その昔・・・僕が25歳の頃、池袋のデパートに勤めていた頃の話です。
埼玉に住む仕事の同僚M谷君が「うちでパーティをしますから来て下さい」と言うので出かけていきました。“パーティ?”という言葉に吹き出してしまった。まだセレブなんて偽者が現れていなかった当時の日本で、パーティなんていうのは政治家ぐらいでした。でも暇だし面白そうだから出かけていったのです。
M谷はルー・リードが来日したときに舞台上に駆け上がってルー・リードを押し倒して新聞に載った変な奴で、絵描きを志していると言っていた。「ニュース映像で放送されたんですよ、うふふふふ」始めはとっつきにくくて嫌な奴だと思ったけれど、一緒に仕事をするうちにいい奴だと言うことがわかってきました。
M谷は武蔵村山か東村山だったか忘れちゃったけど、そこらへんの駅に近い一軒家に住んでいて、駅から少し歩いて彼の家にたどり着くと、その家の大きさに驚きました。「なんでこんなに広いところに住んでいるんだ?」 なんて思いながら家の中に入りました。
すると数人の男女がいて、「交友関係も広いんだなあ・・・」とか思いながらみんなと雑談を始めました。しばらくすると中年のオヤジが部屋の中に入ってきて、僕を見てニコニコしながら「ようこそいらっしゃいました。今日は面白い映画の上映会なんですよぅ」と、湿った声で僕の手を取って握るのです。
そのうち部屋に大きなスクリーンを張って、8ミリ映写機の準備を始めた。先に来た男女が進んで準備を始める。準備が整うとみんなでスクリーンを見つめ始めました。
僕はオヤジの言葉通り、面白い映画でも始まるのかと思ってスクリーンを見つめました。ところがスクリーンに映し出されたのは有名な巨大宗教団体の教祖の顔だったのです。スクリーンにスクリームです・・・。すると先についていた男女がいっせいに泣き始めたのです。感極まった感涙でした。教祖は彼らにとって生き神様であったのです。そこで僕はM谷の目的がわかって腹が立ってきました。
「宗教の勧誘かよ?ちくしょう」
上映が終わるとさきほどの中年オヤジが僕に向かって「宗教への加入」を進め始めました。M谷もオヤジの横で俺を見つめています。そこは異常な空間でした。先についていた信者たちが僕を取り囲みます。全員で勧誘を始めます。もう限界です。そこで僕は腹を決めました。
「僕が神なので、別な神の信者になる気はありません」
「は?アナタが神であるはずありません」
「一介の人間である教祖さんが神であるならば、僕にも神になる資格はあるではありませんか?」
「・・・」
「人間に・・・否、僕に神は必要ありません。誰でも自身が神であると念じれば、誰もが神になるのです。自分は神であると意識することだけで自身の神は必要がなくなるのですよ」
「それはどういう意味ですか?」
「神と言う存在は“何かにすがりたい”からこそ神だと嘘をついて、善良な信者から金を巻き上げる輩を信じたくなるものです。でも、自分が神であると信じれば、誰にも救いを求める必要がなくなるのです。神であると言う嘘つきの他人の信者になる必要もないわけですよ」
「よくわかりませんが・・・教祖様は神だとは言っていないし、当方はそういった集まりではありませんよ」
「そうでしょうか? 昔、うちの母は、あなたたちと同じ方々に勧誘されて信者になりかけたことがあります。まだ小学生だった僕は、その頃から宗教嫌いでした。だから母が買った、あなたがたのインチキな仏壇を破壊してやったことがあるんです」
「なんという親不孝なことをするんでしょう。それも当方に入会されれば、そういった荒れた心も改善できるんですよ」
「とにかく、僕はあなた方の仲間になる気持ちはありません。帰ります」と言って、席を立ち、M谷君に「今日は悪かったな」と言うと玄関まで小走りで進んで、素早く玄関で靴を履いて外に出ようとすると「ワタナベさん・・・」M谷君の声が聞こえました。僕はもう一度「悪かったな」と言うと彼は少し照れたように「いいんですよ」と言って笑っていました。そのとき、普段強がっているM谷君の気の弱さや心の痛みが手に取るようにわかりました。
その後、M谷君はデパートを辞めて絵描きで食っていくことを決めたようでした。
それからしばらくして、M谷君から電話がありました。「新宿の画廊で個展を開くのでおいでください」と言うのです。僕は「おう・・・行くよ」と、宗教勧誘のことなんか気にしないで出かけました。
会場には大小10枚ぐらいの抽象画が飾られていました。奥に置かれたソファでM谷君が気障に笑っていました。M谷君の隣に座って雑談していると、そこにどこかで見たような男性が入ってきました。それは1曲だけヒット曲があるロック演歌歌手Bさんでした。彼はM谷君の絵のファンのようで「Bさんにはいつも絵を買っていただいているんですよ」とM谷君が気障に笑いました。僕は間近で本物の歌手なんて見たことがないものですから単純に「すげえなあ」ってM谷君を褒め称えたものでした。
するとM谷君は「Bさんも信者なんですよ。うふふふふ・・・」と不気味に笑いました。僕は「へ?」って驚いてM谷君とBさんをじっと見つめていると、2人は顔を見合わせてまるで妖怪のように笑いました。BさんはいきなりM谷君が描いた大きな絵を指差して「これ買っちゃおうかな」と言いました。
M谷君は「毎度・・・」と言ってBさんと話し込み始めたので、「逃げるのは今だ!」と意を決しました。 「じゃ、俺帰るからね」と言って急いで画廊の外に出ると、なぜかほっとしました。
その後、M谷君から連絡もなくなって、彼とのつきあいもなくなりました。
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