春海橋、黎明大橋、築地大橋。似たような外見の橋を渡ると、アストンマーティンは目的地の浜松町へ到着した。托卵師はアスリートとおなじく体が資本。所属する托卵師グループ・『クックーエッグ』の集会はジムで開かれる。
大門通りから南側の路地へ入るとジムが見えた。ファミレスの居抜き物件に作られていた。佐田のアストンマーティンは一階の駐車場へ停まった。ドアを降りると佐田は胸ポケットからアイコスを取り出した。充電用のボックスには金のステッカーで「坂本龍馬」の文字が貼られていた。
「一服させてくれよ。会社が禁煙ってうるさくてさ」
佐田は愚痴を吐いてから、ホルダーにスティックを差しこんだ。
駐車場を歩く。照明の白い光がコンクリートの壁と床を舐めるように照らしていた。駐車場を出て、路地脇の階段をあがる。ジムの看板は毒々しい紫に輝いていた。扉を開け、ジムに入店する。
千紗からもらったトレーニングウェアに着替え、マシンルームへ入室した。部屋をトレーニングマシンが埋めつくしていた。マシンには托卵師たちが乗って黙々と体を動かし、体という商品の品質を維持していた。小さい呻き声と迫った息づかいが部屋中に響く。
黒革のマットに寝転がる。ストレッチをしながらあたりをじっくり見回した。ベンチプレスには日本橋担当の和山が、自衛隊あがりの肉体を見せつけるようにバーベルを持ち上げていた。ローイングマシンには六本木担当の松原が、実業団でヨットを操る様子を再現するかのようにロープを大きく引っ張っていた。
ストレッチを終えてチェストプレスに乗ると、隣から細目でダークブラウンの髪の男が品のある柔らかな口調で話しかけてきた。勝どき担当の鳥羽だった。
「柊さん、最近どうです?」
「ダメですね。独身者がだんだん増えてきて、食いつきが悪くなってます」
「嘘ですね。しっかり孕ましてるくせに。女の匂いがしますよ」
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