ぼくの住む町である千葉県幕張は、高速道路から線路のある辺りを境に北と南に分けられています。町の雰囲気は北と南とで大きく違い、北側は昔ながらの街並みで、南側は大きなショッピングモールやマンションがいっぱい並んでいます。住んでいる人たちも、北側に対して南側の方がお金持ちが多く住んでいるというのもあります。
ぼくの家は南側の線路沿いにあり、おじいちゃんの代から住んでいるのでそれほど裕福というわけでもないですが、南側の町の子たちと混じっても幸い仲良くやれています。
そんな町の人たちにも悩みがあって、北側と南側の都市に住む子供たちとの間で争いが絶えないことでした。北側の悪ガキどもを束ねる大将の権藤と、南側の都市部のヤサグレどもを束ねる大塚とで、町の治安はかなりひどいものになっています。両一味が町で遭遇しようものなら、それはもうハリネズミが毛を逆立てるようにドンパチが始まり、銀玉鉄砲から癇癪玉、派手な時はロケット花火が街中で飛び交うありさまです。大人たちも途方に暮れているようでした。
そんなある日、ぼくのクラスにケンという少年が越してきました。5月の中頃と、季節の変わり目というわけでもありません。彼の両親の仕事は研究者とも公務員ともいわれていますが、本人はあまり語りたがりません。大柄な体のわりに、誰かと話しているということもあまりなく、ぼくも彼と話したことはほとんどありません。
そんな転校生とぼくが関わるきっかけとなったのは、新都心のショッピングモールにあるおもちゃ屋でのことです。当時学年でとても流行していた『自由戦士ガンボーイ』というアニメがあって、そのプラモデルが非常に人気でした。ガンボーイのプラモデルということで、ガイプラと呼ばれていましたが、すぐに売り切れてしまう程でした。
ガイプラの新作の発売日が丁度日曜日だったこともあり、朝からお店に並んでいました。整理券が配られ、抽選という形になりました。主人公機の乗り替わりの新型モデルということもあり、ぼくもどうしても欲しかったですが、幸いなことに当選しました。
早速持って帰って組み上げようとしていたところ、柄の悪い三人組に囲まれてしまいました。
「なあ、ちょっといいかい?」
よく見たら顔に見覚えがあります。確か北側地区の権藤一味の子たちでした。ぼくは非常に嫌な予感がして後退りながら「何か用?」と聞き返しました。
「俺たちはさ、夜明けからずっと並んでたんだけど君、後から来て並んでたよね? でも俺たちは買えず、君は買えるってなんか理不尽じゃね?」
一味の一人からそんなことを言われましたが、店のルールに則って当選したのに、ぼくに言われても困ると思いましたが、ガタガタと震えて言葉になりません。そんな時でした。
「やめてやれよ」と、割り込んでくる人がいます。ぼくはその大柄だけど物静かな人に見覚えがありました。転校生のケンという子です。
「誰だオメー」と突っかかってきますが、転校生の子はそんなちょっかいを相手にもせず、ぼくの手をとってそそくさと離れようとしました。
「おい、話はまだ終わっちゃいねーんだ」と、手下が転校生の手首を掴んだ時でした。手下の体はあっさり宙返りしました。グエッと言って横になった後、うんともすんとも言いません。
あまりに一瞬のことだったのでそこにいた皆呆気に取られていました。権藤一味も暫く呆けていましたが、ふとわれにかえったようで、「おぼえてろよー」と、アニメの悪役のような捨て台詞を吐いて退散していき、転校生も気がついたら既に立ち去っていました。
ぼくは今日の出来事について、ぼんやりとしたまま家に帰り、あれほど楽しみにしていたガイプラも手付かずでした。
その日の晩、今日あったことをお父さんとお母さんに言うと、どうやら彼の家族のことを知っていたようで、そこで初めて彼がこの家の近所に住んでいることを知りました。
その次の日にお礼を持って挨拶に行くことにしました。新都心の大きなマンションで、エントランスから彼の部屋番を押すと、聞き覚えのある声で「はい、どちらさま?」と聞かれました。
ぼくは昨日のことを伝え、お礼に来たというと、「今開けるから」と入り口のドアが開きました。エレベーターはガラス張りで東京湾が見わたせます。彼の家の着くと確かに昨日見た転校生が留守番していました。ご両親は不在のようで、彼の他には特に兄弟もいないみたいです。
改めて昨日のことのお礼を言いましたが、そもそも彼はそのことすらあんまり覚えていないようでした。
彼の部屋を見渡すと、コンピュータの機材からドローンまで置いてあります。気になって聞いてみると、両親の仕事に関連することだと。どうやら噂通りご両親は研究者かあるいはハイテク企業の人の様ですが、ぼくは彼の両親の仕事までは踏み込めませんでした。部屋の明かりやテレビの電源まで特にリモコンを使ったわけでもなく、一言二言命令しただけで操作しているのを見て、まるで魔法みたいだなと思いました。家に帰った後、そのことを自分のことのように自慢しました。
それからしばらくたったある日のことです。ケンちゃんとはある程度打ち解けてきて、新都心のモールを二人で歩いていた時のことでした。手下を引き連れた一団と遭遇したのです。彼らは新都心を縄張りとする大塚一味でした。北の権藤一味とは違う意味で問題児達です。ぼくは咄嗟に身構えましたが、ケンちゃんはどこ吹く風でいつもの通り堂々としています。大塚くんは出会い頭に言いました。
「あまり警戒しないで欲しいかな。ボクは君に用事があったんだよ」とケンちゃんに向かって言いました。
「今取り込み中だが?」とケンちゃんは相手にもしません。本当に頼もしく思います。
「これは本当に大事な話なんだ。ボクたちにとってもそうだし、君たちにとってもだ。あんまり時間は取らせないからすぐそこのイートインで話だけでも聞いておくれよ」と、しつこくつきまとってきます。何か胡散臭いものを強く感じますが、権藤一味の時のように力ずくでない分、放っておくとずっと付きまとわれそうなので、話だけ聞くことになりました。大塚くんはこう話します。
「前に君たちも迷惑を被ったと思うけど、今ガイプラの入手が非常に難しくなっていてね。何故だかわかるかい?」
僕たちは身に覚えがないので首を横に振ります。
「それはね、あの権藤の悪巧みさ。権藤が手下を使ってプラモデルを買い占めているのさ」
「それがこないだの件と関わると?」
ぼくは気になって聞きました。
「そうだとも。君も難儀したと思うが、ああやって非合法な手段を使ってもかき集めて、そして値段を釣り上げた後転売してるんだよ」
もし本当なら、それはひどい話です。子供達の争いを超えて、大人が関わってくるレベルの話です。
「そんな権藤たちを懲らしめるためにね、君の力が必要なんだ」
「俺の手に負える話ではない」
とケンちゃんは相手にしません。しかし大塚くんも粘ります。
「このままだと町の平和が脅かされたままだ、そのためにも力を貸してくれ」としつこく頼み続けます。断り続けていましたが、かれこれ2時間ほど折れないため、ついにケンちゃんも渋々引き受ける羽目になりました。なおぼくたちの休日はこれでつぶれました。
幕張公園の原っぱに、権藤一味と大塚一味が揃って向かい合っていました。ここに来る前にケンちゃんからある言伝があったので、ぼくは遠くから見守っています。ケンちゃんは大塚一味の先頭にいました。その向こうで権藤が大声で言いました。
「よくまあ言いたい放題好き放題してくれやがって。今日は覚悟しろ」
やがて争いが始まりました。大塚一味はお金持ちの家が多いのか、武装がエアガンやガスガンなど手の込んだ武器を中心に揃えています。数こそ権藤一味より少ないですが、武器の質でその差を補っていました。
対して権藤一味は銀玉鉄砲やロケット花火、連発花火など火器を中心に武装しています。ケンちゃんはヒラリヒラリと身をかわし、権藤一味の手下をちぎっては投げちぎっては投げ、と以前に見た技の冴えを見せてくれますが、いかんせん数の差はくつがえすのが難しく、大塚一味は次第に逃げ去っていき、ついにケンちゃん一人になってしまいました。とても危険な状況です。そこでぼくはあらかじめケンちゃんから言われていたとおりの手順を実行します。
手はず通り、公園の森の方から煙が上がってきました。ぼくは煙を見届けると、110番と119番の両方に通報しました。公園で火事が起きていることと、悪ガキの火遊びで森に火がついたことなどを伝えました。この合戦の前に、ケンちゃんも一人で敵陣に乗り込むという無謀なことはせず、あらかじめ計画を立てていました。それはもし大塚一味が逃げるようなことがあった場合は、煙幕を炊いて権藤一味が火事を起こしたと見せかけ通報してほしい、と。
間も無く消防車と少し遅れて警察官がやってきました。ケンちゃんともども権藤一味はあわや警察のお世話になりかけましたが、ケンちゃんは争いに巻き込まれたこと、危険物を持ち込んでいないことをぼくから説明すると権藤一味より先に解放されました。しかし無罪放免とはならず、それはそれこれはこれとして、子供らによる火器の合戦を行ったことについてはこっぴどく絞られたようです。
帰り際、大塚一味の動きについて、ケンちゃんと話し合っていました。ぼくからみても始めから大塚一味が戦う気が無く、ケンちゃんと権藤を争わせようと利用したのではないかと。ケンちゃんも大塚一味とはこれでしばらく距離を取ることにしたようです。
ある日、ぼくが学校から帰るとき、帰り道に大塚くんが現れました。先日のこともあり警戒していましたが、彼は血相を変えてこう言いました。
「ケンくんが大変な目に遭っているんだ」と。ぼくは何事かと思って彼について行きましたが、高速道路の高架下に入ったところで頭から何か被せられ、そのまま何処かへと連れ去られてしまいました。
気がついたら、幕張の浜にいます。ぼくは後ろ手に縛られています。しまった、騙されたと今更ながら気づきました。
「ひどい、騙したな」と言いましたが、彼はどこ吹く風といった様子です。
「別に嘘をついてないさ。そのうち本当に大変なことになる」
「ケンちゃんに何をする気だ」
「こいつの餌食になってもらう」と彼が取り出したのは、いかにも危険そうな電動ガンです。こんなもので撃たれたら大人でも大怪我しかねません。
「彼が何をしたっていうんだ?」
「それはあいつが来てから説明するさ」
と言っている間に、ケンちゃんが現れました。
「よく逃げずにきたね」
「そいつを離せ」とケンちゃんは言いました。ぼくのせいで彼が危険な目に遭うことに、非常に心が痛みました。
「こいつの威力を試してからだ」と、大塚も一歩も引きません。
「さて、なんでこんなことになったか、こいつが知りたがっているから説明しようか」
「お前が仕組んだことだろう」とケンちゃんが割り込みました。
「そうだね。まったく証拠までおさえられるとは思わなかった。これでしばらくシノギがパーだ。どうしてくれる?」
「どういうこと?」とケンちゃんに聞くと
「大塚と店が転売のグルになってたのさ。調べるのに時間がかかったけどな」
「そうだよ。忌々しい。だから勝負といこうじゃないか。ルールは簡単だ。お前はしばらく的になる。絶え切るか、この浜の中で逃げ切ればお前の勝ち、だけど力尽きたらこいつともども蜂の巣だ」
「わかった。それでいい」とケンちゃんは丸腰でやってきました。ぼくはもう目を背けたくなりました。
それから一方的な大塚の攻撃が始まります。ケンちゃんは何とか右に左に避けていましたが、砂に足を取られて転倒してしまい、そこに大塚の射撃が襲い掛かります。改造されているのか、物凄い威力で周りの砂ごと抉り取るようです。
大塚の攻撃が一息付いた時でした。ケンちゃんはもうぐったりとして身動きもできません。
「バカなやつ。さっさと逃げれば良かったものを」と大塚はうそぶきます。ぼくは悲しくて泣き出していました。大塚はケンちゃんに近寄って言いました。
「何か言い残すことは?」
ケンちゃんはグッタリしていましたが、目はまだ死んでいませんでした。
「バーカ」とケンちゃんはニヤッとして言いました。
大塚が引き金に指をかけた時でした。大塚の真上から何かすごいスピードで落ちてきました。大塚は避ける間も無く直撃し、そのまま前に倒れました。ぼくは何が起きたのか一瞬分かりませんでしたが、落ちてきたものを見ると見覚えのあるものでした。それはケンちゃんの部屋にあったドローンです。
ケンちゃんは起き上がると大塚から電動ガンをひったくり、大塚の手下に向けて掃射しました。これには手下では絶えきれず、ぼくを置いて逃げていきました。解放されたぼくは泣きながら謝りましたが、ケンちゃんは相変わらず気にした様子もありません。
後日、幸いケンちゃんには大きな怪我もありませんでした。あのドローンをどうやって操ったのか気になったので聞いたところ、ケンちゃんの指輪がその秘密だそうで、スマートリングという機械による操作だそうです。このリングとドローンが繋がっており、細かい制御はできないけど、自分の真上で待機して上下移動は可能な程度にはしていたとのことでした。
大塚一味の悪事が明るみになったことで、町には久々の平穏が訪れました。相変わらずケンちゃんとの交流が続くと思ってた頃でした。突然彼の転校の知らせが届きました。それは本人からも聞かされていないことでした。
程なくしてケンちゃんは町から居なくなりました。彼の家に行っても、既に空き部屋となっていました。ぼくは裏切られたような気がしていました。ぼくは彼のことを友達だと思っていたけど、ケンちゃんからはそうじゃなかったのか、と。
今となっては彼の真意は分かりません。しかし、彼によって助けられたことの思い出、彼の身の回りで体験した得難いことなどは、今でも心に残っています。
彼が転校して数年がたった頃でした。唐突にケンちゃんから国際郵便が届きました。一枚の写真と住所だけが書かれています。きっと彼はそこにいるに違いありません。僕は急いで旅の予定を立てました。場所は東南アジアの小島のようです。そこに行けば初めて彼から転校のいきさつが聞けると思いましたが、それよりも今彼がどんなことをやっているのか、それが気になってしょうがないのです。
行き先の観光ガイドとか、僕には不要でした。それはケンちゃんがいるならそこがきっと一番面白くて素晴らしい場所だと、分かりきっているのですから。
大猫 投稿者 | 2022-11-19 22:13
「シノギがパーだ」なんて書いてる童話初めて読みました。しかし、世の現実を子供に知らしめるのもまた童話の役割かしらと考え直しました。
舞台が幕張なのが良いです。幕張新都心が初めて建設された頃、新築された高層ビルに通っていました。北側と南側のものすごい落差が実感としてわかります。ドローンを駆使した戦闘も幕張に似合います。
ケンちゃんのキャラクターがいまいち分かりにくいですけど、謎のヒーローとして存在感は十分で、彼らの後日談を知りたいと思わされました。
松尾模糊 編集者 | 2022-11-20 00:08
これはBL童話ですね。ガンプラとシノギが並ぶのは新鮮でした。
吉田柚葉 投稿者 | 2022-11-20 09:22
『三丁目が戦争です』をぼんやりと思い浮かべましたが、なるほどバリバリBLでした。ちょっと語彙が難しすぎるかな、と思うところもありますが、分からないところを調べさせるというのも小説の役割だと思うのでこれはこれで良いかと
小林TKG 投稿者 | 2022-11-20 09:39
最後がちょっとショーシャンクの空っぽくて、読んでて泣いた。私も行きたいと思った。自費で。で、再開の時の感じをちょっと離れた所から見たいと思った。
諏訪靖彦 投稿者 | 2022-11-20 11:11
ガンプラを買うために早朝から並ぶもほしいガンプラが売り切れていて泣きながらホワイトベースを買って帰ったのを思い出しました。
ケンちゃんとの再開はタイのビーチですかね?
曾根崎十三 投稿者 | 2022-11-20 12:17
小学生が生きるには厳しい世界ですね。幕張こわい。千葉はこわいところですね。
ケンちゃん一体何者……? 強くてスカッとしました。強いケンちゃんじゃなくて憧れて見てるのが主人公なのが共感しやすくて良かったです。
鈴木沢雉 投稿者 | 2022-11-20 13:19
富野由悠季が機動戦士ガンダムの最初の企画案を出したときのタイトルが宇宙戦闘団ガンボーイだったというのをご存知の真さんに一気に親近感を覚えました。
物語としてすごく完成されてて、かといってアイデアが奇抜なので既視感とかもなくてとても新鮮でした。楽しめました。
波野發作 投稿者 | 2022-11-20 18:39
昭和なのかな?と思ったんですが令和のようで幕張あたりはずっと昭和感があるようですね
Fujiki 投稿者 | 2022-11-20 20:24
親に言って後日お礼にとかいうくだりに育ちの良さを感じる。手を握って走るところがエモくてよい。