よろよろと

ガラ・トシオ

小説

2,650文字

私は常によろよろと歩いている。そんな私が同じようによろよろと歩く女に出会う。そのころ私の家では大型犬ほどの大きさがあるカエルが洋モノのポルノを見ていた。

よろよろと路上を歩きつつ、前方にある草木、絶えず超音波で攻撃を加えてくる悪質な宇宙人の如き草木を(にら)みつける。

曲がり角を曲がると、私と同じようによろよろと歩いている女がいて、思わず、微笑ましい気分になる。

「君もかい?」

そう話しかけると、女も、

「あなたも?」

と言うのだった。私は不意に、女の顔の左半分にある(まだら)なシミに対して憎悪を抱き、拳を固めて女の下腹に叩きつけるのだった。女は「グフォ」と醜いうめき声をあげて倒れるのだった。私は気分を回復し、浜崎あゆみの歌を大声でうたっていると、「もし」と呼びかけられた。もしかしたら警察かも知れないと考えた私が走っていく。

 

家に帰るとテレビが付いていて、大型犬ほどの大きさがあるカエルがビールを呑んでいた。テレビには洋モノのポルノが映し出されていて、「オーイエス! オーイエス!」と男も女も声を張り上げていた。

私が叫んだ。

「君は恥ずかしいと思わないのか」

しかしカエルはブツブツわけのわからないことを呟くと、立ち上がり、玄関の方に消えた。私は「おい」と呼びかけたがカエルは無視した。私はカエルにとっては虫けら以下の存在なのだろう。それもけっこう、と思いながら私は冷蔵庫を開け、スルメイカを丸飲みする。

スルメイカの丸飲みには2時間ほど掛かった。

夕方になった。そうして、外は暗くなり、部屋の中も暗くなり、テレビの光ばかりが青く目立った。「オーイエス!」まだ叫んでいる外人のツガイ。

カエルは絶えずゲップをし、ニヤニヤしながらテレビを見ていた。私はそのようなカエルを見ていた。テレビを見るカエルを見る私だが、私は果たして誰に見られているのだろうか、などと考えつつ、放屁した。

不意に背筋が寒くなり、背後で風が起こり振り返ると沢山の影が(うごめ)いていて、何やら喋っているが、聞き取ることはできない。

確かに言葉であるのだが、その言葉がどうしようもなくわからないのだった。

 

「暮れ方になると、痛くなる」

女はそう言った。私に殴られた下腹が痛むらしいのだ。

「そうかい。君は、ちょっとアレだね、大げさだね、僕はそんなに強く殴ってはいないよ? いや、殴るという表現にも満たないよ。アレは妖精のタッチとでも呼ぶべきものだよ、君」

私はよろよろと歩いた。すぐ前には同じくよろよろしている私の影があり、私はそれを追いかける形だ。

空は夕方の、橙色で満ちている。静かな風が流れてくるが、無気味な言葉を女が喋ったような気がした。そうして振り返ると女は顔から黒いドロドロした液体を垂れ流していた。

私はよろめいて、よろめいて、交差点で高齢者の団体に突撃した。高齢者の団体の激烈な悲鳴。干からびた羊やロバの類の叫び声にそっくりな悲鳴に、私は眩暈(めまい)を起こした。

 

塀の上を猫が歩いていた。

路上には水が溜まっていた。雨などこの一週間降っていないのだが。真昼なので人はいなかった。みんな働いている、らしい。私はそれがたまらなく可笑しい。腹から声を出し、『魔法使いサリー』の歌をうたった。何だか恥ずかしくなり、死にたくなった。しかし、そう思っても自分が死なないことはわかっていた。私は別に本気で死にたいから死にたいと思ったわけではない。

地震が起こり、猫が塀から落ちた。着地に失敗したらしく、びっこをひいて歩いていった。

小鳥の死体が不意に思い浮かんだ。小鳥はなぜ死んだのか、私にはわからない。ただ、小鳥はずっと死んでいる。死に続けている。そのような映像だった。

涙が溢れた。安い涙。自前の感動で泣けるなんて意外に器用な人間なのだ、私は。

また死にたくなった。

 

大型犬ほどのサイズがあるカエルは、女子高生モノのポルノに対して不満を述べた。私はチクワをフェラチオ風にしゃぶっていた。

カエルはもの凄い形相で、テレビをたたき壊した。私は別に恐ろしくはなかった。「あ、テレビが壊れたんだなぁ」と思った。

カエルは悲しそうな目をした。そうして、何かわけのわからないことを言った。

「わからないよ、それでは」

と、私は言ったが、カエルには私の言葉がわからないらしい。首を傾げ、悲しそうな目をもっと潤ませた。涙が流れていた。

「意味がわからない。君は一日中家でゴロゴロしながらエロビデオを見てニヤニヤしていただけだろう? 何でそんな顔をするんだ?」

カエルは首を振った。

カエルは出ていった。

私はチクワをフェラチオ風にしゃぶっていた。

 

友人のカワイシンジロウがカエルの死を知らせた。私は「あ、そう」と言った。死んだのか、と思った。本当に死んだのか、と。そして、それだけだった。別に悲しくはなかった。カエルが死んだからと言って、どうして私が悲しんでやらなければならないのだ? そのような安いヒューマニズムは持っていない。残念ながら。

「で、葬式があるらしいよ。明日。行くんだろう?」

カワイシンジロウの問いに、私は答えなかった。行くかも知れない。でも、行かないかも知れない。

半年経って、私はカエルの墓があるという場所に行こうと考えて、よろよろ路上を歩いた。そうして、カエルの親族が教えてくれた場所に着いたが、墓などどこにもなかった。

不意に雨が降ってきて、私の全身を濡らした。足下の水が、何か話した。しかし、わからない。肩に何かが触れ、恐ろしい感じがした。それは枝だった。

よろよろ、カエルの墓だという更地を歩いた。私は何を考えていたのかわからない。何も考えていないなんてことはあり得ない。生きている限り何らかのことは考えているはずだから。でも、わからない。わからないことを考えていて、それがわからなかったのかも知れない。

雨の中に立っていると、「あの」と女の声がして、振り向くと、私が下腹を殴った女が立っていた。

「なにか?」

「いえ、立ち小便なさっているのかと思って。それは犯罪であるということを教えてあげようかと思って」

墓参りを立ち小便と間違えるとは頭のおかしい奴と考えた私は、よろよろと歩き出した。女もよろよろと歩き出した。

私は女の顔面を殴った。「ガボフ!」と女は鳴き声をあげて吹き飛んだ。

突然悲しくなった。

猫が、びっこをひいて歩いていく後ろ姿と、小鳥が死に続けている映像が浮かんだ。涙が溢れた。私が叫んだ。しかし、それは言葉ではなかった。

走り続けているうちに雨は上がった。水たまりや、濡れた屋根は、やがて乾いて跡形もなくなるだろう、と私は思った。

十二秒後、私は電信柱に激突し、鼻から大量の血液を流出したのだった。

2009年10月25日公開

© 2009 ガラ・トシオ

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