定例会が終わった後、ロッカールームで鳥羽から豊洲まで送っていってあげようかと声をかけられた。だが、その誘いを断り、ひとりで帰ってきた。
有楽町線、始発の電車。豊洲駅で降りる。がらんどうのホームには二番線と三番線の線路を黒く安っぽいプレートで覆っていた。そのプレートのうえを歩くと、厚底のブーツの足音が虚ろに響き渡った。
いい気分ではなかった。他の托卵師に秘密を暴露された。――母親が托卵をした結果生まれた子だという汚点を。クックーエッグに入れてもらったのが佐田のすぐ後だったから、佐田を兄貴分として見ていたのに。裏切られたように感じた。それに、クックーエッグの会費がまた値上がりした。会費は馬鹿にならなかった。返済しなければならない奨学金はまだ四〇〇万円分残っていたが、会費を払えないなら追放される。
スマホの通知音が鳴った。画面を開くと、登録していた精子売買のマッチングサイトからメールが届いていた。未納品の注文が一件あり、至急送付するようにとの催促だった。托卵の仕事はなにも女に直接会う必要はない。精子を女の元に送ればできる。
改札手前のトイレに入った。アンモニア臭が鼻につく。個室に閉じこもってパンツを脱ぐ。便座に座る。右手でペニスをつかみ、左手を服に差し入れて乳首をつまむ。興奮できない客でも対応できるよう、乳首をいじればすぐ射精できるように訓練していた。
瞼を閉じる。精神を集中。上下運動。乳首をつねる。甘い快楽が駆け上る。絶頂。右手に熱い液体がかかった。生臭い。素早くファージャケットの左ポケットからシリンジ――針のない注射器を取りだし、吐き出した精子を丁寧に吸いあげる。これを精子のマッチングサイト経由で売れば一万円の収入。
これでも価格は中の下。マッチングサイトでは精子の運動率が重要視される。運動率はすべての精子のうち正常に活動している精子の割合で、その数値が高いと妊娠させやすくなる。自分の精子の運動率は五十パーセントとやや低く、価格も低めに設定しないと売れない。当然、運動率の数字をごまかすことはできない。マッチングサイトが厳重に品質管理をしていて、運動率を調べるため抜き取り検査をするのだ。少なくともこの方法で金を稼ぐには数をこなさなければいけない。
左ポケットから封筒を取り出して精子入りのシリンジを封入。疲労と眠気がどっと襲う。大きく息を吐いた。
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