがあったりします。

ベンチに座って周りの光景、来園してきた方々が自身の墓所に向かう様、墓に手を合わせる家族連れ、老人、老婆が支え合って歩く様子、つまらなそうな子供、この後どこで食事をするかと話しながら歩いている夫婦などを見るともなく見ていました。

それらを眺めながら死んだ父の事を考えたり、死んだ父が雑司ヶ谷霊園に納められていたら、家の墓がここにあったら、私はすごく来るのになあ。いや、もしかしたらそれはそれで来なくなるかもしれないな。関係ないから来れるのかもしれないな。などと、想いを馳せたり、思い煩ったりしていました。

そんな時でした。

ふと、杉。

鼻に杉のかおり、墓参線香、お線香の匂いを感じたのです。

左の側を見ました。そちらは雑司ヶ谷霊園の入り口、東通りから雑司ヶ谷霊園に来た時の、入り口の側です。

そこが、そのあたりが白く、煙っていたのです。

白く。

もうもうと。

お線香の束にまとめて火をつけたみたいに。

もうもうと。

大抵の人は、雑司ヶ谷霊園に縁があって墓参する大抵の人は、車で来ているみたいでした。近くに家がある人はまた別だとは思うのですが。でも、私が見た感じ、ベンチに座って眺めていた感じ。東通りを通って雑司ヶ谷霊園まで歩いてきて墓参する人は、さして居ない。ようでした。大抵の人は、どこか、違う所から車に乗って雑司ヶ谷霊園までやってきて、どこに駐車場があるのか私は知りませんが、別の所、入り口から雑司ヶ谷霊園に入ってきていました。

その線香の煙はこちらに、通りを通って、私の方へやってきました。

線香の煙だけが、もうもうとした。白い。匂いのする。

墓参線香の匂いのする。ものすごい量の。

煙だけが。

私の座っているベンチの方に移動してきました。

私は、ベンチに座ったまま。それを、その煙を眺めていました。

線香の煙が、

匂いが、

強くなってきました。

気まぐれに、何かのきっかけで、風の向きなんかで、ふと感じる程度ではなく、

それは、

明らかに。

段々と。

こちらに近づいてきているのがわかるほどに。

もうもうとしたお線香の煙が。

その煙は、お線香の煙と、匂いは、私の座っているベンチの前を通り過ぎて行き、角を、通りを折れ曲がったみたいに方向を変えて、そのまま、向こうへ行ってしまいました。そして、やがて、その様は墓石、墓石の群れにさえぎられて見えなくなりました。

それから少しすると私の座っているベンチの周りに漂っていた線香の煙も、残り香も消え、また、何でも無く、私の知ってる雑司ヶ谷霊園に戻ってしまいました。

今のは何だったんだろう。

ベンチに座ったまま思いました。考えた。考えたというか、想いを巡らせた。巡らせました。

誰かが居たみたいだった。

その誰かが、入り口の所で、線香に、束のままの墓参線香に火をつけて、焚いて、それを持って移動しているみたいだった。

そう思いました。

もしそれが、あれが、

今、あった、目の前を通り過ぎた。

あれが。

例えば幽霊だったとして。

だったとしたら。

もしそうだったとしたら、

幽霊も墓を参るんだ。

もしそうだったとしたら。

それで、なんというか、不思議な気持ちになったのでした。

もしそうだったとしたら、

成仏してあの世で一緒に過ごした方がいいんじゃないかなあ。

でも、

そうできない理由があるのだろうか。

だから、

それで、

御墓だけ参りに来る。

お線香を持って。

お墓参りには来る。

墓前で手を合わせるのだろうか。

いや、

別にいいじゃないか。

幽霊が墓前で手を合わせたって。

仏壇に手を合わせたって。

別にいいじゃないか。

まあ、確かにそうだ。

確かに。

 

2024年9月26日公開

© 2024 小林TKG

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