怒りのアボカド

合評会2023年01月応募作品

河野沢雉

小説

3,858文字

合評会2023年1月参加作品。スタインベックとはなんの関係もありません。

「みなさんこんばんは! 今週もやって参りました『発見!お宝鑑定コロシアム』のお時間でございます」

司会のお笑い芸人、須崎はじめが人間離れしたテンションでオープニングナレーションを終える。ディレクターの「オッケー!」の声が響きわたる。私は出演者席の端っこで小さく咳払いして、観客席の前の方に座るよし子に目をやり、それからセットの壇上で鑑定人席に座る安藤の不遜な姿を見やった。

「それじゃ井村さん、ご準備お願いします」

付箋だらけの台本を持ったディレクターが、背を丸めて意味もなく手をこすり合わせている私を呼びに来た。さぞ緊張しているように見えただろう。実際、緊張していた。

「Vが流れたあとは須崎はじめさんがリードしますので、基本的にはそちらに受け答えして頂ければ結構です。リラックスしてください。ほら」

私が緊張に身を固くしているのを見てとったのか、ディレクターは事前打ち合わせの時に「アガりそうになったらやってください」と教えてくれていた、両手を持ち上げてグーパーを繰り返す仕草をもう一度私の前でやってみせた。私が控えめにそれを真似すると、「大丈夫大丈夫!」と何の根拠もない気安めを言って、ディレクターはゲスト芸能人が居並ぶセットの方に行ってしまった。

「それでは、最初のお宝です! 香川県からお越しの井村さん、どうぞ!」

須崎はじめが私の名を呼ぶのと同時に、ADが私をセットに送り出す。

「こにゃんにちは、井村です」

いきなり挨拶を噛む私に、須崎はじめはアドリブで緊張をほぐそうとする。

「このお腹、まさかうどんで出来てます?」

五十を過ぎてせり出してきた下腹部は収録に備えて新調したシャツでも隠せていなかった。

「あ、はい、そうです」

言いながら、観客席によし子の姿を探す。夫の体型がいじられているのはやはり快くないようで、渋面をつくっている。

「井村さん、実は今回、初めてのご出演じゃないんですよね?」

須崎はじめが台本通りに聞いてくる。私は「はいそうなんです」と答えた。それから前回出演時のVが流された。四年前、この番組に出品した景徳鎮の壺は偽物との鑑定を受け、五千円の評価額が付けられた。たった四年前の映像なのに、私もよし子も、白髪の量も皺の数も今よりだいぶ少ないように見える。

「あー残念でしたね、今回は自信の程は如何ですか?」

「はい、自信はあります」

「そうですか。今日は何を持ってこられました?」

「はい、アボカド原種の原木です」

「ほう! ではVTRを見てみましょう」

再びVが流される。事前の取材で収録された、原木を手に入れるまでの経緯が紹介される。戦前メキシコに渡った曾祖父は苦労して果樹園を開墾し、様々な作物を育てた。長男がその畑を継ぐと、次男であった祖父は果樹の苗木を携えて帰国した。件のアボカドはその中の一株だった。終戦のごたごたで苗木の多くは散逸してしまったが、このアボカドだけは父を介して私に受け継がれた。DNA鑑定によりメキシコ農務省からも原種のひとつだというお墨付きをもらっている。

「なるほど~鑑定書付きですか。これは期待できますね」

須崎はじめの台本通りの台詞に、私は「そうですね」と応じた。

「では改めて依頼品を見てみましょう!」

セットの真ん中に十五号鉢に植えられたアボカドの木が運び込まれる。現物を前に、いくつか台本通りの質問を受け、無難に答えた。

「わかりました、では、安藤さん、お願いします」

鑑定人席でふんぞり返っていた安藤がおもむろに立ち上がり、歩いてくる。依頼品は事前に専門家によって鑑定され、収録時にはもう鑑定額は確定しているのだが、出演者には知らされていない。鑑定人はもう鑑定結果を知っているのだから、こうしてスタジオで依頼品を検分するのはただの演出だ。

安藤が勿体ぶった仕草で、アボカドの木を眺め回す。私の目の前わずか一メートル先に、憎きその姿はあった。できることならこの場で殴りかかってやりたいが、私は必死に耐えた。

「さあ、では依頼人の井村さん、予想鑑定額はおいくらでしょうか?」

安藤が鑑定人席に戻り、私は事前に書いてあったフリップをADに渡されてそれを頭上に掲げた。

「おっ、百万円ときました! これはどうでしょうねー」

そしていよいよ鑑定額の発表だ。私は祈るような気持ちで鑑定人席の安藤を横目に盗み見た。これで偽物と鑑定されてしまったら、計画はすべておしまいだ。

「1……10……100……1000……」

数字は五桁、六桁と増え続ける。

「二百万円!」

「やりました!」

スタジオの観客とゲスト席がどっと沸く。鑑定人席の安藤だけが、真剣な顔をしている。早くも金勘定を済ませたようで、その目は計算高い光を湛えていた。

 

収録が終わり、出演者控室でどうらんを落としていると、控室のドアをノックする者があった。ADが出てみると、安藤の代理だと名乗る男がいた。

「安藤が井村さんにお目にかかりたいと申しております」

やはり来たか、と私はADづてに承諾の返事をした。ほどなくして私とよし子はテレビ局の裏にある喫茶店に案内された。そこには安藤が待っていた。

「お久しぶりです井村さん。まあお掛けになってください」

安藤はでっぷりとした腹を突き出してソファに腰掛け、不敵な笑みを浮かべている。

「二百万の鑑定、おめでとうございます」

「はあ」

「単刀直入に申し上げますが、もし今回の依頼品を取引なさるなら是非うちの店を通してもらいたいのですよ」

そう来ると思った。金の亡者め。

「でもあれは祖父から受け継いだ大切な原木です。おいそれと売れる物では……」

安藤はうなるように遮った。

「お気持ちはよく分かります、井村さん。しかしこう言っちゃなんですが、ただの木ですよ。寿命が来れば枯れるし、管理も大変でしょう。きちんと管理してくださる方の手に渡れば、お祖父様もお喜びになると思いますよ。ね、奥さんもそう思われませんか?」

譲渡を渋れば買い取り価格をつり上げられるかとも思ったが、守銭奴の安藤、そうはいかなかった。なによりも妻を味方につけようという魂胆が、腹立たしい。鑑定品の売買となると、モノへの執着より金銭に打算的な女性を上手く引き入れた方がいいという定石を安藤は置いている。仕方なく私は譲渡に同意した。

「それでしたら、まあ、安藤さんには前回とてもよくして頂いたので、今回もお願いしたいと思います。よし子も、いいな?」

私は傍らのよし子を見る。よし子は黙ってうなずいた。

『発見!お宝鑑定コロシアム』では収録後、鑑定された依頼品を番組の鑑定人との間で売買するのはよくあることだ。多くの鑑定人は良心的な取引をするが、安藤は違った。安藤は依頼品の鑑定にも関わっているから、番組では鑑定額を低めにしておいて安く買い叩き、マーケットで高く売りさばくなんてことも平気でやっている。今回のアボカドも二百万の鑑定額がついているが、安藤はおそらく二百万で買った木をもっと高値で売りさばくつもりだろう。

許せないのは私が前回出品した景徳鎮のときだった。番組では偽物として五千円と鑑定されたが、収録後安藤が提案してきた。

「残念でしたね井村さん。しかしこれは偽物としてもかなり出来の良い物だ。是非個人的に買い取らせてもらいたいのだがどうだろう、五万円くらいで」

私は五千円の壺が五万円になるならいいだろう、と安藤の申し出を有難く受けた。だが後日偶然にも骨董マーケットで信じられないものを目にした。

「景徳鎮・壺 個人所有 百八十万円」

紛れもなく、私の壺だった。景徳鎮は本物だったのだ。

その日から、私は安藤への復讐を誓って計画を練り始めた。これまでのところ、計画は順調だった。私が父からアボカドの原木を譲り受けていたのは事実だが、今回出品したのはスーパーで買ったアボカドの種から育てた偽物だった。鑑定書は本物だから鑑定人の目をごまかせているが、後から本物の木が出てくれば安藤の鑑定人としての評判は地に落ちるだろう。それで私の復讐は完成する。

この計画を知るのは私以外にはよし子しかいない。四年にわたる私の復讐計画に付き合わせてしまったかたちになるが、アボカドを売った二百万でよし子には少しでもいい思いをさせてやりたいと思う。

「ではこちらにサインをお願いします」

安藤は準備のいいことに、収入印紙まで貼った売買契約書を用意していた。私はペンを取り、契約書を引き寄せた。そのとき、横からスッと手が伸びてきて私のペンを持つ右手を引いた。

「よし子?」

妻が思い詰めたような顔で私を見て、ついで安藤に向きなおった。

「安藤さん、やはりアボカドの木はお譲りできません」よし子はきっぱりと言った。「この人の曾祖父が遠い海の向こうに渡って流した汗と血と涙の結晶なんです」

安藤はよし子の拒絶を予想していなかったらしく、むきになって説得を試みた。だがよし子は絶対に首を縦に振らなかった。そんな妻を見ていたら、私もだんだん復讐なんてどうでもよくなってきた。

ついに安藤は説得を諦め、憤慨しながら帰って行った。あとに残された私とよし子は顔を見合わせた。

「お前、どうして」

「この四年間、あなたを見ていて辛かったの」よし子は目を細め、どこか遠くを見た。「もういいじゃありませんか」

そのよし子の声を聞いて、私は瞬時に理解した。この四年間、私の目つきはどんどん安藤に似てきたのだろう。仮に復讐を成功させたとしても、空しさだけが残るのだと、よし子には分かっていたのだ。

「そうだな」

ペンを握っていた私の手は、まだ震えていた。

 

2023年1月21日公開

© 2023 河野沢雉

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"怒りのアボカド"へのコメント 12

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:09

    壺から苗木まで扱う安藤の守備範囲の広さに目を見張る。私はおもちゃの収集をしているので、北原照久の鑑定にはいつも注目している。

  • 投稿者 | 2023-01-27 08:50

    最後良いです。良きです。まだ震えていたっていうのが最高にいいです。何かこう、息継ぎできたって感じです。

  • 投稿者 | 2023-01-27 20:52

    テレビ収録の描写がとても良くて、もしかして出演されたことがあるのかと思いました。
    よし子さんが賢明な女性で良かったと思いました。無知なのでアボカドの原木がそれほど高価とは知らず。二百万円の鑑定がついたのだから安藤に売らずに他の人に売って良い思いをすればいいし、安藤への仕返しにもなるのではと思いました。

  • 投稿者 | 2023-01-28 00:04

    最後思いとどまりはしたもののまだ手が震えているあたり、結局怒りはくすぶり続けて復讐に踏み切らなかった事を後悔しそうな、不穏なエンディングに思いました。海外ドラマだったら忘れた頃になって続編エピソードが出てくるような、もうひと山ふた山ありそうな感じです。

  • 投稿者 | 2023-01-28 05:34

    子供がポケモンカードに夢中なのですが、ポケモンカードもレアなものは高額で取引されて、偽物もたくさん出回っています。
    コレクションって、自分の嗜好とマーケットという二つの指標があって、価値とは自分が決めるのか、他者が決めるのかとか考えだすと止まらない興味深い分野ですよね。
    これまた子供のことで恐縮なのですが、リベンジ思考の強烈さをなんとかできないかと考えていたタイミングだったので、感情移入して読ませてもらいました。
    この奥さんは人生そのものの価値の置き所について、一旦結論を出せたようでほっとしました。

  • 編集者 | 2023-01-28 15:25

    鑑定団、島田紳助と石坂浩二のコンビ時代に観てました。いろいろなことがあの番組でもあったのかな、と思い出しつつ読みました。アボカドを育てる様子も読みたかったですね、よし子の思いというかその辺りが気になりました。

  • 投稿者 | 2023-01-28 15:50

    司会の須藤があまりにいきいきしすぎて、読んでいくうちに脳内でセリフが今田耕司の声で再生された。
    描写が丁寧。作者、実はあの番組に出たことがあるのでは?と思ってしまった(安藤のような鑑定人、もしかしたら本当にいるんだろうなあ……)
    ラスト一行「まだ手が震えていた」に主人公の未練が読み取れた。おそらく独り身になったらもう一度復讐しに番組へ出そう

  • 投稿者 | 2023-01-29 15:04

    あの番組、出張にでてくる司会組の人が絶妙なくらいに今のテレビの美的感覚についてもいけず、かと言ってBANされるほど尖ってるわけでもないメンツが司会してますよね。ローカル番組の方がテレビの図々しさが残ってるというか。

  • 投稿者 | 2023-01-29 19:51

    実際に出演されたことがあるのかと思うリアリティでした。出演したことないのでリアルかは分からないんですけどなんかすごいリアリティがありました。
    よし子との無言のやりとりが良かったからこそもっとよし子のエピソードが読みたくなりました。

  • 投稿者 | 2023-01-29 23:34

    安心して読める筆力です。悲しさをお金に換えることができればそうすべきじゃないかと復讐を遂げてもらいたかったと思いました。それと「須崎はじめの人間離れしたテンション」とはいったいどんな感じなんだと気になります笑

  • 投稿者 | 2023-01-30 10:55

    物語の走らせ方が実に上手い。巧妙な仕掛けに対してオチが美しすぎるかなとも思いましたが、美しい夫婦が見られてよかったのかもしれません。

  • ゲスト | 2023-01-30 13:30

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