奉祝繁盛店

飽田 彬

小説

16,960文字

つじつま合わねえ妙ちきりんな夢とて、オラたちがしがみつくおっそろしい生そのもの

そら、こったらババひとり、こぎたね店だども、なーんも、そったらバカにこいたもんでねど、ほれ、もちゃくちゃしてねで、はいればいっしょ、ちゃちゃって坐れ、そこさ、ほれ。

たーいした旨いって評判なんだよオラとこ、おまけにバエるべさオラ、ちかごろだばバズりにバズっちまってよ、おかげさんで千客万来てやつだ、ま今日だば、ごらんのとおりヒマだども、ん、んだんだんだんだ暑いせえだべ、んだ今日だばなあーんもかもねえ、クッソあっぢなんてもんでねな、も彼岸だっちゅのに、なんだべこの季違い陽気、どってんこいたなんてもんでねな、このドグサレ暑さだば、あったまイカレちまうべさホンっト、こったら千年に一度の f※cking 真っ昼間まぬけヅラこいてフラついてんの、おめえみてなうすらハンカくせアンコだけだべさ、ぶははははは、ほれ、ちょっこしその小皿よけれ、いま炭おこしちゃるから、ほれ。

えっ、そうかい、旨いかい、そだべ、オラとこのホルモン旨いべ、したらどれ、もひと皿出すかい、ほいっ、あんがとさん。

こないだなんか、あれなんちゅの、ほれあの、相撲取りの下っぱのアンコども、ふんどしかつぎったかい、あれ三人づれできやがってな、そ、そそそそそ、こったら狭い店あったらの三人もよくはいったもんだ、オガればいいってもんでねえべよな、したっけよ、アンコどもだばンめえンめって百人前ばかし喰らってったわ、うっそーでねって、ほんとの話だあ、も肉ねえたって、もっとよこせもっと喰わせれって、まあーままままま、ワヤだったさ、あ、炭足すかい、いいかい、そうかい。

あーあぢあぢあぢあぢ、えっ、ビールかい、ほいっあんがとさん、ほれ、よっく冷えてるべ、ひと息にいけ、ぐびぐびってほれっ、今日だばビール最高だべ、まったくとんでもねイカレ陽気だもな今日だば、あーあぢあぢあぢ、なんもかもね、ババだばこのまんま干涸びてくたばっちまいそーだ、ぶっははは、あーあぢあぢあぢあぢ、どおだビール旨いかっ、そだべ、よかったな、あーあぢあぢあぢあぢあぢっ、あーもー、ババだばかっぴかぴだあっ、もーこのまんま干涸びてくたばっちまうどー、ああああああああああああああぁーーーーーっ、えっ、なに、オラにも一杯呑めってか、ひやあ、めんこいことゆうねえこのにいちゃん、そうかい、そんなにゆんだばしっかたねえな、したらどれ、お言葉にあまえて遠慮なくいただくとすっか、どれついでけれ、とととととと、と、ほいさんきゅう、ぷっはあンめっ、ごっつぉさんっ、ババ生きかえったど。

えっ、いつからこの店やってるってか、いんやーそったらことぉ、いきなし訊かれたってよ、コマいことだばオラあんましおぼえてねえけんども、ま、たーいしたむかしっからだぁ、地下鉄の駅できる前てのはまちがいねえとこだべ、ほれ、そこ川あるべさ、あのころあの川っぷちに渡し守いてな、剣客あがりだかってうさんくせえおやじでよ、んで川むこうにゃ馬鉄はしってたな、んだもんで春さきだば目も口もあけらんねえほど馬糞風でワヤだったもんだ、あのころだばここいらもっとにぎやかでよ、そーだ、あのころだば駅逓やら兵村やら遊郭やら先住の衆のコタンやらサムライ部落やらタコ部屋やら、たーいしたにぎやかだったど、オリンピックだの雪まつりだのまだなかったころの話だ、うっそーでねえ、ほんとのことだ、アブクはじけたりギンコ消えたりマチつぶれたりするちょべっと前の話だ、うっそーでねてば、いんやあ、なーつかしいわ、あのころだばオラまんだおんなざかりでよ、こったらシワくちゃでなかったど、ラード塗ったくったみてに肌テッカテカだったもんだ、いんやあ、なーつかしいなあ、えっ、いまトシなんぼってか、いんやはやもー、そったらことぉー、じょしに年齢訊くもんでないっしょ、にいちゃんだら、もおっ。

うまれかい、オラうまれは壊別だ、知らんべさ、知らんくても無理ねど、あってもなくてもどーでもいーよなとこだ、だども自慢でねえけんどもよ、こうみえたってオラちゃんこいときゃなんの苦労も不自由もねえお嬢さまだったんだど、それというのもオラの親父つうのがよ、これが金掘りの山師でな、たーいした羽振りいいお大尽だったんだわ、んだどもあのドグサレクソおやじあんまし調子こいたもんで、さんざ大酒かっ喰らいすぎてよ、あげくのはていきなし血へどドバドバ吐いてコロリとくたばりやがってよ、オカアとオラふたりっきり残されちまったわけよ、したっけおめ、ドグサレおやじの葬式のまっさいちゅによ、みるからに怪しげな連中どかすか押し掛けてきやがってよ、おめんとこの親父さ金貸してあったで、いますぐ返してけれちゅのさ、いんやはや、バカこくでねえ、そったらウソこくでねえったらよ、うっそでね証拠ならこれこのとおりちゃんとあるどって妙ちきりんな紙切れびらびらさせやがるんだわ、あいやー、オカアもオラも字なんぞろくすっぽ読めねえべよ、しっかたねえべさ、どもこもねべ、いわれるまま金渡したさあ、したっけオラたちあっちゅまに一文無しのホイドになっちまったわけさ、えっ、なに、ホイドわかんねてか、ホイドったらおめ乞食ってことだべさ、いやーや、なあんも知らねんだなこのアンコだば、まっいーわ、ほれっ、も一杯ついでけれ、とととととと、と、ほい、さんきゅう、ぷっはあンめえ、しっかし今日だばビールがばがば呑まさるな、んでよ、なんぼホイドだってよ、喰ってかねばならんべさ、オカアとオラふたり生きてかねばなんねえべ、いいふりこいてる場合でねえべさ、にいちゃん門付けって知ってたかい、わかんねえか門付け、門付けったらよ、あっちゃこっちゃ歩いてよ、一軒一軒まわってよ、ノッコ追分だのヘゲレ節だの唄うんだ、ひとんちの軒さきでよ、したっけ親切な家だば、カボチャだゴショイモだザッパだ、なんだかんだ恵んでくれんだわ、自慢でねえけんどオラちゃんこいとき声よかったもんでよ、たーいした唄っこじょうずだったもんでな、オラがちょべっと唄ったらば、みぃーんな、ほおおーって涙ながしながら聴き惚れてたもんだ、えっ、そうかい、にいちゃんもオラの唄っこ聴いてみたいかい、そうかいっ、そったら聴いてみたいのかい、そうかい、しっかたねえな、したらどれ、むかし思いだして、ひとふし唄ってやるかい、しっかたねえな。

 

あたしゃ 臘黹ぃ飯盛

ひがな鼈州ぅ 荒耋おろし

靠の髏いも えじゃないか

ハア えじゃないかぁ

 

いんやいやいやいや、どもどもご清聴あんがとさん、なっ、こったらババだて、まんだなかなかすてたもんでねえべ、なかなか色気あるべさ、ぶっははははははははは、ほれ、つげっ、ほいさんきゅう、ぷっはあンめ、のどごし最高だっ、んでよ、あのころの門付けったら寝るときゃおめ駅舎んなかだったんだど、して朝になったら線路伝いにあっちゃこっちゃ歩きに歩いてよ、ほうぼう門付けしながらいろんな土地まわったもんだ、あーっ思いだした、あのころ門付け仲間でたーいしためんこい双子の姉妹おってなあ、オラたち出くわすなりすぐ仲良しになってよ、道中いっしょにベチャクチャくっちゃべったりグズベリやらハマナスの実やら喰ったりゲタゲタおだったりみんなして唄ったり、そら楽しかった、いい道連れだったさ、あーなつかしいなあ、したけどその双子がよ、いきなりぷっつりすがた消しちまってよ、なしたんだべ、いったいどこさ行っちまったんだべって案じてたらよ、あるとき通りすがりの電器屋のテレビんなかでふたりして唄ってやがんの、あんときゃオラどってんこいたどお、ふたりして三味線かかえてたーいしたハナやかあーな衣装着てよ、たしかむくどりだかひよどりだかって芸名でよ、ふたりともたーいしたきれえだったな、きんきらきんきらまぶしかったな、あんときゃオラどってんこいたど、あーっあと思いだした、あのころだばタンコー、タンコタンコー、なんたって炭鉱いちばん稼ぎになったもなあ、なんたってあのころ景気よかったもの炭鉱、そータンコタンコー、ほんっとたーいしたにぎやかだったよ炭鉱だば、ちょっこし唄ったらばゼンコだあ米だあ味噌だあ古着だあ、みーんな気前よく恵んでくれたもんだ炭鉱のひとたちだば、あーなつかしいなあ、あーっあとニシン場にいたこともあるよオラ、ニシン場だばこれまた景気よかったものおー、そらぁにぎやかだったど、浜衆だの出稼ぎのヤン衆ばっかでねえ、オラたちみてえな門付けやら物売りやら旅芸人やら、まあーまままま、うさんくせえ流れもんでごったがえしとった、そらあにぎやかだったどおニシン場だば。

んでよ、いったんニシン群来くきたらよ、そーれ猫の手も足りねえってもんでよ、オラたちまでみいーんな駆りだされてな、そら昼も夜もねえ、ヤン衆の手伝いだモッコかつぎだ網の繕いだ番屋の飯炊きだ、まあーままま、てんやわんやの大忙しだった、なかでもいっちばん大忙しでキツかったのは粕づくりの仕事だったな、ニシンの粕づくりてのはよ、まんずおとな五人ラクにはいるような大釜さ湯沸かしてよ、煮立った湯んなかさ獲りたての生ニシンどばどば放り投げんだ、んでぐっつぐつ煮込んでな、煮あがったらばタモ網で掬ってよ、こんだキリンて圧搾機んなかさぶち込んで、まてぇーに搾りあげんだ、んでやっとこさできた搾りかすが粕玉てわけだ、これがよ、うっそでね、四、五人がかりでねば持ちあがんねほどずっしり重くてなあ、あんまし重いもんだでみんなしてヒイヒイ泣きながら干し場まで運んでよ、あとはかっぴかぴになるまで干しあげたらば、ようやっとニシン粕の完成てわけだ、このニシン粕てのは極上の肥料になるってんでよ、むかしっから内地さ船で運んで大量に売りさばいてきたんだそうだ、たーいしたどでけえ稼ぎになる仕事だってんでよ、オラだって最初のうちは大ハリキリで一生懸命働いたもんだ、したけどそのうちだんだんイヤ気さしてきてなあ、なんたって死ぬほどキツいうえに昼も夜もねえ寝るヒマもありゃしねえ働きづめ、そらユルくなかったさあ、いつになったら休めんだかキリねえんだもの、ましてオラまんだ遊びざかりの小娘だったべさ、そらイヤ気さすべさムリねえべよ、んだもんでよ、ある日まんだうす暗い明けがたのことだ、ついにオラ逃げちまうべて決心してよ、みんな死に絶えたみてえに眠りこけてるすきに、こっそり番屋ば抜けだしちまってよ、オカアにも告げずにな、といって、オラどこさ逃げるあてあるわけでもねえ、なんせうすらハンカくせえ小娘のことだ、とりあえずいきあたりばったりに走ってな、ずんずん走りに走ってよ、しまいにゃ走りつかれちまったもんで、そこいらの岬のさきっちょさドッカリ腰おろしながらカダラ休めてよ、どでけえ朝焼けの海ぼおーっとながめて、ほかになんもやることねえしよ、ごんづよされだのへろぎ舟唄だの唄ってたんだ、思いつくままによ、したっけだんだんねむーくなってきてな、くたびれきってたせえだべな、しまいにゃうつらうつらしながら妙ちきりんな夢みちまった、あんましゴツゴツ岩だらけで寝ごこちわるかったせえなんかな、あったらわけわかんねえ夢みちまったのは。

ばかでけえカスベみてなこの島の東側は砂浜多いけんど、西海岸だばやたら岩場やら断崖絶壁だらけだべさ、そらあ東海岸は男神、西海岸は女神が創ったせえなんだ、西側を請け負った女神は仕事の途中くたびれたもんで手休めてドッカリ腰おろしてよ、好きな唄っこなんか一節うなりながらサボっとったんだ、したっけそこさ昔なじみがひょっこり通りかかったもんでよ、おしゃべり好きな女神は待ってましたとばかり相手引き留めてダボラ話に花咲かせちまった、いんやはや、いつの世もおしゃべり同士の長話くれえやっかいなもんはねえ、さんざくっちゃべりまくったあげく女神ハタと我にかえったらば、いつのまにやら東の男神は仕事終えて天上さ帰るところでねえか、遅れをとったことに気づいてすっかり慌てふためいた女神は残りの仕事をそそくさ大ざっぱにやっつけちまった、んだもんでこの島の西海岸はゴツゴツした岩場やら断崖絶壁だらけってえわけよ。

なりゆきを監視していた天上のえらい神々は女神を召喚しこっぴどく叱りつけたのち、ふたたび下界へ降りてすみやかに仕事を完遂するよう命じた、多少なりともなだらかに修復せぬうちは天上へ戻るべからず、と。

めんどーだったけんどもよ、ま、しっかたねえべさ、自分で蒔いたタネだ、オラもいっぺん下界さ降り立ったわけさ、ゴツゴツした岬のさきっちょによ、といってすぐ仕事はじめる気にもなりゃしねえ、とりあえずドッカリ腰すえてよ、ぼおーっと朝焼けのどでけえ海ながめながらひとふし唄ってたわけさ、したっけいつのまにやらありがたーくなってきちまってな、うつらうつらしながら妙ちきりんな夢みちまった、あんましゴツゴツ岩だらけだったもんで、けつっぺたあずましくなかったせえだべな、きっと。

いったいどんだけ眠ったもんやら、ふいって目あいたらばよ、なんだらわけわかんねえ心地でな、ひゅるひゅるひゅるひゅる、なんだらおかーしな風のにおいしてな、ぶるるうって身震いしながらオラ半身起こしたらばよ、むさ苦しい風体の野郎じいっとこっち見おろしてるでねえか、オラどってんこいたなんてもんでねえど、思わず知らず吠えちまったさ、だれだおめえ、そこでなにしとる!ってな、したっけ野郎こちょばいツラしやがってよ、やおらずたぼろ信玄袋から握飯ひとつとりだしてよ、腹へっとらんかいってボソっと訊くでねえか、ニタラァッて貧弱な歯みせやがってよ、したけどその握飯のなんともンまそうなこと、とたんにオラの胃袋ぎゅるぎゅる鳴りだしてよ、思わず握飯ひったくって、ものもいわずに喰らいついてたさ、野郎は安心したみてえにもひとつ握飯とりだしてよ、となりに坐りこんでいっしょに喰いはじめたもんだ、オラあっちゅまに喰い終わっちまったんでよ、きょときょとあたりながめた、まるではじめて見るみてえにな、ゴメどもがやたら騒がしくて空いちめんニシン曇りだったな、オラの様子を見た野郎は飯つぶついた指さきで目の前の海を示した。

……ごらんのとおり豪勢なニシン色してるけど、いつもはケタはずれに碧い海なんだぜ、ここは。沖にむかってたくさん岩が並んでるだろ、手前のひときわどでかいやつはカムイ岩ってんだ。むかしコタンの娘が義経に想いを寄せてな、あとを追いかけてこの岬までたどりついたんだが、義経は北へ船出した直後だった、とり残されたことに気づき、張り裂けよとばかりに叫んだ娘の声は烈風にかき消され、もう義経の耳には届かない、世をはかなみ恨みの言葉を残して海に投じた娘の身体は巨岩と化しちまった、その巨岩こそがあのカムイ岩ってわけだ、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」娘の残した呪詛以来、女を乗せた船が通ると必ず転覆するので、ここから北は女人禁制の地となった……とまぁこんな語り草なわけだが、もちろんこいつはバカげたヨタ話だ、和人の奥地定住を嫌った松前藩がでっちあげたたわごとにすぎん。

……おめえ、いったいなにもんだい。

……俺かい、俺はつまらん名なしの流れもんさ、ここいら一帯の衆からはハンガンさんなんて呼ばれてるがね、もともと故郷の風説をまぶした貝寄風だの凶運を貪る双頭の猫だの胎児の記憶から煮だした頓服だの、あやしげなもんばかり売り歩く風来坊だったんだが、淡い光が雲を切り裂き海原をうららに染める早春のこと、どこをどう渡ってきたもんやら自分にもわからんが、ふいにこの地にたどりつき他愛ないからくり芸で子どもらをとりこにし、おとな連中からはハンガンさんなんて呼ばれ長逗留してきたわけさ、でもそろそろ腰をあげ、もいちど旅にでるつもりでいるとこだ、はやい話が生まれついての根なし草てことさ、そういう姐さんこそ、いったいどこのなにもんなんだい。

……オラかい、オラどこのなにもんってほどのもんでねえな、ただのホイドっこだ、ま、そったらことどうでもいいべ、それよっかひとつ教えてけれ、いったいオラいま、いつどこの世にいるんだべか。すると野郎がいうことには、いまは「場所請負制」とやら、ほうぼうからこのカスベ島にはいりこんだ鬼どもが、さんざやりたい放題やらかしてる世なんだそうだ、オラとっぷり眠り呆けたあげく、とんでもねえご時世に目さましちまったらしい、それともこりゃまだ夢んなかなんだべか、もしかしてオラ夢んなかでもひとつちがった夢みてるんだべか。

……じつをいうと、もう俺はここじゃ暮らしていけねえんだ、ここはとんでもねえ土地になっちまった、風まかせの根なし草にできることなんぞ何ひとつありゃしねえ、しまいにゃ俺自身、運上屋の連中に命をつけ狙われてる始末でなあ。

あまりに胸クソわるそうな野郎のツラ見てたら、なんだかオラもどんぱらむかついてきちまった、なんぼゴツゴツ凸凹といえど、このオラが手ずから創りあげた気もする土地だ、オラひとっとびに岬とびこえて、むら雲のうえから下界の様子さぐってみた。ニシンが群来て盛りあがった海ははるか沖あいまで一面の乳白色、にぎやかな浜じゃおおぜいの衆が忙しそうに立ち働いてる……たちまちオラ全部みてとった……とたんにすさまじい雷鳴が轟いて大粒の雨が降りそそぎニシンの大群の背を洗った……

 

生粋のこの地の衆は収奪という脅威になぎ倒され、場所請負人が支配する漁場の労働者にまで貶められた。請負人の手先である運上屋の支配人やら番人どものやり口ときたら……男は昼となく夜となくこき使い病いに倒れると雇蔵と称する物置小屋に放置、たいていは餓死させた。女は人妻と娘の区別なく慰みものにしたあげく悪い病気に感染すればこれも雇蔵に放置、妊娠すればイボタやトウガラシを煎じて飲ませ堕胎させ二度と子を産めぬ身体にしてしまう。男女とも逆らえば縄で縛って薪で打ち叩いたり、食事に毒を入れて殺すと脅したり、死者は山野の土をわずかに掘ったところへ埋め、羆や狼の喰うにまかせ……

 

……武四郎と名のる老人は、俺が語るこうしたありさまを一心に書きとめていたもんだ。幾夜にもわたって俺は語りつづけたんだ。ふと気づくとああして蹲っている剛勇廉直だったかつての豪傑たち、といって探検家を歓待した暖かな夕べや風のように山野を疾駆した狩猟の記憶、あるいは歓ばしき昂揚にみちた神送りの賑わいなどとさほど遠からぬ世のこと、清廉にして義を重んずるがゆえ神々から授かった賜物も多く所有した彼らの語り口、しみったれた惰眠のさなかに思いがけず亡母の声を耳にするような曖昧でありながら厳然としたその響きを、間違いなく俺は聴きとったんだ、憤怒や呪詛や鮮血に喘ぎつつ冥界に迸る声をはっきりと耳にした、悪鬼どもが暴虐のかぎりを尽くすありさまを、激浪の轟音甚だしく災厄の果核すら唖者と化す夜半、俺はまざまざと聴きとったのだ、あるいは生きとし生けるものすべて凍りつく無明、俺は残虐な焼き討ちのさなかにいた、生き血を啜る運上屋の番人『鼻欠け』一味が岬の下の洞窟に火を投げ放ったのだ、岩礁が音もなく瓦解し夜叉のごとき紅蓮の炎がたちのぼりはるか天空に弱々しい星たちの嘶きが砕け散り囂々と爆ぜる劫火につつまれ絶望の火柱に呑みこまれ俺はもはや息絶えようとしていた、そのとき燃えさかる劫火のむこうになつかしく美しい面影がゆっくりあらわれる、ふいに骨の髄まで軋む寒気に嬰児のように身をちぢめおそるおそる瞼を開きとなりの枕をさぐると、煤にまみれた女がほんのりほほえんでいる、噫、怖ろしかった、しんじつ怖ろしかった、おまえが助けてくれたのか、俺を救ってくれたんだな、無惨な火ぶくれだらけの女はしずかにほほえんでいる、こうして俺は安逸な夢にたてこもった、まったくあぶないところだった、嬰児の姿で女の心音に身をゆだねる、こうしておまえと所帯をもてたんだから俺は果報もんだ、ほんにしあわせもんだ、こうしてさざ波のような明け暮れ積みかさね、こうして年々歳々わしらの絆は深まりゆくばかり、ひとなみに数多の災厄こそ免れ得なかったものの、わしらなんとか生き抜いてきた、いまや晴れてこうして楽隠居の身とはなった、女よ、はろばろ計りしれぬ年月わしらこの世にとどまり、こうしてシワくちゃになってしもうたが、それでいて振り返るとまるでつかのまの夢であったようにも思えるのう、じつにふしぎなことよのう、まどかな心持ちに目をやれば、なんとおどろくべきことよ、いまだ女は若く美しいままではないか、光りかがやく満月のごとくほほえむのだ、ハンガンさん、またあてどなく長い夢を彷徨っておられたのだなあ覚醒の種子はいまだひんやり遠い彼方もいちど夢の大海原に身をまかせるがよい、明けがたの鉱物的迷妄の奥底にゆらゆらと女はほほえむのだ……

 

そんなわけで、俺は当初の予定を変え旅立ちをずるずる日延べした。そして何十年いや何百年経ったことだろう。それともそれはほんの数カ月のことなのか。俺にはわからない。俺は運上屋の番人、あの『鼻欠け』の目を盗み喰い物をかすめとってきては女と分けあった。俺たちふたりは岬の下の洞窟に寄り添い棲んでいた。以前から山丹人の親方に誘われていた俺は、いずれ海のむこうの山丹の国へ渡りひと山当てるつもりでいた。親方の話によれば、あの弁髪の連中が住む土地の奥にはまだ誰も入り込んでいない豊かな沃野がひろがっているそうだ。悪逆無道の輩が知る由もない夢のような土地だ。俺はさっさと船出するべきだったのかもしれない。山丹人の親方は俺の旅支度を待ちつづけていた。なによりも『鼻欠け』一味が俺の命を狙っている。はなから俺を毛嫌いしていた『鼻欠け』はその憎悪をますます肥大させ、あのならず者の心中で殺意にまで昇華しているらしいのだ。

ふと、となりに眠る女の横顔に目を落とす。女の頬に残る涙のあと……永劫に枯れぬ泉はいつの日か洞窟からあふれ出て轟々たる荒波と合流するだろう、それは岩礁を打ち砕き無数の波の華を生み、沖風にあおられ大地に降りそそぐだろう、そしていつの日かそれは芽吹き、あたり一面に美しい花を咲かせることだろう。

空も海も群来色に塗り込められた朝、俺は旅支度を終え洞窟を出た。すぐそこに山丹人の船が待っていた。乗り込もうとして一瞬ためらい、うしろを振りかえってみた。つかのま絡みあった視線はすぐに逸らされ、俺と女はたがいに無言のままだった。

そのとき、岩場の陰から十数人の男たちが山刀を振りかざし躍り出てきた。奇声をあげ斬りつけてきたのは『鼻欠け』を頭目とする運上屋の無頼漢一味だった。虚をつかれた俺は肩に一撃を喰らいよろめいた。

刹那、凄絶な雷鳴とともに天空がまっぷたつに裂けまばゆい閃光があたりを刺し貫いた。おそるおそる目を開くと、ひとっとびに宙を跳んだ女が『鼻欠け』ども全員の襟首をまとめてひっつかみ、この世のものとも思えぬ咆哮とともに力まかせに断崖に叩きつけていた。あたり一面、血飛沫とともに肉片や骨片が飛び散っていた。幾度も岩に叩きつけられ彼らはもはや人間の姿かたちを失っていた。『鼻欠け』は肉体の大部分を欠いてこの世を去った。

この光景に怖れおののいた山丹人は肩の傷に呻く俺を船に引きずりあげ大あわてで出帆した。またたくまに荒れ狂う沖合へ船は乗り出した。張り裂けよとばかりに叫んだ女の声は烈風にかき消され大海原に呑み込まれてしまった。なりふり構わず海に身を投じた女の一念がマグマの深く長い眠りを醒ましたものか、一条の稲光に沿って深海の岩礁がせりあがり轟音とともに海面を切り裂いた。

こうして、カムイ岩は誕生した。

 

……生まれたての岩の首根っこにしがみついたまんま、オラ沖へむかって声をかぎりに叫んだものの、木の葉みてえに遠く霞んだ船には届きそうもなかった、つぎの瞬間、荒れ狂う波の合間に野郎の歌がかすかに響いた、まぎれもないあの男の声をオラはしかと聴きとった。

 

わが女神よ

涯てなき荒磯に息衝く花よ

その生命は怒濤をはるか超え

未来永劫に咲き誇ることだろう

 

……いつものことだ、泣きながらめざめたのは、とんでもなく痛かったからだ、なんべんもなんべんも、げんのうでぶっ叩かれたみてえに胸つぶれたかと思った、身体じゅうぞっくぞくさむけがした、いつものことだ、まるっきりつじつま合わねえ妙ちきりんな夢だとて、オラたちがしがみつくこのおっそろしい生そのものにちがいねえ。

そしていつものことだ、涯てない怒濤が絶えることなく押し寄せつづける、ゴツゴツした岩場のうえでむっくり起きあがるとオラ番屋めがけて一目散に駆けだした、頭んなかでオカアから告げられたんだ、たったいましがたのことだ、番屋で網っこ繕ってたらいきなし突っ伏して、オカアそのまんまこの世からオサラバしちまったんだ、あっちゅまだった、あーほんとあっけなかった、思えばずっと苦労ばっかしのクソまみれ人生だった、わけいってもわけいってもクソの山、オカアの口ぐせが頭んなかにこだまする、そらなんもかもねえ、オラこってり泣いた、オカアの死に目にあえなかったんだ、オラてんがいこどくの身になっちまったんだ、泣いて泣いてこってり泣き暮らした、オラうすら一年ほども泣き暮らしたべか、したっけある日ハタと気づいたんだ、いつまでもこのまんまだばダメだ、オカアあの世で悲しむばかりだ、オラこれからバビッと生きてくどって決心したんだ。

それからはオラ生きてくためになんでもやった、なんたっておめえ、ひとりぼっちだもの、喰ってくためだもの、門付けだモッコかつぎだ他人様にゃいえねえ稼業だ、なんだってオラ一所懸命やった、そんな女ひとり生きてくための地獄のかずかず、おめえみてえなハンカくせアンコに語って聞かせたって、どーせろくすっぽわかんねえべな、ん、とっとととととと、ほいさんきゅう、ぷっはあンめえ、こらっにいちゃんっ、こったらババ酔わしてどおする気だっ、ぶっはははははははははははははははははははは、あーンめっ、ごっつぉさん。

んでよ、ありゃいつのことだったべかなあ、実入りのいい仕事あるどって、ある日へなまずるいツラの口利きのおっさんに声かけられてよ、それがパンケカイベツ川ずずずうーとのぼった山奥の伐出の日雇デメンでな、これがおめえ、わけいってもわけいっても黒い山とんでもねえ山奥地獄だった、しかも伐出なんて仕事オラ生まれてはじめてだったもんでよ、見よう見まねで伐ったばかりのクソぶっといナマ木かついだまではよかったども、あまりの重さによたよたあーってすっころんじまってな、腰からけつっぺたからクソこっぴどく地面に打ちつけられちまった、いやーや、あんときゃまいったど、おめえにいってもわかんねえべな、いやーいやいや、あれにゃまいった、いたーくて痛くて声もなんも出せねば、すっころんだきり身動きひとつできねえんだもの、なんだってまるきり足腰たたねえんだもの、したっけおめえ、親方やら仲間のデメン連中やらオラほったらかしたまんま、つらーって後始末はじめたと思ったら、とっとことっとこ山おりてくでねえか、きっとありゃりゃこらもーだめだべ、どおせこのまんまくたばっちまうべて思ってめんどくさくなったんだべな、山奥のおっくのとんでもねえとこさオラ置いてけぼり喰らっちまった、見捨てられちまったわけさ、はあ、なんだてすっころんだきりそのまーんまびくとも動けねえし声も出せねえんだもの、いんやいやいや、さすがのオラもあんときゃまいったど、ああ思いかえせばはかない人生だった、たぶんこのまんまクマに喰われて死ぬしかねえべて観念したさ、おめえクマクソバエて知らんべクマクソバエ、どんぱら黒びかりして羽根っこだけうすら黄いろいハエいんだハエ、むかしはクマクソバエてばり呼んどったもんだ、これがよ、うっそでねえクマのクソにだけたかるハエなのさ、したからクマクソバエいたら、ぜーったいちかくにクマもいるってえわけよ、まぁーまままま、うっそでねえ、あんときゃオラのまわりクマクソバエぶんぶんたかっとったんだ、ぶんぶんぶんぶんだどおめ、したからいやーや、こらもおクマに喰われておだぶつだべなてオラ観念したわけさ、そのうち日い暮れてまっくらけのけになっちまうべしぞっくぞくシバレてくるべしよ、なんだら得体のしれねえケダモノの声ぎゃあぎゃあ聞こえてくるべしよ、まあーままま、こっころぼそいわおっかないわ、クソまっくらけのシバレ山奧にひとりっきり、声も出せねえでオラ泣いたど、こーってり泣いたさあ、したけんどいつのまにやらそのまんま眠っちまったんだな。

ふいって目あいたらばよ、いつのまにやらすっかり朝になってやがんの、オラゆんべのまんま寝ころがったきりでよ、ありゃりゃたすかったあーとりあえずまんだクマに喰われてねえわってホッとしたさ、したけんどなんだべかオラのまわり鼻ひんまがっちまうくれえナマ臭くってな、きょときょと見まわしたらばよ、あーりゃりゃりゃ、オラかこまれてやがんべさあ、やつらによ、どってんこいたなんてもんでねえどおめ、だどもすぐにしっかたねえて観念したさ、やつらのごやっかいになることにきめたさあ、こらもおごやっかいになるしかねえべよ、なんだってかんだってあきらめがかんじんてやつだ。

え、クマじゃねえよ、ハンカくせことゆうやつだなおめえ、クマなわけねえべさうすらばか、ありゃあなんちゅか、ばけもの半分にんげん半分うすらおかーしな連中だ、むかしっからこの土地に流れついた悪党どもの成れの果てだべなあきっと、もののけとも呼べねえよおなハンパな連中だ、したけどよ、なんのつもりだか知らねえけんど、オラが身動きできねえあいだ恥ずかしげにこそこそ喰いもん運んできてくれたり、あげくのはて連中の村さ連れ帰ってなんとなくめんどーみてくれた、んなわけで、なんねんだかなんじゅねんだか、ろくすっぽオラおぼえてねえけんどもよ、すっかり連中のごやっかいになったわけさ。

どんぐらいたったんだかわかんねえけんど、気づいたら身体あんべえすっかりよくなってるしよ、もとどおりぴんしゃん歩けるようになったしよ、したっけいつまでもごやっかいになってるわけいかねえべ思ってよ、ここいらでおいとまさせてもらうわて丁重に頭さげた、したっけ連中こぞってたーいしたひきとめてくれた、ちょうど年に一度のどでけえ祭りあるで、みやげがてらゆっくり祭り見物してくれてひきとめてくれたんだわ、いやーいやほれ祭りて聞いたらば、むかしっからオラ目えないほうだべさ、なんもかもねえほいほい祭り見物させてもらうことにした、したっけよ、これがおめ、たーいしためんずらしいたーいした楽しい祭りだったんだわ。

まんずオラやつらのあとさくっついて、とっとことっとこ神社の境内さいったんだ、これがまた、たーいしたごたいそな神社でなあ、ぴっかぴか黒びかりしたクソでけえ鳥居くぐったらば、なんだら腐ったどろどろ生魚みてえなヘンなにおいしたけんど、とにもかくにもウソみてえにどでけえ神社だった、オラどってんこいたど、あったら山んなかにあったらごりっぱな神社あったなんてなあ、まるっきり夢にも思わなかったど、しかもこれがちょうど宮相撲の奉納のまっさいちゅでよ、なんもかもねえ、みたことも聞いたこともねえおかしな奉納相撲でな、けたぢりゃ相撲てゆんだそーだ、ちゃらちゃら振袖着かざったみったくなしの娘っこふたりが土俵のまんなかでにらみあい、ずっしり重そうなモッコかついだ立ち烏帽子の宮司が行司だそうだ、この立ち烏帽子てのは四尺三寸ばかりてらてら黒びかりしたデカ魔羅ふうゆるキャラでな、まわりからいっせいに「カワイー、カワイー」のきいろい嬌声、ニタラニタラ行司おもむろにモッコんなかからぬるぬるぷよんぷよん赤黒いもんひきずり出した、これがまたなんの臓物だか知らねえけんど湯気ほっかほか鮮度ばつぐんシズル感たっぷり生臭えハラワタだった、んで行司そのぬるぬるぷよんぷよんハラワタむんずとひっつかんで振袖力士の全身さべちゃらべちゃら塗ったくりだした、塗ったくってるあいだは、だあれも一言もしゃべっちゃなんねえきまりなんだと、あたりがしーんとするなか、振袖ちゃらちゃら娘っこふたりあっちゅまに血汁だか脂汁だか膿汁だか身体じゅうでろでろりんこのでんでろりん、オラ思わずオエッてなったども、みったくなしの娘っこふたりなぜか陶然たる面持ちで悦楽の吐息なんぞもらしやがる、ついでデカ魔羅ふうゆるキャラおごそかにノリトとなえだし、するとそこさつるつる大甕かかえた萌えアニメコスプレ巫女三人登場、行司のノリトおわったとたんいっせいに娘っこ力士の頭から大甕の中身ぶちまけた、これがまあウジムシやらワラジムシやらカメムシやらサナダムシのたくる極楽打たせ湯、何千何百万てクソムシやら血膿脂汁やら全身でろでろりんこ、デカ魔羅行司のハッケヨイ合図にいよいよ奉納相撲のはじまりだ、がっぷり四つに組んでたがいに一歩もゆずらず外掛け内掛け上手投げ張り手にのどわとったり噛んだりグウでぶん殴ったり延髄斬りにパイルドライバーたいした真剣な大勝負だった、こったら奉納相撲オラはじめてみた、せっかくのきれえな振袖わやくちゃにぶっ裂けて、みったくなしの娘っこふたりともあっちゅまにすっぱだか、ほんとだば両者もろだしで不浄負けだべさあんなの、そうこうしてるうち互いにあんましエキサイトしすぎたもんだか、かたっぽの娘のイレ眼ぶっとんだにゃさすがのオラもどってんこいたな、すかさず相手がイレ眼あったとこさクソムシのかたまりずずんて突っ込んでよ、これにゃたまらずイレ眼娘ぎゃあって泣きくずれてやがんの、あはは、オラたーいしたたまげた、たーいしたおもしろかった、動画あっぷできればよかったのにな、あはは、したけんどいっしょにいた連中あんましおもしろくねえな、どんづこせせりでも見にいくべてゆうもんでよ、ほんとはオラもうちょっこしけたぢりゃ相撲見たかったんだども、しかたねえやつらのあとついてった。

境内のよこちょぬけたらだだっぴろい草っぱらあってよ、ふんどしいっちょの若衆わらわら集って出刃包丁ぶんまわしあってよ、落としたてほやほやの生首奪いあってた、オラはじめニシンの粕玉だべかと思ったけんど、よくよく見たらばこれが鮮血滴るほっかほかちょんまげ生首だった、そのうらめしげな目つきのものすごいこと、んで出刃片手の若衆寄ってたかってラグビーみてえにちょんまげ生首の奪いあいだ、まあーま血だか脳味噌だか髄液だかびちゃらびちゃらとんでくるわ、悲鳴やら怒声やらクッソやかましいわ、血まみれ泥まみれの生首ぶん獲ったはいいが土手っ腹出刃でぶっ刺され奪い還されてやがるわ、ありゃこら、いったいなーんてことだべ、さすがにオラあっけにとられてたらよ、こりゃどんづこせせりちゅ神事なんだと、したっけあのニシンの粕玉みてえな生首、どんづこちゅのかい、最後まであれ抱えてたもんが勝ちなんかいって訊いたらよ、べつに勝ち負けだのそったらもんねえ、きまりごとなんかなぁーんもねえんだとよ、はあ、なんだらわけわからんかったなオラ、そのうちふんどし若衆ほとんど全員血迸らせてぶったおれちまうわ、どんぱらからはみ出した自分のハラワタおさえてゔんゔんうなってやがるわ、さっぱりわけわからんけど、こりゃたしかにたーいした神事だなてオラ思った。

そうこうしてるうち、まわりの連中いっせいに歓声はりあげたんで、こんだなんだべかて訊いたらば、おまちかね神輿渡御のはじまりだそうだ、んでおごそかにお出ましの寄り鯨みてえなクソでけえ御神体は桜吹雪に彩られたスカッド魔羅、誇らしげに整列したかつぎ手は紅蓮法被の百人衆、男も女も若いも年寄りもいたぞ、まあーま、みんなハレやかあーな化粧してな、たーいした晴れがましいツラつきでよ、紅蓮法被の背にはそれぞれいろんな色やら書体でなにやら刺繍文字が縫いつけてあった、「ゴミの分別ルールをきちんと守りましょう」だの「みなさまのお気持ちに寄りそう自己責任で勇気を与えたい」だの「降りやまぬ雨のなか裏切らない努力が瞳をとじたぼくらを励ます」だの「世界が称賛する伝統文化に出逢えたキセキOh MyDear」だの。んで氏子連中いっせいに這いつくばりゑんだら様ゑんだら様てへこへこ拝むさなか、神輿先導の唄い手おもむろに唄いだしたと思ったら、その声にあわせかつぎ手衆そろり足を踏みだし、ついに神輿渡御のはじまり。

 

あたしゃ臘黹ぃ 伽魑守

よう泣く鼈州ぅ 耋魍子

靠の髏いじゃ おろろん朧

ハア おろろん朧

 

哀調せつせつ、ハラワタちぎれそうな頭声だった、紅蓮法被のかつぎ手衆が神妙に合いの手いれた。

 

みそぎじゃ みそぎじゃ

ゑんだらみそぎ

 

ここにいたって見物客感極まりいっせいに大号泣、てんでに万歳三唱やらスタンディングオベーションのあげく、なぜか全員土下座、実況中の脳天錐揉み声女子アナがおっそろしいツラでこっち睨みつけ舌打ちしたもんでオラも思わず土下座の仲間いりしちまった、やがて熱気と興奮が最高潮に達したとこで唄っこの調子がひゅこひゅこ弾むJポップビートにかわった、どんぱらよじれそうなずんどこベースにのせて百人衆いっせいに紅蓮法被を宙に放り投げた、とたんにかつぎ手はなれた神輿が垂直落下、重量およそ数十トン桜吹雪に彩られたスカッド魔羅ごろんごろん転がり、超音波シャウトの女子アナやら汗臭いTVクルーもろとも群衆なぎ倒す阿鼻叫喚のさなか、あっちゅまにすっぱだかになった百人衆のイキなこと、いなせなこと。

ひきつけおこすほどすさまじい大音量オーディエンスをあおるデスヴォイスの唄い手めくるめく大群舞の幕がここに切って落とされた、すっぱだかの百人衆だれかれかまわず観客の腕ひっぱり踊りのなかひきずりこんだ、踊りの輪にはいったもんはマニュアルどおり一糸乱れず踊らねばなんねえ規則、正しく踊れなかったり勝手に踊りの輪からぬけだしたもんは叛祭逆道の大罪、まっとうな社会成員から転落、目を覆わんばかりの神罰くだり地獄の責苦を味わうそうだ、オラもたちまちひきずりこまれちまってよ、ありゃりゃてまわり見まわしたらば見物客全員ひきずりこまれ、なんだかこっぱずかしそうな居心地悪そうなそれでいてまんざらでもなさそうなツラでうじゃらうじゃら踊ってた、まるでクマのクソに群がるクマクソバエみてえだったけんど、ま、しっかたねえべ、オラも見よう見まねで身体ゆらしてみたさ、したけどありゃこりゃなんちゅ妙ちきりんな踊りだべ、まわりの連中ヘッドバンギングしながらこれぞけとづろの舞いだ、けとづろ? おかーしな名の踊りだなあ、オラこったら踊りはじめてだわて叫んだらよ、これぞかけまくもあやにかしこきゑんだら様に奉じる尊い舞いなんだそうだ、んでもすこししたらこんだもんぢょげて踊りにスイッチするで、もんぢょげだば古来由緒正しきぬばたまめやも、けとづろよりさらにキヨらかあーでハレやかあーでスゴーイ舞いなんだそうだ、したけんどオラ内心けとづろでもう十分だわて思ったな、なんだってうごきはげしすぎるわ一本調子すぎるわで、カダラこわいのなんのって、はあーもおついてけねえ、しんぞおばっくばく、こらもおーたまらん、はあーもおついてけねえて思ったども、なんだって踊りやめたらぜったいゆるさねえっちゅもんでよ、ほれまわりばよく見れ、だれもかれもみんなマニュアルどおりきっちり踊りまくってるでねえかっちゅもんでよ、まあーま、しっかたねえ、ならうよりなれろだ、オラもがんばって踊ってみたさ、はあ、しんぞお苦しいのなんのって、たーいしたなんぎしたけんど、ま、もんぢょげになったらちょっこし休憩してもかまわねえどって、みんな口ぐちにはげましてくれるんでよ、オラもがんばった、はー泣いても吠えてもけとづろのあいだだけだ、あともおちょっこしガマンしたらあとはラクになるんだて思ってな、したけんどなーしてもかしても、もおーしんぞおばくはつしそで生きたここちしなくてよ、なむさん、もはやこれまで、もおーだめだオラ限界超えちまったあ、ちょっこし休ましてけれーって大声で叫んださ、このまんま踊りつづけたらオラ死んでまうべさーてよ、したけんどまわりの連中とり憑かれたみてえに踊りくるいながら、げたらげたら笑うばかり、オラさすがにぷっつん、キモ焼けてよ思わず悪態ついちまったさ、こったらハンカくせえ踊りにいったいなんの意味あるってかこのクソバエどもっ、したっけやつら、ぽかーんとしたツラしやがってよ、意味だあ? 祭りにそったらもんあるわけねえべさ、だとよ。

そら、オラだってオラなりにいっしょけんめえがんばったけんど、なんだてかんだて、しんぞおばっくばくするべし、あしはふらふら、あったまぐらぐらでよ、いくらなんでももーだめだ、このへんでドロンさせてもらうべ思てよ、みんな踊りくるってるすきに、こっそりこそり、とんづらすることにした。こっそり、こそーり、踊りの輪っこぬけてよ、神社の裏手の崖からひとっとび、あとはもういちもくさんてやつよ。

んでオラ山おりてそのまんま町んなかでてきたのよ、これでようやくひと安心て思ってな、したっけまあ町もひとでごったがえしててよ、ハンカくせえクソバエ踊りのまっさかりみてえでねえか、わけいってもわけいってもクソの山、オカアの口ぐせぐるぐるヘビロテだ、したけんど、ま、しっかたねえべ、オラそのまんま人なみにまぎれてよ、なにくわーぬ顔でずんずん歩いてよ、はあて、これからどーすべか、あやしげなハラワタ喰わす店でもやって暮らすべかって、そう考えた、仕入れルートなら確保できたしな。

2021年3月1日公開

© 2021 飽田 彬

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