夜、都バスに乗り東陽町へ向かった。四丁目アパートの解体直前、綺羅は東陽町に引っ越し、建て替え後も豊洲に戻らず住み続けている。
東陽町へ行くバスに乗っていた。車窓から眺める街はどこまでものっぺりとしていた。父への説得はしなくてもいい。どうせ、父は家庭に興味なんてない。ただ毎日職場へ行って、寝るために家に帰る。趣味などなく、酒に溺れ、再婚も考えず――要するに生ける屍だった。心配するそぶりはするが行動は起こさない。もし、俺が桜を誘拐したと発覚したとしても、父は黙ってコンビニへ向かうだろう。
スマホを見る。トラのキャラクターが仮想通貨を熱心に勧めていた。馬鹿らしくなった。YouTubeを閉じて、電子書籍を開く。江戸川乱歩の全集を読み始める。グロテスク。妖艶。死体愛好。乱歩の小説は自分を救ってくれた。
托卵の子だと発覚した直後、中学校でいじめが始まった。物を隠される。校舎裏に呼び出され殴られる。教師たちは平然と無視した。
――塾に通う金すらない。進学先は都立高校しか選択肢がなかった。有名大学への進学実績のある学校へ行きたいと一心不乱に隠れて勉強した。図書館だけが自分の救いだった。地下の埃臭い開架書庫。傷だらけの木の机で鬱々と勉強していたとき、乱歩の全集を見つけた。分厚い全集を開いた。未知の世界が広がる。
乱歩が好きなことはクックーエッグのメンバーには言ったことがない。ビジネス書以外の本は生産性が低いと見なす連中が多い。冷たく返事されるのがオチだ。
東陽町の駅前でバスを降りる。立ち並ぶ雑居ビルには安いチェーンの居酒屋が占拠するように入居していた。ビルを抜け、東陽公園へ入る。公園には若い男たちが散らばって立っていて、ずっとスマホをいじっていた。茂みへ近づいた。地面には緑色やピンク色をしたコンドームが転がっていた。コンドームの口は縛られていて、その中に黄ばんだ液体が溜まっていた。
公園を出て目の前の、細長いマンションに入る。階段を二階まで上がり、豊洲と同じ三〇三号室へ入る。チャイムを鳴らした。奥からバタバタと足音がすると、扉が開いた。
「ナツじゃん。どうしたの、いきなり?」
寝起きらしい綺羅はあくびをしていた。ドンキのペンギンのTシャツはすすけていた。
「話がしたい」
部屋に入る。豊洲と同じく、ゴミ袋が散乱していた。綺羅は黄ばんだ冷蔵庫から黄色いトップバリュのチューハイを取り出した。
「それっていくら?」
質問すると綺羅は間髪をいれず「八十五円」と返事した。
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