托卵師

サティスファクションセンター(第1話)

眞山大知

小説

22,914文字

托卵――妻が不倫相手ともうけた子を夫の子と騙して生み育てること。その手伝いをする職業が托卵師だ。
医学部を中退した夏樹は、生まれ育った豊洲で友人の佐田に誘われ、「クックーエッグ」という托卵師グループのメンバーになった。タワマンの林立する豊洲で夏樹は憎しみに燃える――幸福で金のあるタワマンの住人が許せない。不幸のどん底に叩き落としたい。
令和日本の階級社会を描く社会派暴力小説!

有楽町線豊洲駅から徒歩五分。地上四十五階、地下一階、高さ一六〇メートル、総戸数一千戸。大型超高層マンション・レジデンスタワー豊洲Ⅰのエレベーターに乗れるのは客に呼ばれるときと、帰るときだけだ。

全面ガラス張り構造のエレベーターが下降。仕事用の、黒猫のようなファーのジャケットを着こんで、マッシュカットの髪を丁寧にかきあげる。

階数表示の液晶パネルへ目をやる。三十階、江東区役所職員の千紗。商社勤務の夫が分譲マンションの開発を任されジャカルタへ単身赴任。千紗は寒々しくがらんどうの部屋へ呼んできた。そのまま騎乗位で犯された。千紗の目は兎のように赤く血走っていた。妊娠させた子はもちろん男の子。数日前の昼、豊洲公園の芝生でベビーカーを押す千紗と会った。ベビーカーのなかの子どもは千紗にそっくりの顔をしていた。

エレベーターがさらに下降。二十五階の茜は沼津出身の薬剤師。夫が接待ゴルフで河口湖へ行った夜に鶯谷のホテルで孕ませた。再来月にも出産予定だという。

妊娠させた客の顔が脳裏に浮かんでは階数が変わると、すぐ別の顔に変わった。

「そういえば、夏樹くんってどんな花が好き?」

2024年6月11日公開

作品集『サティスファクションセンター』第1話 (全2話)

サティスファクションセンター

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© 2024 眞山大知

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