晴海通りにはLEDのオレンジの街灯がゲームのバグのようにはるか遠くまで並ぶ。通り沿いのビルには学習塾が乱立していた。
早稲田アカデミーの校舎はホストクラブのように明るく照らされ、片道一車線の道路を挟んで南側、江東区立深川第五中学校は中華屋のダクトのようにドス黒い闇に覆われて、気味の悪い対比を作っていた。
母校の中学の正門にベイプをふかして立っていた。誰かスケートボードを転がしているのだろう。校舎の奥から乾いた音がブラウン管テレビの砂嵐のようにうるさく響く。
口から煙をだらしなく吐き出した。大げさなほど大量の煙が昇る。煙の向こう側には担当物件のレジデンスタワー豊洲Ⅰが腑抜けた光を放っていた。
工場地帯だったころの豊洲の都営住宅で生まれ育った。住人は高卒の作業員が多かったが、工場と居酒屋しかない街を堂々と歩けた。工場撤退後、再開発によって豊洲はタワマンと小洒落たオフィスと塾の街に造り変えられ、いまでは都営住宅は、タワマンの陰におびえるように隠れている。
タワマンの子どもは親に投資してもらい、塾と中高一貫校へ通い有名大学へ進学。一方、都営住宅の子どもは金などなく、親は教育に理解がなく、中学受験などさせてもらえない。公立の学校でタワマンの子をいじめることで鬱憤を晴らすことが最大の娯楽だった。都立高校を卒業後はよくて警察官、消防士、自衛官。悪ければ介護施設で重労働。そんな劣悪な環境から脱出するため、中高時代は必死に勉強した。青春は暗闇だった。
苦学して北関東の国立大の医学部に進学したが、奨学金を借りているのは俺しかいなかった。同級生の誰も貧困を理解できなかった。命の価値は不平等と悟った。だからこそタワマンの住人が許せない。不幸のどん底に叩き落としたい。怨嗟。ルサンチマン。復讐。
――命の価値を馬鹿にするため、世界に命を殖やす。それが托卵師としての使命。
"托卵師"へのコメント 0件