托卵師

サティスファクションセンター(第1話)

眞山大知

小説

22,914文字

托卵――妻が不倫相手ともうけた子を夫の子と騙して生み育てること。その手伝いをする職業が托卵師だ。
医学部を中退した夏樹は、生まれ育った豊洲で友人の佐田に誘われ、「クックーエッグ」という托卵師グループのメンバーになった。タワマンの林立する豊洲で夏樹は憎しみに燃える――幸福で金のあるタワマンの住人が許せない。不幸のどん底に叩き落としたい。
令和日本の階級社会を描く社会派暴力小説!

定例会が終わった後、ロッカールームで鳥羽から豊洲まで送っていってあげようかと声をかけられた。だが、その誘いを断り、ひとりで帰ってきた。

有楽町線、始発の電車。豊洲駅で降りる。がらんどうのホームには二番線と三番線の線路を黒く安っぽいプレートで覆っていた。そのプレートのうえを歩くと、厚底のブーツの足音が虚ろに響き渡った。

いい気分ではなかった。他の托卵師に秘密を暴露された。――母親が托卵をした結果生まれた子だという汚点を。クックーエッグに入れてもらったのが佐田のすぐ後だったから、佐田を兄貴分として見ていたのに。裏切られたように感じた。それに、クックーエッグの会費がまた値上がりした。会費は馬鹿にならなかった。返済しなければならない奨学金はまだ四〇〇万円分残っていたが、会費を払えないなら追放される。

スマホの通知音が鳴った。画面を開くと、登録していた精子売買のマッチングサイトからメールが届いていた。未納品の注文が一件あり、至急送付するようにとの催促だった。托卵の仕事はなにも女に直接会う必要はない。精子を女の元に送ればできる。

改札手前のトイレに入った。アンモニア臭が鼻につく。個室に閉じこもってパンツを脱ぐ。便座に座る。右手でペニスをつかみ、左手を服に差し入れて乳首をつまむ。興奮できない客でも対応できるよう、乳首をいじればすぐ射精できるように訓練していた。

瞼を閉じる。精神を集中。上下運動。乳首をつねる。甘い快楽が駆け上る。絶頂。右手に熱い液体がかかった。生臭い。素早くファージャケットの左ポケットからシリンジ――針のない注射器を取りだし、吐き出した精子を丁寧に吸いあげる。これを精子のマッチングサイト経由で売れば一万円の収入。

これでも価格は中の下。マッチングサイトでは精子の運動率が重要視される。運動率はすべての精子のうち正常に活動している精子の割合で、その数値が高いと妊娠させやすくなる。自分の精子の運動率は五十パーセントとやや低く、価格も低めに設定しないと売れない。当然、運動率の数字をごまかすことはできない。マッチングサイトが厳重に品質管理をしていて、運動率を調べるため抜き取り検査をするのだ。少なくともこの方法で金を稼ぐには数をこなさなければいけない。

左ポケットから封筒を取り出して精子入りのシリンジを封入。疲労と眠気がどっと襲う。大きく息を吐いた。

2024年6月11日公開

作品集『サティスファクションセンター』第1話 (全2話)

サティスファクションセンター

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© 2024 眞山大知

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