新倉イワヲの思ひ出

すべて得られる時を求めて(第1話)

浅野文月

小説

2,658文字

『すべて得られる時を求めて』第1話
ご飯を食べながら読まないでください。また、本作をお読みになって気分がすぐれなくなったら、遠藤周作著『沈黙』(新潮社刊)などの良質なる文芸作品をお読みください。

首都高環状線は今やC1と呼ばれ、その外を回るほとんどトンネルの環状線はC2、そして外環はC3となっている。いまや全ての高速道路にアルファベットと数字がついている。東名高速はE1、東北道はE4だそうだ。EはおそらくNEXCO東日本の東。つまりEastから取っていると思う。数字はその高速にあたる一般国道。E1の東名は国道1号線、E4の東北道は国道4号線。中央道は国道20号線だからE20となる。

 

グーグルマップで西の方をみたら山陽道がE2になっていた。NEXCO西日本だからWest、そして下道が国道2号線だからW2だと思っていた。いや、確信していた。しかし違っていたのだ。慌てて国土交通省のウェブサイトを見るとEは高速道路をあらわすExpresswayからとったらしい。すっかり思い違いをしていた。

 

というようなことを深夜の東京外環自動車道、通称外環C3の新倉パーキングで調べていた。スマホを助手席に置き、昭和六十一年初年度登録で走行距離二十三万キロを誇るマーチのギアを一速に入れて新倉パーキングから発進をした。

 

荒川に架かる橋を渡り、美女木を過ぎたあたりで催してきた。しょんべんではない。それはさっきしたばっかりだ。

そろそろてっぺんになろうという時分、大型トラックしか走っていない単調な外環を走っていたせいか、急に中学の同級生だった森田という女子の顔を思い出したのだ。森田は女子バスケ部に入っており、褐色な肌色と少々タヌキっぽい顔立ちだったが、健康的であったからなのかどうなのか分析するのも億劫であるのだが、男子中学生の94%が性的に見てしまうのは必至の女性だった。

 

しかし森田にはある噂が学内に流れていた。男子バレーボール部の高橋なる野郎とセックスをしているという噂であった。

ある童貞男子が団地の公園にあるピンク色でタコの形をし、所々ひびの入っているコンクリート製の滑り台に森田の下の名前と高橋の下の名前が相合傘と共に油性マジックで書かれており、そこには「Hしちゃった」と付属されているのを見たとの証言をしたのが噂の発端だった。

 

噂が本当かどうかそのタコ滑り台に行って調べた結果、確かに書いてあった。

 

高橋は森田とは違い異様に色白だったが、顔は悔しいことにイケていた。そして、女子バスケ部と男子バレー部は同じ体育館で活動をしているのも踏まえて、ありえないことではないだろう……から、間違えないに変わっていった。

その相合傘を見た童貞男子たちの全員が森田と高橋がセックスをしている姿を想像して就寝前のオカズにしたはずだ。もちろん高橋の顔を己の顔に変えてだが……。

 

そのことを十年近く経って思い出したのだ。

 

左手でマーチのハンドルを握りながら履いているデニムのジーンズのチャックを降ろしてチンポを取り出し、ゆっくりとしごいた。

チンポの根元がチャックにあたって多少不快であったが、そんなことは言っていられない。このままでは東北道E4に入るジャンクションが来てしまう。チンポを握っている右手に力を込め、しごくスピードを速めた。

 

「ビュルッ、ビュルルルル~!」とザーメンが出たときにはジャンクションを通り過ぎていて、東北道に入り損ねた。ザーメンの勢いは凄まじかったようで、ハンドルを白濁液で汚してしまった。TENGAを用意しておけば良かったと後悔をした。

 

その時である。サイレン音が聞こえ、「前の車、白バイに付いてきてください」、とスピーカーを通して云われてしまった。

「チッ、へたこいた」と思いながらもしかたないので白バイの後をついて非常駐車帯に誘導をされて止められた。ちゃんとハザードランプのボタンを押すのは忘れずに……。

 

白バイ隊員が降りてゆっくりとこっちに向かってくる。窓ガラスをコンコンと叩かれたのでハンドルを半時計まわりに回して窓を開けた。夜の心地よい風が車内に入ってきてザーメン特有の栗の花のような匂いが消えた。

 

「こんばんは。運転手さん。いまセンズリぶっこいてましたよね?」、「ハイ」と答える。

「運転中は危険ですので……安全運転義務違反になりますよ。免許証いいですか?」、「ハイ」と答えジーンズの後ろポケットに入っている財布を取り、中の免許証を引き抜いた。免許証に右手に残っていたザーメンが少しついてしまった。

これではいくらなんでもと思い、運転席付近を見回すと、サンバイザーから滴り落ちそうになっているザーメンを見つけたので左手で拭って免許証に塗りたくり、それを白バイ隊員に渡した。

隊員は懐中電灯を照らしながら免許証を見て、ザーメンに気が付いたのだろう。彼はその懐中電灯を肩に戻し、左手に持っている免許証を口もとに持っていきマスクをずらしてズルっと吸った。

そのまま免許証を持って白バイに戻りボックスのなかから書類らしいものを取り出してペンで何かを書いているように見える。

 

再び隊員が来て、「運転中は危険なのでハンドルから手を放さないようにしてくださいね。点数は二点減点になりますから」、と云われたので、「罰金はいくらですか?」と聞いた。

「九千円です」、と云われ、森田と高橋を呪いながら青い複写式の用紙に署名をした。

「ハンコは持ってないですよね?」、と聞かれたので、「持ってないですね」と答えると準備が良いことに朱肉を用意しており、といっても朱色ではなく黒だったが、「人差し指で良いので……乾いて指を擦ったら消えますから」、と云うので押した。

 

隊員はまた白バイに戻り、さっき書いた控えと¥9,000と書かれた納付書、ズルっと吸ってくれたおかげできれいになった免許証を渡され「それでは安全運転でお帰り下さい」、と云って戻っていった。

好印象な白バイ隊員だったので、明日にでも郵便局で罰金を払おうと思い、念のため右ウインカーを出しながら本線に合流した。東北道E4に入り損ねたので、たまには常磐道E6で行くかと気を取り直してアクセルを踏んだ。

 

キリンの首のような道路照明を何本も見ているうちに好印象だった白バイ隊員の顔がなんとなく高橋に思えてきてだんだんと不快になっていった。

「森田は何をしているんだろう? 結婚して母親にでもなっているだろうか?」と全裸になって籐の椅子に腰かけながら子に乳を飲ませている森田を想像したら不快な気分はなくなっていた。

 

(2)へ続く

2022年11月20日公開

作品集『すべて得られる時を求めて』第1話 (全7話)

© 2022 浅野文月

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