一二月二十四日、クリスマスイブ。誘拐の決行日。住宅のクローゼットの奥から高校の制服を取り出した。アッシュグレイのウィッグをかぶり、マスクをして変装する。姿見で全身を確認。どこからどう見ても高校生にしか見えない。
そのままダイニングキッチンへ行くと、父がテーブルに突っ伏して寝ていた。干からびたように枯れた顔には、サンタのあごひげをつけていたのだろうか、ゴムの跡がくっきり残っていた。父へ向かって心のなかで謝った。
ボストンバッグを持って家を出る。階段を降り、四丁目公園を突っ切って、昼の誰もいない飲み屋街を抜けると晴海通りに出る。少し歩くとSAPIXの前に着いた。
サピックスの玄関には監獄のように鉄の扉がつけられていた。じっと待っているとその扉が開き、桜がぽつんとひとりだけ出てきた。
「桜ちゃん、元気?」
「………どうしたんですか」
「桜ちゃんさ、お母さんって好き?」
桜はうす黙った。
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