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二年前、九月末の夜。豊洲四丁目の公園をあてもなくうろついていた。
細長い公園。警備服を着た男たちが地面に座ってストゼロをあおる。Uber Eatsの大きなリュックを背負った男たちが、ゾンビのように徘徊していた――小学校の同級生に似た顔の男もいた。頬はげっそりと痩せこけ、目は野犬のように輝いていた。
天を見上げる。空を埋め尽くすようにタワマンが建ち、淡く上品な光を放つ。
天上人のような成功した金持ちと、畜生のように地べたを這う貧乏人が、同じ空間に共存する、そんな混沌が豊洲だった。
自分はどうやっても地べたを這う側の人間だった。天上を知るべきでなかった。医学部で絶望的な孤独を味わいつくした。経済的にも文化的にも豊かな環境で育った同級生と話が通じなかった。医師の年収と名声に期待して耐えたが、五年生、臨床実習をむかえた途端に突然燃え尽きた。誰も味方になってくれなかった。学生寮の埃臭いボイラー室、養生テープ、七輪、練炭。扉を破って助けてくれた後輩。鍵のかけられた病棟。病名がコロコロ変わる診断書。
退院後、退学届を出して豊洲に帰った。しばらくはアルバイトで食いつなごうと働いた。だが、職場で医学部出身と発覚するたびにいじめを受けた。シフトを入れてもらえず、金が少ししか稼げない。アルバイトを辞めた回数はもう数えることすら止めていた。
公園の奥を進む。公衆トイレの脇に女が立っていた。女は雌猫よりもギラつく目で俺を見てきた。黒の十字架があしらわれた刺繍襟のブラウスを羽織って、下半身はガーターベルトに網タイツ。靴はピンク色で厚底のリボンパンプス。地雷系女の見本として教科書に載せてやりたいぐらいだった。
女に話しかける。
「綺羅、今日はいくら?」
「いつもどおり。本番が一万五千円、フェラだけなら五千」
綺羅はくしゃみをした。すこし金があったから抱いてやろうと思った。
「行こっか」
「やった。ナツ、大好き」
綺羅は舌を出した。舌は蛇のように二股に分かれていた。
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