リーパー

合評会2024年9月応募作品

小林TKG

小説

4,400文字

●か卯でごはんを食べていた時に思いつきました。

赤羽駅西口から少し歩いたところに●か卯があります。私がそこの●か卯でご飯を食べるようになってもう一年ほど経ちます。こうして言葉にしてみると、一年かあ。と思います。やってる時は、そういう感覚はありませんでした。無かったと思います。振り返ってみると、一年かあ。もう一年経つのかあ。と思う、感じます。

一年。そういう風に思わなかった、感じなかった理由は他にもあると思います。

じじいがいたんです。ずっと、私が●か卯に入る度にじじいがいたんです。そのじじいのせいで、一年という感覚が無かったのではないかと思います。

私は東北の人間なんですけど、子供の頃から東北の味付けが好きではなかったんです。特にうどんが嫌で。濃い汁の。どうしても受け入れられなくて。でも関東に来てから、●か卯というのを知って、行ってうどん食べたらおいしくて。それが汁の透き通ったうどんで。

それからうどんと言えば●か卯に行くっていう事になって。そのうちに冬季限定でいくら丼が食べられるって言うのを知って。これがまた美味しくて。感動したんですね。それで●か卯に通うようになりました。

それで、いつ頃からだったかな。最初は忘れましたけど、でも、ある時ね、親子丼とはいからうどんの普通のサイズ、セットで、300円のやつ。小じゃないやつ。を食べてたんです。で、私が親子丼に取り掛かってた時です。親子丼を一口食べて、うどんの汁を啜って、親子丼の二口目を食べて七味をかけて、紅ショウガをのせてってその時、不意にね、鼻にね、なんか、来たんですよ。臭い。って思ったんです。それで見たら隣の席に、じじいがいたんです。じじい。下がジャージで、上が普通のシャツの。見た目、普通のじじい。ただ、臭い、臭いでわかりました。そのじじい。家の無い人だったんです。ホームレスって、大丈夫ですか。言葉。駄目ですかね。キチガイはダメですよね。それは前に他人から言われた事ある。でも、その、家のない人特有のオイニーのじじい、そのじじいが私のはいからうどんを食べてたんですよ。もうキチガイでしょ。駄目かな。そのキチガイじじい。気難しそうな顔した白髪のもう死にかけって思えるほどよぼよぼのプルプルした涎垂らしたじじい。ホームレスのキチガイの死にかけの糞じじい。

びっくりしました。だって私のはいからうどん食べてるんだもん。しかも、それを自分の前に持っていくわけじゃなくて、私のトレイに乗せたまま食べてるんです。体と顔をこちらに近づけて。ずるずるずるって。だから臭え。臭気が。

私は何も言わずに店を出ました。で、忘れようと思いました。何かの間違いだったんだと思う事にしたんです。忘れようと努めたんです。でも、忘れられなかったなあ。臭いが。鼻にいつまでも残ったんです。あの臭いが。じじいの臭いが。ホームレスのキチガイのじじいの臭いが。家に帰って、鼻の穴洗いました。指で。キレイキレイつけて。鼻血が出るまで。

で、改めて次の日●か卯に行ったんです。そしたらまたじじいが来たんです。なんでだろう。改札の所にいたんじゃないかなって思うんですよね。あるいはもうずっと前から、いたのかもしれない。私が●か卯に行くのを見てたのかもしれない。で、どうしてそう思われたのかはわからないけど、はいからうどんは食べてもいいと思われたのかもしれない。あ、あと、ははは、その時のじじいの格好、白いワンピースでした。白いって言ってもあれですよ。元ですよ。多分。所々、茶色とか、汚い。汚らしい。黄ばんだ。ワンピースだったのかな。バスタオルとか、カーテンとかだったかも。汚えじじい。

でも、私の側からしてみたら、そんなホームレスのキチガイのじじいのせいで●か卯通いをやめるって言うのは無かったんです。そんなのありえなかったんです。

勿論、うどんを取られないようにっていう事もしましたよ。

「あああああああああ」

でも、そうするとじじいが叫ぶんです。世界の終わりみたいな声で。あああああああああ。顎外れるくらい口大きく開いて、ああああああああ。って。唾を飛び散らせて。ちなみに店の人は見ないふりしてました。そのじじいの事。そもそもそこに誰もいない風でした。見えないみたいでした。あと他の客は電車で違う車両行くみたいに出ていくんです。自分は関係ないみたいな感じで。それで結局私はうどんをとられるんです。私のはいからうどんが食べれないと、その場でおしっことかうんことかしました。服着たまま。うんこを服に付けられたこともありました。客の誰かが警察呼んだこともありました。じじいが警察に連れていかれたのを見た事もあります。でも、次の日には必ずまたいて。じじいが。そんで私のはいからうどんを勝手に食べて。

●か卯に行かない時もありました。自分の主義を曲げたんですね。そのじじいのせいで。でも、そしたらじじいが私のあとをついて来たりして、精液かけられたり、おしっこをかけられたり、うんこを投げられたりして。赤羽に行かないようにもしました。そしたらどこでどうやって知ったのか知らないけど、私の家の近くにいたりして。集合住宅の前に山ほどうんこされて。はいからうどんの注文をやめたら、

「あああああああああ」

って言われて噛みつかれて服の袖を涎まみれにされて、警察に連れていかれたのに、また次の日には普通にいて。警察に馬鹿な質問されましたよ。

「お知り合いですか」

って。くたばれって思いました。くたばれ。じじいも。警察も。●か卯の店員も。他の客も。全員。世界の全員。くたばれって。世界終われって思いました。こんな世界なんて終われって。願いました。心から。

じじい死ねって思いました。真夏とか最悪でした。ホントに。じじい。臭いが。家のない、ホームレスの死にかけの。おしっこやうんこを漏らす事に抵抗のないキチガイのじじいの。臭い。

服とかカバンとかこの一年ですごく捨てました。臭いがついちゃってとれないんです。噛まれたりもしたし。鼻も毎日洗いました。毎日血が出ました。

死にたいと思いました。どうして私がこんな目に合うんだろうかって。でも理由なんて無いんだろなって。たまたま。たまたまこうなったんだろうなって。こうなってしまったんだろうなって。死にたいって思いました。死にたい死にたいって思いました。

でもある時、そんな思考が脳味噌と言わず私の全部を覆っていた時に、ふとね。ある考えが去来して。水曜日のカンパネラのキャロライナを聞いていた時に。あと激辛スナックを食べた高校生14人が搬送されたって言うニュースを見た時に。思ったんです。

それで赤羽の●か卯の隣のカルディに行きました。カルディにはペッパーXっていうキャロライナ・リーパーの二倍辛いって言う唐辛子の調味料が売ってました。それを買いました。それからネットで●か卯の七味唐辛子の入れ物を探しました。売ってました。メルカリに。

それからしばらくは、普通に生活しました。●か卯に行って、親子丼とはいからうどんを頼んで、はいからうどんを臭え隣のじじいに食べられる日々を送りました。ただ、毎回自分は食べないはいからうどんに七味唐辛子をたくさん入れました。どれだけ入れてもじじいは食べました。

ペッパーXを自分で食べてみたりもしました。うどんに入れて。だってもう長い間はいからうどん食べれて無かったんで。ネットでさぬきうどん買って食べてみたりしたんです。うどんは美味しかったです。でも、それよりも辛かったです。ペッパーX。辛いなんてもんじゃなかったです。こんなもん人間が食べるもんじゃねえなって思いました。

そんで、ある時、ついこないだ。いつもみたいに●か卯に行って、親子丼とはいからうどん注文して。で、カバンから●か卯の容器に入ったペッパーX出して。それをはいからうどんにかけました。半分くらい。

それをじじいが食べたんです。臭えじじいが。隣にいた。ホームレスの。気難しそうな顔した白髪のもう死にかけって思えるほどよぼよぼのプルプルした涎垂らしたじじい。ホームレスのキチガイの死にかけの糞じじいが。

「げえええ」

って言いました。じじい。一口食べて。そんでうどんの丼ひっくり返して、私に掴みかかって、でも、臭いし、他人のうどん勝手に食べて何してんだこのじじいって思って。手で押したんです。思いっきり。気持ち悪かったし、臭かったんで。そしたらじじい。

げええ。うええ。げええ。

って自分の口に手を入れたり、喉を掻きむしったりしてました。笑いました。いつもは私も込みで見ないふりしている●か卯の店員も、客も、みんなじじいを見てました。笑いました。じじいが他の客に次から次に掴みかかっていくんです。面白かったです。そんでじじいが床に倒れ込んで、倒れたままゲロ吐いて、おしっこもらして、うんこ、ぶりぶりびちゃびちゃびちゃって音させてもらして。そんで動かなくなりました。じじい。店内は阿鼻叫喚、未曽有の騒ぎになりましたけど、私は笑ってました。こんなに面白い事ないだろう。この世に。もうこれ以上の事は無いだろうなって思って。

それからいくら時間が経っても、うちに警察も来ませんし、私は今も●か卯に通ってます。

でもね、変な事もあって。

じじいのおばけが出るようになったんです。私の所に。常に。ほら、あそこに居ます。立ってます。こっち見てます。恨めしそうに。しかも、よりにもよって白いワンピース姿で。

でも、おかしくないですか。

私のはいからうどん食べてたくせに、一年近く。勝手に食べたくせに。300円も払わない。感謝するわけでもない。さも自分のものであるみたいに。うどん食べてたくせに。あのじじい。臭いかったし、気難しそうだったし、死にかけてたくせに。キチガイのくせに。あのじじい。

それなのに、おばけになるって。しかも恨めしそうに私の事を見てるって。

そんなのおかしくないですか。

おかしいでしょ。絶対に。恨むんだったら300円払え。死ね。もう一回死ね。300円を223回分払え。死ね。

そう思ってバット買いました。それで寝る前に、じじいの事ぶん殴ってるんです。毎日。300円223回分払え。死ね。って殴ってます。毎日。おばけになったじじいはもうホームレスの臭いもしないですし、おしっこもうんこももらしません。

ああああああああ。

とも言いません。ただ黙って恨めしそうにこっち見てます。でも、キチガイですよ。人のうどん勝手に食ってたくせに、死んだら私の事を恨むんですから。どんだけ自分勝手なんだこのじじい死ね。

死ねって思います。死ね死ね死ねって思います。死ね死ね死ね死ね死ね死ねって思います。そう思いながらバット振ってます。

だからまあ、結局今も私は世界終われって思ってます。こんな世界終われって思ってます。みんな死ねって思います。そう思いながら毎日バット振ってます。

 

2024年8月5日公開

© 2024 小林TKG

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