托卵師

サティスファクションセンター(第1話)

眞山大知

小説

22,914文字

托卵――妻が不倫相手ともうけた子を夫の子と騙して生み育てること。その手伝いをする職業が托卵師だ。
医学部を中退した夏樹は、生まれ育った豊洲で友人の佐田に誘われ、「クックーエッグ」という托卵師グループのメンバーになった。タワマンの林立する豊洲で夏樹は憎しみに燃える――幸福で金のあるタワマンの住人が許せない。不幸のどん底に叩き落としたい。
令和日本の階級社会を描く社会派暴力小説!

 

*     *     *

 

 

二年前、九月末の夜。豊洲四丁目の公園をあてもなくうろついていた。

細長い公園。警備服を着た男たちが地面に座ってストゼロをあおる。Uber Eatsの大きなリュックを背負った男たちが、ゾンビのように徘徊していた――小学校の同級生に似た顔の男もいた。頬はげっそりと痩せこけ、目は野犬のように輝いていた。

天を見上げる。空を埋め尽くすようにタワマンが建ち、淡く上品な光を放つ。

天上人のような成功した金持ちと、畜生のように地べたを這う貧乏人が、同じ空間に共存する、そんな混沌が豊洲だった。

自分はどうやっても地べたを這う側の人間だった。天上を知るべきでなかった。医学部で絶望的な孤独を味わいつくした。経済的にも文化的にも豊かな環境で育った同級生と話が通じなかった。医師の年収と名声に期待して耐えたが、五年生、臨床実習をむかえた途端に突然燃え尽きた。誰も味方になってくれなかった。学生寮の埃臭いボイラー室、養生テープ、七輪、練炭。扉を破って助けてくれた後輩。鍵のかけられた病棟。病名がコロコロ変わる診断書。

退院後、退学届を出して豊洲に帰った。しばらくはアルバイトで食いつなごうと働いた。だが、職場で医学部出身と発覚するたびにいじめを受けた。シフトを入れてもらえず、金が少ししか稼げない。アルバイトを辞めた回数はもう数えることすら止めていた。

公園の奥を進む。公衆トイレの脇に女が立っていた。女は雌猫よりもギラつく目で俺を見てきた。黒の十字架があしらわれた刺繍襟のブラウスを羽織って、下半身はガーターベルトに網タイツ。靴はピンク色で厚底のリボンパンプス。地雷系女の見本として教科書に載せてやりたいぐらいだった。

女に話しかける。

「綺羅、今日はいくら?」

「いつもどおり。本番が一万五千円イチゴ、フェラだけなら五千」

綺羅はくしゃみをした。すこし金があったから抱いてやろうと思った。

「行こっか」

「やった。ナツ、大好き」

綺羅は舌を出した。舌は蛇のように二股に分かれていた。

2024年6月11日公開

作品集『サティスファクションセンター』第1話 (全2話)

サティスファクションセンター

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© 2024 眞山大知

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