バフ

合評会2023年01月応募作品

白城マヒロ

小説

3,838文字

とってもやさしくてかしこいバフと、かわいいカレンちゃんのハートフルストーリーです。

 カレンちゃんのおうちのバフはとってもかしこいしカレンちゃんのことが大好きで、カレンちゃんの自慢の子。まっしろふわふわなカラダの毛が地面につくくらい長くって、そのカラダはとびついてハグするとき小学校二年生のカレンちゃんの頭をおおっちゃうくらい大きい。おっきくてふっわふわ。これもカレンちゃんが大好きなところのひとつなのでした。いまでもカレンちゃんが乗って歩けるくらい。カレンちゃんが生まれたときにはもうおうちに先に住んでいた気がするけれど、名前はカレンちゃんがつけてあげた。それまでバフには名前がなかったから、バフはとってもうれしかった。カレンちゃんはまだそのとき、「マァ」「パァ」「バフ」しかしゃべれなかったから、まっしろふわふわなバフになった。バフはそのときカレンちゃんの十倍よりもっと大きかったけど、そのおっきいカラダでカレンちゃんをいっつも守る。カレンちゃんがハイハイしたとき、バフは横をそっとついて歩いた。カレンちゃんがはじめて立った日、バフはカレンちゃんが手をつく台になれるようにカラダをかがめてカレンちゃんの近くにいた。きっとママよりもパパよりもさきに、バフがカレンちゃんのはじめてのハイハイもはじめてのたっちも見ていたと思うのですが、みなさんはどう考えますか?
 バフは颯爽とかけつける。幼稚園の帰り道、カレンちゃんが転びそうになったとき、バフがカレンちゃんのクッションになった。ふっわふわのなかにカレンちゃんはダイブ!おかげでカレンちゃんのひざこぞうにカサブタができたことはない。つるつるキレイなひざこぞう。近所のいじわっる子たちがかわいいカレンちゃんにちょっかいをかけようとしたときも、バフはすぐにかけつけた。おっきなカラダ、狼のような目でひと睨み。一目散に逃げていく。カレンちゃんは「すごいね!ありがとう!」バフをたくさんなでてあげる。バフはグルグルと音をたててカラダをすりすり。
 カレンちゃんがこうしてバフをなでてあげるのは、バフがカレンちゃんにプレゼントを持ってきたときもおなじ。バフはよくカレンちゃんにプレゼントを持ってきてあげる。カレンちゃんが朝起きたとき、カレンちゃんがおうちに帰ってきたとき、カレンちゃんが庭を見てぼうっとしているとき、バフはどこからかプレゼント!口にくわえてカレンちゃんにどうぞ!ピカピカの丸い石、新鮮な飛びきりおいしい目が覚めるようなリンゴ、シルバニアファミリーのすてきなおうちにたまごっち。食べもの以外のプレゼントを、カレンちゃんは大事にお部屋に飾っている。だからカレンちゃんのお部屋はプレゼントでいっぱい。
 どこから持ってきたんだろう、いつ持ってきたんだろう。パパとママはいっつも不思議。バフはいつからいるんだろう、バフはどこから来たんだろう。バフっていったいなんなんだろう。カレンちゃんがママのお腹からでてきたときにはもういっしょにいたと思うんだけれど……。いつも白くてふわふわな大きいカラダ、狼みたいな目、クマにもキツネにもハリネズミにも似てる顔、ギザギザ光る大きな爪。グルグルと鳴らす喉、カレンちゃんの隣で丸まって眠るし高いところにはひとっ飛び。パパとママはいっつも不思議。
 でもだいじょうぶ。バフはとってもいい子だから。パパが仕事でいなくても、ママの産休が終わっちゃっても、バフがカレンちゃんを見まもってくれる。パパとママとバフ三人で、カレンちゃんを育ててきたんだから。ママが絵本を読んであげる、悪いことをしたらパパがしかる。バフは近くで見まもってきた。カレンちゃんもとってもいい子だから、叩いたりするなんてママもパパも考えなかったけれど、そのときバフはどうしただろう。きっと必要なことだったら、バフもわかってくれるとパパは考えている。それと同時に、もしバフのあの鮫のような牙で噛まれたらひとたまりもないだろうとパパは考える。それでもパパがカレンちゃんを叩かないのは、決してバフを怖がっているからなんかじゃないとパパは思っている。カレンちゃんがいい子だから、叩こうと思ったことがないだけだ。だが、自分のしていることを、自分の考えていることを本当にわかっている人間なんているのだろうか?
 バフにはわたしの考えていることや欲しいものがわかるみたいだとカレンちゃんは思う。バフがたまごっちを持ってきたとき、カレンちゃんは自分もほかの子が妹をあやすように、赤ちゃんを守るように、なにかをお世話してみたいと思っていた。カレンちゃんがお庭でうとうとして、あったかいベッドがほしいなぁと思ったとき、バフはカレンちゃんのカラダの下に潜りこんでふわふわベッドになった。ほんとに、バフってとってもかしこくてすごくてかわいくて大好き!
 カレンちゃんがキレイな鳥さんが欲しいと思った日に、バフが蒼い美しい鳥を口にくわえて持ってきたときもカレンちゃんはびっくりした。でもそのちいさな鳥は動かなかった。どこも悪そうに見えないのに、まだすこし暖かいのに、鳥さんはぴくりとも動かないでカレンちゃんの手のなかでだんだん冷たくなっていった。鳥さんにはカレンちゃんの手のひらの暖かさだけが残った。カレンちゃんの目からは思わず涙がポロリとこぼれちゃう。それはカレンちゃんにも不思議だった。いまはじめて出会ったばかりの鳥さんなのに、出会ったときからこうだったのに、この子のことをなんにも知らないのに、どうして涙が出るんだろう。
 ママがカレンちゃんの背中をさすってあげた。バフも悪気があったわけじゃないわよ、とママが言った。(「わるぎ」ってなんだろう?)でも、鳥さんのお墓をつくってあげようね。そうしてカレンちゃんはママといっしょにお庭の一番おおきい木の根元に穴を掘って鳥さんを埋めてあげた。それは初めてカレンちゃんが、加工された牛肉や刺身になった魚とは違う、手ざわりで感じられる死と初めて出会った瞬間だったのでした。
 なんだか悲しい気持ちが晴れないカレンちゃんを見てバフはうろうろ。それからお空に向かってたかくたかくジャンプ!白いふわふわの毛をふくらませて、ぱたぱたぱたぱた、ゆっくりゆっくり降りてくる。あ!鳥さんだ!カレンちゃんが笑う。ありがとうね、バフ。カレンちゃんはバフをいい子いい子、バフは喉を鳴らしながらカレンちゃんにカラダをすりつける。それからカレンちゃんが飽きちゃうまで、バフはなんどもなんどもたかく飛んだ。

 カレンちゃんが小学二年生になってから、友だちともバフとも元気いっぱいのたのしい夏休みもおわっちゃってさびしいけれど、また学校に登校してやっぱり学校もいろんなお友だちに会えてたのしいなーと思うようになった九月十一日、飛行機がおおきなビルにドーン!とぶつかっていく。実行犯を含む死亡者二九九六人、負傷者二万五千人以上。消防士三四三人が殉職。
 ママもパパもびっくりしてテレビを消すことができないでいる。カレンちゃんがいっしょに見ていることを思わず忘れて、その光景に唖然としてしまう。ちいさな黒い粒がビルから下に落ちていく。火災から逃れようとした落下者だ、とママとパパが気づくころには、カレンちゃんはテレビのなかのことで頭がいっぱいだった。どうしてそうなったのかわからなかったけれど、とても悲しいことが起こっていることはカレンちゃんにもわかる。もしあのなかにわたしがいたら、バフが飛んで連れていってくれたのに。どうしてあのひとたちにはバフがいないんだろう、どうしてわたしはバフみたいになれないんだろう。バフみたいにやさしくなりたいな。バフみたいにつよくなりたいな。カレンちゃんの目からは、涙がこぼれている。バフは泣いているカレンちゃんに寄りそって、涙をぬぐうハンカチになる。
 次の日バフは、ゴツゴツとした緑色のへんなかたちのものを口にくわえている。カレンちゃんに、はいどうぞ。
 ママ、これなぁに?それはたぶんアボカドよ、バフが持ってきてくれたのね。いま切ってあげるからね。
 ママもレストランでアボカドを食べたことはあるけれど、こうやって自分で切ってみるのははじめてだった。まっぷたつに切ろうとした真ん中におおきなまんまるの種がひとつ。うん、やっぱりアボカドだわ。
 スライス、スライス。ママは薄く切ったそれをカレンちゃんにわたしてあげる。バフ、いっつもありがとうね。カレンちゃんはひと切れパクリ、もうひと切れパクリ。おいしくってとまらない。ママにも食べさせてあげたいと思っていたのにパクパク手と口がとまらない。
 だってとってもおいしいし、ひと切れたべるたびに力が沸いてくる。勇気がぐつぐつ煮立ってくる。知らなかったことが分かってくる。愛が全身から発散されて世界を覆いそうになる。こんなの食べるのとめられない。ママがカレンちゃん!と叫ぶころには、もうお皿はからっぽ、すっかり食べちゃった。
 ママはカレンちゃん!カレンちゃん!と叫ぶのをやめない。ママの目からは涙がとまらない。どうして?わたしはもう、バフみたいにやさしくなったのに。バフみたいにつよくてかっこよくなったのに。
 バフがカレンちゃんに声をかける。それはいつものバフ!という声じゃなくて、じゃあ、いっしょに行こうか、と言っている。カレンちゃんにはそれがわかる。
 カレンちゃんが足に力をこめるとお空にぴゅん!バフもいっしょにお空にぴゅん!
 うん、バフ、いっしょに行こうね。いろんなところに行こう。たくさんやさしいことをしよう。

2022年12月2日公開

© 2022 白城マヒロ

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"バフ"へのコメント 13

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:02

    たまごっちが出てきたりして日本の話だと思っていたら、9/11でアメリカの話だとわかり意外性を感じた。たしかに英語の名前だった。私は動物(なんだかよくわからないところがいい)が持ってきた食べ物を即座にバッチいと思ってしまうけれど、素直に受け取れる家族の純真さがいい感じ。

  • 投稿者 | 2023-01-24 20:51

    犬だと思って読んでいたらだんだん怪しくなって最後は悪魔のような生き物に、という着地。バフの語源がバアルとか、なんかみんな知ってるけど咄嗟に結びつけない悪魔の名前だったら完璧だったと思います。

    英語圏だとGODの反対がDOGなので、悪魔の象徴として犬を使うとかがあるらしいですね。エイリアン3の犬に寄生したエイリアンとか。

  • 投稿者 | 2023-01-26 15:15

    私は終始別に国は決まってないものと思ってました。
    9.11のニュースは世界中で見られたと思うので。
    バフは本当は犬じゃないんだろうなと思いました。
    最終的にみんなバフ的な生き物になって、かつてどんな人間だったかも忘れられて、優しい世界になるのもありですね。鳥は死ぬかもしれませんが……。

  • 投稿者 | 2023-01-26 23:02

    東日本大震災のときに、津波に呑まれた子供たちがアンパンマンに助けを求めて叫んでいたという話をどこかで見て、なんとも言えない、胸を引き裂かれるような気持ちになった事を思い出しました。カレンちゃんは現在30歳ぐらいでしょうか、誰かにとってのヒーローに、バフにように誰かを助けてあげられる人になっていたらいいなと思います。

  • 投稿者 | 2023-01-27 08:28

    最初、なろうの童話祭のぬいぐるみの話かなと思って読んでおりましたけども、どうやら違いましたね。人数をしっかり書き出すあたりがなんというか、こう、なんというか、なんというか。

  • 編集者 | 2023-01-27 13:12

    バフ、自分は初読時からサモエドで脳内再生されています。後半の飛ぶというくだりで、完全にファルコンに転生して、ファンタージエンの話になりました。ただ、アボカド爆食いからの悲劇らしいラストが理解できませんでした。背景は沖縄のような事情があるのかな、と勝手に解釈しました。

  • 投稿者 | 2023-01-27 19:00

    読みやすくてするすると進んでしまいましたけど、ほのぼのとしたお話ではなかったのですね。
    何の生き物だか分からないけどふわふわした大きなバフ。飛んできた鳥を飛び上がって捕まえるところは猫のようで、でも動作は犬のようで。
    バフとカレンちゃん、9/11の事件やアボカドで昇天したらしい二人、それぞれ何の関連があるのかよく分からなかったけれど、それはそれでいい種類の物語として受け止めました。

  • 投稿者 | 2023-01-28 05:48

    「バフ」って文字から触感が伝わるいい名前ですね。
    バフってなんでしょう。もしかして最初からいなかったのかな?とか色々考えちゃいました。
    理解が追い付かないところもあったのですが、みんなが誰かを想っているやさしい雰囲気に包まれた不思議なお話でした。

  • 投稿者 | 2023-01-28 15:27

    ふわふわした童話だろうと思って読んだら突然の9・11。
    死傷者数を報道のように伝える部分で一気に寒気がした。
    おそらくバフは犬じゃないのだろうと思った。死神?

  • 投稿者 | 2023-01-29 05:03

    蒼い鳥のあたりから急に不穏な空気が流れ始めて9・11へ、急転直下バフがカレンを連れていくストーリーラインは印象的でした。アボカドは何の暗喩だろう、とずっと考えてしまいます。惜しむらくは途中パパ視点が入ってくるところで、ここはカレンがパパの気持ちを推し量る、などといった形で書けたと思います。

  • 投稿者 | 2023-01-29 15:36

    この流れで、バックボーンがダークで重いの、ちいかわみたいに逆にエグみがパないです。9.11ですよね。おお、もう。

  • 投稿者 | 2023-01-29 19:34

    唐突に911が差し込まれてからのアボカド食べてパワーアップでなんのこっちゃ感がすごいです。是非カレンちゃんにはカレルレンになってもらって人類を見守ってほしいです。

  • 投稿者 | 2023-01-30 09:44

    メルヘンチックでほのぼのした演出なので、視点がブレブレで読みにくいことや時系列がよくわからないことや最後のアボカドのくだりが結局なんなのかよくわらないことなどは全部チャラになるので、良い手法だと思いました。

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