リーパー:ディレクターズカット

小林TKG

小説

6,600文字

●か卯に迷惑がかかっては大変です。困ります。

赤羽駅西口から少し歩いたところに●か卯があります。ビーンズっていうの中に。私がそこの●か卯でご飯を食べるようになってもう一年ほど経ちます。こうして言葉にしてみると、一年かあ。と思います。やってる時は、そういう感覚はありませんでした。無かったと思います。振り返ってみると、一年かあ。もう一年経つのかあ。と思う、感じます。

一年。そういう風に思わなかった、感じなかった理由は他にもあると思います。

おじいさんが、じじいがいたんです。ずっと、私が●か卯に入る度にじじいがいたんです。そのじじいのせいで、一年という感覚が無かったのではないかと思います。

●か卯は、冬になると、いくら丼を期間限定商品として提供してくれます。私はいくら丼が好きです。いくら丼はおいしいです。それに加えて、●か卯にははいからうどんという商品があります。私はそれも好きなんです。はいからうどんは汁が薄い色のうどんで、ネギと揚げ玉とかまぼこが入っています。シンプルです。関西のことをよく知らないのであれですが、関西風のうどんなのではないかと思います。それが美味しいのです。私は東北の人間で、父親はなんにでも醤油をかけて食べる人で、その影響でそばの汁とかうどんの汁とか丼の底が見えないくらいの黒い汁で、味も濃い濃いのだったんですが、子供のころ秋田のサティ、県道28号の所にある、サティの一階の和食料理屋みたいな所で、そういう系統の、関西風のうどんを食べてから、自分の人生はこちらの側なのだと思ったのです。なんで私は東北で生まれたんだろう。と。まあ、関西で生まれたら生まれたで、他人に弄られたりあいさつ代わりに貶されたりして、うつ病なり自殺なりしてたとは思うんですけど。

とにかく子供の頃から、東北の味付けが好きではなくて。特にうどんは嫌で。どうしても受け入れられなくて。関東に来てから、●か卯というのがあるのを知って、写真。ネットで見た時に、うどん。はいからうどんって言うのがあって、それの汁が薄いのを見た時、これはもしかしたらと思ったんですね。そんで行ってみたら案の定だった訳です。これは子供の頃にあのサティで食べたうどんだ。って。再会です。再会。ザイチェン。

それからうどんと言えば●か卯に行くっていう事になって。そのうちに冬季限定でいくら丼が食べられるって言うのも知って。これも子供の頃の話なんですけども、北海道に住んでる親戚がある年、鮭を一匹丸まる送ってきてくれた事があって、母親がそれを台所で捌くのを見てたんですけども、お腹の所を開けたら、いくらがね。それはもう、うんこみたいに出てきて。ぶりぶりぶりって。それ、その光景自体も結構、なんというか、うわああああ。っていう感じはあったんですけども、でも、それにもまして味。母親がなんか図書館で借りてきた料理本かなんかを読みながら、そのいくらを漬け汁っていうのかな、に漬けて、それでいくらが食べれるようになって。それが美味しくて。おいしくておいしくて。感動したんですね。感動体験です。子供の頃の感動体験。それからというものいくら丼にも目が無くて。

だから、関西風の汁の透明なうどんといくら丼が食べれる●か卯ってそれはもうリピるじゃないですか。うどんは一年中食べれるし、いくら丼は冬季限定だけど、でも、それでもさあ、●か卯。通うって言うのは違和感ないんじゃないかな。いくら丼だけ食べたい奴だと思われたら嫌だから、まあ、通ったんです。普通の親子丼も食べましたよ。考えてみたら親子丼って意外と食べる機会無いなあって思ったのでね。

それで、いつ頃からだったかな。最初は忘れましたけど、でも、ある時ね。あ、いくら丼ではなかったですね。その時は。親子丼とはいからうどんの普通のサイズ、セットで、300円のやつ。小じゃないやつ。を食べてた時です。私が親子丼に取り掛かってた時です。親子丼を一口食べて、うどんの汁を啜って、親子丼の二口目を食べて七味をかけて、紅ショウガをのせてってその時、不意にね、鼻、鼻孔にね、なんか、来たんですよ。え、臭い。って思ったんです。うどんの側を見たら、隣の席に、じじいがいたんです。くたびれたって言うのかな。じじい。服はそんなにボロボロじゃなかった。ジャージ。下がジャージで、上が普通のシャツだったかな。見た目、普通のじじい。ただ、臭いが、臭いでわかりました。そのじじい。いわゆる。家の無い人だったんです。ホームレスって今、大丈夫なのかな。言葉。駄目ですかね。キチガイはダメですよね。それは前に他人から言われたことあるんで。でも、その、家のない人特有のオイニーのじじい、そのじじいが私のはいからうどんを食べてたんですよ。もうキチガイって言っていいんじゃないかな。それは。駄目かな。そのホームレスのキチガイじじい。気難しそうな顔した白髪のもう死にかけって思えるほどよぼよぼのプルプルした涎垂らしたじじい。ホームレスのキチガイの死にかけの糞じじい。

びっくりしましたよ。だって私のはいからうどん食べてるんだもん。しかも、それを自分の前に持っていくわけじゃなくて、私のおぼん。トレイに乗せたまま食べてるんです。私の親子丼とはいからうどんのトレイに乗せたまま。体と顔をこちらに近づけて。ずるずるずるって。だから臭えし。家のない人特有の臭い。臭気。だからっていう事も無いとは思いますけどね。臭いのは臭かったと思います。普通に隣にいても。そういう臭いってすごいでしょ。家のない人特有のさ。でも、気がつかなかったんです。それまで、そもそもいつ隣に来たのかも知りません。でも、気がついたらじじいが隣にいて、そんで、私のはいからうどんを私のトレイの上で食ってるんです。体をこちらに寄せてきて。

私は何も言わずに親子丼も食べかけのまま、もう店を出ました。で、忘れようと思いました。何かの間違いだったんだと思う事にしたんです。初夏だったかな。最初。そのじじいと遭遇したの。せっかくのなか卯時間が変なことになったとは思いました。だから忘れようと思って。でも、忘れられなかったなあ。だって、臭いがね。鼻にいつまでも残ったんです。あの臭いが。じじいの臭いが。家のない、ホームレスのキチガイのじじいの臭いが。家に帰って、鼻の穴洗いました。指で。キレイキレイつけて。ごしごし。鼻血が出るまで。

で、改めて次の日●か卯に行ったんです。そしたらまたじじいが来たんです。なんでだろう。改札の所にいたんじゃないかなって思うんですよね。あるいはもうずっと前から、いたのかもしれない。私が●か卯に行くのを見てたのかもしれない。冬季はいくら丼とはいからうどんを食べる、それ以外の時期は親子丼とはいからうどんを食べる、支払いは必ずd払いでする奴って知ってたのかもしれない。で、どうしてそう思われたのかはわからないけど、はいからうどんは食べてもいいと思われたのかもしれない。私はじじいじゃないから知らないですけどね。あと、ははは、あははっは、その時のじじいの格好、白いワンピースでした。白いって言ってもあれですよ。元ですよ。多分。所々、茶色とか、汚い。汚らしい。黄ばんだ。ワンピース。ワンピースだったのかな。バスタオルとか、カーテンとかテーブルクロスを巻いてただけかもしれないな。汚えじじい。

でも、私の側からしてみたら、そんなじじいのせいで、そんなホームレスのキチガイのじじいのせいで●か卯通いをやめるって言うのは無かったんです。そんなのありえなかったんです。そんなひどい話があるかよって。

勿論、うどんを取られないようにっていう事もしましたよ。

「あああああああああ」

でも、そうするとじじいが叫ぶんです。世界の終わりみたいな声で。あああああああああ。顎外れるくらい口大きく開いて、ああああああああ。って。唾を飛び散らせて。ちなみに店の人は見ないふりしてました。そのじじいの事。そもそもそこに誰もいない風でした。見えないみたいでした。あと他の客は電車で違う車両行くみたいに出ていくんです。自分は関係ないみたいな感じで。それで結局私はうどんをとられるんです。必ず。だって私のはいからうどんが食べれないと、その場でおしっことかうんことかするんですよ。服着たまま。おしっこがかかった事もあったし、うんこを付けられたこともありました。服に。唾を顔にかけられたこともありました。客の誰かが警察呼んだこともありました。じじいが警察に連れていかれたのを見た事もあります。でも、次の日には必ずまたいて。じじいが。そんで私のはいからうどんを勝手に食べて。

●か卯に行かない時もありました。自分の主義を曲げたんですね。じじいのせいで。そのじじいのせいで。でも、そしたらじじいが私のあとをついて来たりして、精液かけられたりしました。おしっこをかけられたり、うんこを投げられたりした事もあります。赤羽に行かないようにもしました。そしたらどこでどうやって知ったのか知らないけど、私の家の近くにいたりして。集合住宅の前に山ほどうんこされて。はいからうどんの注文をやめたら、

「あああああああああ」

って言われて噛みつかれて服の袖を涎まみれにされて、警察に連れていかれたのに、また次の日には普通にいて。警察に馬鹿な質問されましたよ。

「お知り合いですか」

って。くたばれって思いました。くたばれ。じじいも。警察も。●か卯の店員も。他の客も。全員。世界の全員。くたばれって。世界終われって思いました。こんな世界なんて終われって。願いました。心から。流れ星に願いました。ドラゴンボール7個集めたいって思いました。骨董屋に魔法のランプ売ってないかなって思いました。

じじい死ねって思いました。臭えって思いました。真夏とか最悪でした。ホントに。じじい。臭いが。家のない、ホームレスの死にかけの。おしっこやうんこを漏らす事に抵抗のないキチガイのじじいの。臭い。

服とかカバンとかこの一年ですごく捨てました。臭いがついちゃってとれないんです。噛まれたりもしたし。鼻も毎日洗いました。毎日血が出ました。

死にたいと思いました。どうして私がこんな目に合うんだろうかって。でも理由なんて無いんだろなって。たまたま。たまたまこうなったんだろうなって。こうなってしまったんだろうなって。死にたいって思いました。死にたい死にたいって思いました。

でもある時にふと思ったんです。ある時、そんな思考が脳味噌と言わず私の全部を覆っていた時に、ふとね。ある考えが去来してきて。ある時。水曜日のカンパネラのキャロライナをリピって聞いていた時に。あとYahoo!で激辛スナックを食べた高校生14人が搬送されたって言うニュースを見た時に。思ったんです。

それで赤羽の●か卯の隣のカルディに行きました。じじいはカルディには入ってこないんですよ。おかしいですよね。死ねばいいのにって思いました。カルディにはペッパーXっていうキャロライナ・リーパーの二倍辛いって言う唐辛子の調味料が売ってました。それを買いました。それから家に帰って、ネットで●か卯の七味唐辛子の入れ物を探しました。売ってました。メルカリで。好きな人は集めたいでしょうからね。その気持ちは私にも分かります。

それからしばらくは、普通に生活しました。●か卯に行って、親子丼とはいからうどんを頼んで、はいからうどんを臭え隣のじじいに食べられる日々を送りました。ただ、毎回自分は食べないはいからうどんに七味唐辛子をたくさん入れました。どれだけ入れてもじじいは食べましたよ。普通に。

ペッパーXを自分で食べてみたりもしました。うどんに入れて。だってもう長い間はいからうどん食べれて無かったんで。楽天とかアマゾンとかdショッピングとかでさぬきうどん買って。茹でて食べてみたりしたんです。うどんは美味しかったです。でも、それよりも辛かったです。ペッパーX。辛いなんてもんじゃなかったです。こんなもん人間が食べるもんじゃねえなって思いました。

そんで、ある時、ついこないだ。いつもみたいに●か卯に行って、親子丼とはいからうどん注文して。で、カバンから●か卯の容器に入ったペッパーX出して。それをはいからうどんにかけました。半分くらいかけました。●か卯のはいからうどんにかけたら、どうなるんだろうって思って。家で作ったうどんは辛かったけど、はいからうどんはどうなるんだろうって思って。もしかしたらおいしくなるかもしれないなって思って。

そしたらそれをじじいが食べたんです。臭えじじいが。隣にいた。ホームレスの。気難しそうな顔した白髪のもう死にかけって思えるほどよぼよぼのプルプルした涎垂らしたじじい。ホームレスのキチガイの死にかけの糞じじいが。

「げえええ」

って言いました。じじい。一口食べて。そんでうどんの丼ひっくり返して、私に掴みかかって、でも、臭いし、他人のうどん勝手に食べて何してんだこのじじいって思って。手で押したんです。思いっきり。気持ち悪かったし、臭かったんで。そしたらじじい。

げえええ。うえええ。げえええ。ええええ。ああああ。げええええ。

って自分の口に手を入れたり、喉を掻きむしったりしてました。笑いました。他のみんな。いつもは私もコミで見ないふりしている店員、なか卯の店員も、客も、みんなじじいを見てました。笑いました。じじいが他の客に次から次に掴みかかっていくんです。面白かったです。そんでじじいが床に倒れ込んで、倒れたままゲロ吐いて、おしっこもらして、うんこ、ぶりぶりびちゃびちゃびちゃって音させてもらして。そんで動かなくなりました。じじい。店内は阿鼻叫喚、未曽有の騒ぎになりましたけど、私は笑ってました。こんなに面白い事ないだろう。この世に。もうこれ以上の事は無いだろうなって思って。今死んだほうがいいんじゃないかと思って。

それからいくら時間が経っても、うちに警察も来ませんし、私は今も●か卯に通ってます。心なしか明るくなった気がしますね。●か卯。店員も。他のお客さんも。気のせいかもしれませんけど。はいからうどんも美味しいし。

でもね、変な事もあって。

じじいのおばけが出るようになったんです。じじいのおばけ。ザイチェン。出るんですよ。家、家って言うか、私の所に。常に。ほら、あそこに居ます。立ってます。こっち見てます。恨めしそうに。しかも、よりにもよって白いワンピース姿で。

でも、おかしくないですか。

私のうどん、はいからうどん食べてたくせに、一年近くも。ずっと。勝手に。私のうどん食べたくせに。300円も払わない。感謝するわけでもない。さも自分のものであるみたいに。うどん食べてたくせに。あのじじい。臭いかったし、気難しそうだったし、死にかけてたくせに。キチガイのくせに。あのじじい。

それなのに、おばけになるって。しかも恨めしそうに私の事を見てるって。

そんなのおかしくないですか。

おかしいでしょ。絶対に。恨むんだったら300円払え。死ね。もう一回死ね。300円を223回分払え。死ね。

そう思って、スポーツオーソリティのビーンズ赤羽店でバット買いました。それで寝る前に、じじいの事ぶん殴ってるんです。毎日。300円223回分払え。死ね。って殴ってます。毎日。おばけになったじじいはもう家が無い、ホームレスの臭いもしないですし、おしっこもうんこももらしません。

ああああああああ。

とも言いません。ただ黙って恨めしそうにこっち見てます。おばけになったじじいの方が行儀はいいです。でも、キチガイですよ。人のうどん勝手に食ってたくせに、死んだら私の事を恨むんですから。どんだけ自分勝手なんだこのじじい死ね。

死ねって思います。死ね死ね死ねって思います。死ね死ね死ね死ね死ね死ねって思います。そう思いながらバット振ってます。

だからまあ、結局今も私は世界終われって思ってます。隕石落ちてこないかなって。地球が内部から爆発したらいいのになあって。すごい津波が起こってみんな海にのまれてしまえばいいのにって。溶岩が至る所から噴き出してそれでみんな焼け死ねばいいのにって。なんでもいいです。とにかく世界終われって思ってます。みんな死ねって思います。そう思いながら毎日バット振ってます。

 

2024年8月5日公開

© 2024 小林TKG

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