鯨子さいごの仕事(後編)

竹之内温

小説

8,365文字

輝ける女子アナたらんと用意周到に自分を磨く女子高生、安藤鯨子。高校卒業を控えた彼女は、将来のスキャンダルの芽を摘むために卒業アルバム製作委員となるが……

 

私は家に帰り、机の上に載った写真の数々にもう一度目を通す。将来ファンの目にさらされる写真なので、慎重に選ばなくてはならない。選りすぐりの写真はほとんどが私を中心に撮られたものだが、謙虚さを演出するために何枚かは片隅にちょっと顔を出している程度のものにした。今まで気が付かなかったが、私のとびっきりの笑顔を邪魔する、かよ子の笑顔を何枚かの写真の中に見つけた。かよ子のどの笑顔も完璧だった。私はそれらの写真をアルバムの中にしまった。私だけが目立たないとそれは意味を成さないのだ。私の学生カバンの中にはさとるが置いていったビデオテープが入っている。睡眠不足は肌に悪いが、親が寝静まったのを確認した後、リビングでヘッドフォンをして何回もテープを繰り返して見る。その中ではかよ子は男を何度もイカせて、何十回も胸を揉まれていた。煙草に何回も火を付けて、唾液は蜘蛛の巣のようにかよ子と男の間を繋げていた。

 

「ねぇ、かよ子。私ビデオ見たの」

「何のビデオ?」

「その、かよ子が一高の人達と……」

「さとる君に借りたの?」

「何でさとるのこと知ってるの?」

「ちょっとね。やっぱりビデオ一高で回ってるのね」

「ねぇ、何であんなビデオ撮らせたのよ?」

「今後のための予行練習ってとこかな」

「アダルトビデオにでも出るつもりなの?」

「まさか、アダルトは御免。グラビアよ。もう事務所も決まってるし。後は高校の卒業を待つだけよ」

「えっ? 事務所?」

「街中で何回もスカウトされたことはあったんだけど、ほとんどはアダルト系だったの。でもこの前東京に出掛けた時にスカウトされた会社はしっかりしてて。あのアイドル知ってる? ほら……」

その後にかよ子が口にしたアイドルはテレビでよく見かける女の子だった。学校帰りかよ子に連れられてきたここは喫茶店とバーが一緒になった店で、かよ子はコーヒーを、私はカフェオレを頼んだ。かよ子はコーヒーに砂糖も入れないで、煙草を片手にカップに手を付けた。

「この店のマスターは制服で煙草を吸っても、何も言わないでいてくれるの」

「そうなの……」

爪にはマニキュアの塗られた跡は見つからなかった。あのビデオを見た後では、かよ子にとっての制服は拘束着のように感じられた。コーヒーを飲むかよ子の横顔を相手には分からない程度に見つめ、あらを探すが見つからない。肌にはシミの一つもなかったし、顎から首までの軌道に無駄はなかった。制服の首元からちらりと金の細いネックレスが見えては消えた。

「かよ子勉強できるのにもったいなくない? それにアイドルになるんだったら、あのビデオ絶対流出しちゃうじゃない」

「勉強は暇つぶしでしていただけだからいいの。それにビデオは私を育ててくれたこの街へのプレゼントだから」

そう言って煙草を灰皿に押し付ける。かよ子に聞きたいことがたくさんあった。けれど今まで誰の力も借りずにここまでやってきたのだ。かよ子に何か尋ねる時、それは私の敗北を意味する。

「成績では鯨子が私よりもいつも上だった。どっちがデビューは早いかね」

「えっ?」

「知ってるよ。鯨子がこれからどうなりたいか。なんで面倒なアルバム委員に

なろうなんて思ったのか」

「でもそれはかよ子も同じじゃない?」

「私がアルバム委員になったのはね、鯨子へのプレゼントよ」

そう言った後、かよ子は席を立ってマスターと雑談しながらお金を払っていた。

「行こうか。今から一高の人達に会うけど、鯨子も来る?」

「どうしようかな。そういえば一高にはかよ子のファンクラブがあるらしいよ」

「そうなの? だから最近妙な電話が多い訳ね」

「私も行こうかな……」

「おいでよ。カラオケ行くだけだし」

制服の下の胸が歩く度に静かに揺れる。かよ子は煙草を吸っているのに、真っ白な歯をしている。のこのこついて来てしまったが、今日は家に帰ってやらなくてはいけないことがたくさんあるのだ。かよ子が男の前でどんな風に変化するのか、様子だけ確かめたら帰ろう。私とかよ子の前髪はほとんど同じ長さだった。事務所にスカウトされたなんて本当は嘘なんじゃないか。私の前で自分のある限りのプライドを崩さないために、話をでっち上げただけではないか。アダルトの勧誘だろうと、私は街で声を掛けられたことなどない。ナンパにしてもそうだ。私は誰にとっても高嶺の花すぎるのだろうか。

「鯨子は男に抱かれたことある?」

「えっ、それは……」

「もしもないなら、ビデオの中の私みたいに男の上で踊っちゃ駄目よ」

「どうして?」

「可愛くないから。あれは踊りで、愛することとは違うもん」

「かよ子は愛することよりも、踊ることの方が好きなの?」

「好きっていうか、私には合ってるみたい」

言葉を噛みしめるかよ子の表情。アスファルトの上にできた水たまりを気怠けだるく避ける足取り。色素の薄い瞳が夕日に包まれて、混乱をあらわにした一瞬。

 

「かよたーん」

「あっ、こんにちは」

「やっぱり本物はビデオより可愛いなぁ」

まるで好きなアイドルに会った時のように、目を輝かせながら騒ぐ一高の制服を着た学生が五人で集まっていた。「本物の方が」という言葉をかよ子は使われていた。かよ子を探る媒体が実物よりも流通している証拠だ。私がアナウンサーになったら使われるはずだった言葉だ。街で出会った少年なんかにそうやって声を掛けられるのだ。高校生の集団の後ろ、隠れるように猫背で立っているさとるの姿を見つけた。思わず声をかけそうになったが、さとるは目で私に合図を送ってきた。この場所では何も言うなということだろう。私としてはさとるとの関係を誰にも知られたくなかったので、最初から話しかけようとはしなかったが、さとるがそれを拒絶した理由はどこにあるのだろう。私の今後の展望をさとるに話したことはない。だからさとるが私に対して気を配ってくれた訳ではない。さとるはそんなに恥ずかしがり屋だっただろうか。

「かよたん来てくれないかと思ったよ」

男の一人がそう言った。

「約束したんだから。ちゃんと守るよ。でもそのかよたんっていうのはちょっと……」

誰も私の方を見ようとしない。やはり動く性器の方がいいのだろうか。先程から私はとっておきの笑顔で待機しているというのに、誰もこちらを見ようとしない。かよ子の方を見るといつの間にか、制服のボタンを二つも開けている。首元では金のネックレスが姿を表わし、かよ子が喋る度に小刻みに揺れていた。

「この子は同じ学校の鯨子。さとる君は知ってるよね?」

「ああっ……」

「鯨子って。それ親が付けたの? まぁ名は体を表わすって言うしね。君に似合ってる名前だね」

「親ですけど……。でも私と鯨子って全く合ってないと思うんだけど」

「いや、褒めてんだよ。ほら鯨って優しそうな生き物じゃない、なぁ?」

男は狼狽えながら同じ学校の男に同意を求めた。

「まぁね、潮を噴くっていうしね」

「ちょっとそういうの駄目! 鯨子は純粋なんだから」

私が潮を噴きそうに見えるということだろうか。私はどんな相手にでも対応可能のコミュニケーション能力を蓄えてるつもりだった。卑猥な話になった時の表情は、唇をあひるのように尖らせて、えくぼを目立たせて微笑むのだ。そうすれば何も知らない純粋であどけない女の子ができあがる。私は知っている。一高の学生とかよ子と私はカラオケ屋に行った。さとるはかよ子の横に座っていた。仕方がない、私とさとるはここでは他人の振りを通すのだ。だから遠くに座っていた方がいい。さとるが私の隣に座ったら、いつもの調子でさとるは私の身体に触りたくなってしまうだろう。カラオケ屋の狭い室内はかよ子を中心に一高の生徒が座り、私の両側はジャケットやカバンがこんもりと椅子の上に積まれていた。さとるが私を守るためにわざと荷物を置いてくれたのだろう。暗がりで男の手は蛇のように動き回る。

「かよたん歌ってよー!」

「じゃあ一曲だけ……」

かよ子は曲目の書かれた本を広げ、リモコンで番号を入力する。右手に煙草を、左手にマイクを持っている。それは男の股間を、口紅を持ってもおかしくはない柔らかな指先だった。かよ子の右腿は一高の男に、左腿はさとるにぴったりとくっついている。かよ子が進んでそうした訳ではないと分かる。かよ子の両膝はぴったりとくっつけられて、行き場を失っているからだ。かよ子が僅かに掠れた、深くて静かな声で歌を歌い始める。男は甘ったるいくすぐられる様な声が好きだというのに、かよ子の声は愛される声をしていない。語尾をちょっと上げて声を発すればいいのだ。上げすぎるとただの安っぽい男好きの声になってしまう。そこは微妙な匙加減だ。私は知っている。

『古くなった写真の私はもうここにはいない』

 

二回目のアルバム委員会の集会が会議室で行われた。各クラスの進行具合を委員長が聞いて回った。五組それぞれの委員は写真の配分に一番頭を悩ませていた。毎年誰の写真が多すぎるだ、少なすぎるだと、その一点でアルバム制作は揉めるらしい。努力をしないブスは黙っていればいいのに、本当によく鳴く子豚ちゃん達だ。一組は後ろの掲示板に、随時アルバムページの進行具合を実寸大のアルバムのコピーを貼付けて、生徒から意見を集っていた。二組は写真の平等性を考えて、クラス全員が同じ割合でアルバムができあがるように、数字でデーターベース化していた。三組、四組はクラスを六個のグループに分けて、一個のグループに見開き四分の一のページを担当させていた。五組は全員が平等になるために、各自一枚の写真の提出を決めたらしい。私は写真の平等性を一切無視していたので、微笑みながら「その点は岡本さんときちんと話をして、クラスの全員が納得するものにします」と答えた。委員長は不安そうにだが、頷いた。

「一組から六組までのアルバム委員がクラスに配布したアンケート用紙を見ましたが、一組から五組までは特に問題ないと思います。六組のアンケートは学校生活にあまり関係ない質問も含まれている様に感じますが……」

「その点はクラスメイトに聞いてみましたが、写真で学校生活を振り返ることはできるから、アンケートは少し個人的な話に触れるものでもいいんじゃないかという答えでした。私もクラスメイトと同意見です」

かよ子ははっきりそう答えていた。

「分かりました。じゃあ皆さん忙しいと思いますが、提出は再来週の月曜日までです」

「はーい」

「提出後の変更は受け付けないという決まりになってますが、次の日まで誤字などの変更はどうにかなるので。印刷所に持っていくのは火曜日の放課後になります」

 

私はアンケートの回収ボックスを家で作った。月曜日の学校に持っていき、六組の後ろの棚の上に置いておいた。アンケート回収は水曜日までだ。相変わらず『キューティー☆モンスター』を読んでいる生徒に交じって、アンケート用紙に友達同士で話し合いながら書き込んでいる生徒の姿も目についた。土曜、日曜の友人と食べたジャンクフードのせいか、月曜日は肌の荒れたブスが目立つ。『かわいい小悪魔』が今の流行のキャッチフレーズだが、同級生は『リアル☆モンスター』だといつも思って、私は失笑を堪える。別にクラスメイトのせいじゃない。それに彼女達は様々に感謝すべきだ。この街で生きていくつもりなら、あまりに美しい容姿を備えているとかえって危険だろう。目立ちすぎるとこの場所にはいられない。私の場合は最初から東京で生活すると決めていたので、この容姿に生まれついてよかったと思う。アナウンサーになったら、『(鯨子)アナウンサーと探る、(鯨子)出生の地!』などの特番で可哀想な彼女達をカメラの前に立たせてあげようか。

私は高校一年生の頃まで、アイドルになるつもりでいた。しかし私だって老いには勝てない。アイドルは使い捨ての時代だ。最終的に脱がなくてはいなくなるのだ。その裸の惨めったらしい姿ったらない。ハエ取り紙に足をすくわれたハエと一緒だ。私は知っている。頭脳と容姿の両方を活かせる仕事はアナウンサーだ。あの仕事は容姿と頭脳が平等に扱われる。お天気お姉さんではなくって、政治問題にもずばっと新人ながらに鋭い切り口で話をする女子アナウンサーだ。外国人記者とは英話で会話をし、もちろんコミュニケーションとしての笑顔も忘れない。そして『(鯨子)こそ日本の華だ!』と賞賛を受ける。結婚は私が求めなくても、勝手に私についてくるだろう。人気の絶頂で寿退社も悪くはない。

 

「鯨子、この前先に帰っちゃうから、あの後大変だったんだよ」

いつの間にかかよ子が私の横に立っていた。

「なんかあったの?」

「カラオケって密室っぽいじゃない? 『かよたんキスしようよ』とか言ってきてさ、ちゃっかりビデオカメラまで用意してて。私腹が立ってさ、帰ってきちゃった」

「さとるもその中にいたの?」

「いたよ。一番図々しい奴。笑いながら、『お前脱げよ』だってさ」

「嘘……」

「勘違いしてんのよ。ビデオを撮らせたのはあれが最初で最後なの。じゃなきゃ価値なんてなくなっちゃうのに。本当に馬鹿な奴ら」

「そうだね……」

「鯨子、さとるなんてやめなよ。あいつ鯨子のこと大切にできるような奴じゃないよ」

「かよ子は何を知ってるの? あんたなんてさせ子のかよ子じゃない」

「それに何か問題が? 鯨子、あんたいい加減に現実を見てもいい年齢よ……」

かよ子はそう言うと、同級生の間をゆるやかに歩いて教室から出て行った。この私に現実を見ろなんて、誰よりも現実を見ている私に言うべき言葉ではないはずだ。私の三年間をこの学校の中の誰が真似できたと言えよう。眠い夜でも勉強と筋トレは欠かさずに、誰の前でも癇癪かんしゃくを起こしたこともない。余った時間で映画やテレビの中の女の人を見ては、研究を重ねた。現実的に未来を考えている私に、足りない現実とは一体どこの部分のことだろう。かよ子はたかが一高でちやほやされているだけで、調子に乗っているのだ。そして、調子に乗り過ぎて、結局は誰からも馬鹿にされ、どこに行っても成功などしない。しかし誰もが無視するかよ子を、私だけが優しくしてあげよう。そうなればかよ子は、私を敬い慕う完璧な手下になるだろう。私は知っている。

 

私は家に帰ってアンケートボックスの底にカッターで穴を開けて、中から用紙を取り出す。その間の時間も無駄にはしない。筋トレマシーンに座って、顔には小顔矯正の器具をつけている。アンケートは匿名だ。一枚一枚の用紙の向きを合わせて、枚数を数えると全部で三十九枚あった。クラスの全体は四十五人なので、なかなかの回収率だろう。ふと一枚目に大きく、かよ子の文字を見つける。じっくり見てみるとそのアンケートの一位は、かよ子の名前で埋め尽くされていた。一番可愛いと思う子も、頼れる子も、大人っぽい子も、大物になりそうな子も、結婚したいと思う子もかよ子だった。私の名前を用紙の中に探したが、なかなか見つからなかった。辛うじて、結婚したいと思う子の二位に鯨子という名前を見つけた。その人は理由まで書いていて、私の名前の横には『鯨子→モテないから浮気される心配もなさそう!』とあった。最初の一枚はかよ子自身が書いたものだろう。かよ子だけじゃない。皆自分が一番になりたいのは当然だ。私はこのクラスの中に一人でも多くの正直者が集まっているように祈りながら一枚、紙をめくる。

再びかよ子という文字。一位は全てかよ子の名前で埋められている。かよ子はアンケート配布前に、同級生を買収したのだろか。どう考えてもおかしい。慌てて紙を何枚もめくるが、かよ子、かよ子の文字ばかりがアンケート用紙の上を這い回っている。鯨子という名前は結婚したい子の二位や三位にちらほら見られるだけだった。私は顔につけている小顔矯正の器具を剥ぎ取り、少し落ち着こうと部屋の中を動き回る。こんなはずはない。かよ子は私以外の同級生に声をかけたのだろうか。私はベッドの上に転がった携帯電話を手に取る。

「もしもし、かよ子?」

(どうしたの?)

「かよ子さ、アンケートのことで同級生に何か言った?」

(何も言ってないよ。どうして?)

「アンケートの一位がほとんどかよ子なの……」

(ふーん、そうなんだ)

「本当に同級生には何も言ってないの? 私のこと一位にしてみたいなこととか……」

(そんなこと言う訳ないじゃない。書き換えちゃいなよ。ちょっと待ってて……)

後ろから男の声が聞こえる。かよ子が「今電話してるんだから、ちょっと待っててよ。鯨子から電話なの」と電話口で言った。誰と一緒なのだろうか。私のことを知っている男と一緒なのは確かだ。私のことを知ってる男? まさかさとるだろうか。そんなはずはない。さとるはいつだって私に夢中だ。この前カラオケに行った男のうちの誰かなのだろう。私は一高であだ名を付けられただろうか。かよ子の次とは少し腹立たしいが、かよ子に先にあだ名が与えられたのは、身体を張った分当然のことだろう。

(もしもし、ごめんね)

「誰と一緒にいるの? 私のこと知ってる人みたいだね」

(一高の人だよ。それよりさ、アンケート書き換えちゃえばいいんじゃない? 鯨子の好きにすればいいよ)

「それどういうこと?」

(鯨子最初からそのつもりだったんでしょ? 自分を一位にしたいんでしょ? ならそうしたらいいよ。私は誰にも言わないよ)

「ありがとう。将来のためなの……。私の高校生活で最後の仕事なの……」

(ふーん。じゃあその最後の仕事頑張ってね)

「うん。じゃあね」

(ちょっと電話に出たいって人がいるから、代わるね)

電話口からはがさがさと何かが擦れ合う音が喧しく聞こえた。

(もしもし? 鯨子?)

「さとるなの?」

(そうだよ。お前さ、気持ち悪いよ。俺さ、今まで東京行く時とかに金もらってたから付き合ってたけど、もう無理だわ。悪いな、ちょっと何て言うの、生理的に受け付けないっていうかさ、じゃあな)

「ちょっと、さと……」

卒業式の後の騒がしい教室。今日ばかりは『キューティ☆モンスター』ではなく、卒業アルバムを皆が見ている。私は未来への必需品を手に入れた。卒業式の後は、皆がやたらに写真を撮るものだ。私は目立たない位にファンデーションを塗り、マスカラで目元に影を作ってきた。そしてフランス製の香水を、制服のリボンに一吹きかけた。香水は甘ったるい女物でなく、男性用を愛用している。甘ったるい匂いの女は街に溢れている。その中にあって男性的な匂いを備えた女の人は、っぽく感じられるものなのだ。人前では強気であり、二人っきりになると、その強気の隙間からさを垣間見せる。私は知っている。匂いで女を主張しようとするのは、美しくない女のすることだ、本当に美しい女はあえて女の匂いを、ねのけようと試みるものなのだ。その境界の攻防戦に美徳は存在する。

私の方を見ながら同級生はやはり豚みたいに鳴いている。かよ子はすでに東京に発ってしまったらしく、卒業式には欠席していた。電話をすると、携帯電話は解約された後だった。かよ子はビデオだけを残して去った。私はさとるの置いていったかよ子のビデオテープを何度も見返して、指先の使い方を完璧にした。今ではものを持つ手つきと、身体を触る手つきを自由自在に使い分けられる。体重も五キロ増やした。やはり簡単に胸も大きくなったが、かよ子程ではない。かよ子程の大きさにするためには、あと五キロ位の増量が必要だろう。私はかよ子のビデオテープの表に、マジックで『かよ子さいしょの仕事』と書いた。

どこからか「全部鯨子が一位だし、写真なんて鯨子が写ってるのばっかりじゃん。何これ?」という声が聞こえてくる。誰も私に一緒に写真を撮ろうとは言ってこない。アルバムの中の完璧な私を見て、急に立ちすくんでしまったのだろうか。ブスで馬鹿なあなた達には一生分からないでしょうけど、これでいいのよ。安心して。あなた達の顔が雑誌に載る時には、目の部分に黒い線が引かれちゃうから。そして何年か後には小さな居酒屋でくすぶった者同士、私が出ているテレビの話で盛り上がるんでしょう。同窓会では、記者会見のごとくフラッシュが待っているかもしれない。これは私の高校最後の仕事。そう、私だけが知っている。

 

――(了)

2007年4月28日公開

© 2007 竹之内温

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