東京ギガストラクチャー (四)

東京ギガストラクチャー(第5話)

尾見怜

小説

3,340文字

俺が話を聞く限り、鷺沼ニシキの父は国立大学の脳科学者で厳格な人、母は専業主婦で穏やかな人だったようだ。清潔で優しさに満ちた家庭に育ったのだとおもう。戦争も父には関係なかったらしい。まるで別の国で起こっているかのようだった、と彼は言った。ただ中露戦後の日本には新たな危機が既に芽吹き始めていた事に、後に彼は気づくことになる。精神の危機だった。
SUAの母体である宗教団体が誕生して以来、戦争と労働で疲弊しきった日本人は彼らに救いとプライドを求めた。彼らは月額で支払い可能な額で決まる、新たなカースト制度を作り、日本人を五つにランク分けした。よくよく考えるとそんな無茶なことが通っていることが異常だと気づかなければならなかった。しかし、誰も止められるものは居なかった。
まず多様性が失われた。
それによって自由な発想が失われた。
サービスレベル間の差別意識が生まれ、エプシロンユーザたちは合法ドラッグやギャンブル、性サービスなどの自虐的な快楽へと走った。ガンマ、デルタユーザたちは「偉大なる家」の宗教に対して熱心に活動する傾向がみられた。選民思想を植え付けられたアルファ、ベータユーザたちは、そんな彼らを嫌悪しつつも優越感を得るために必要としていた。
二十世紀から二十一世紀初頭の日本、無階層社会はまるで夢だったかのように崩壊し、閉鎖的で差別的なムードが流れる社会となった。嫉妬と無知が、日本を覆っていた。そんな世界に俺たちは二十八年も生きてきた。

ニシキは支配されていると感じていた。
俺が失踪した後も、一人東京に残されて苛ついていた。
大学を卒業し、官僚になった後も変わらなかった。何が不満なのかもわからないけど、不愉快だった。周りの人間は当たり前のようにSUAのサービスを使っている。用意されたもので人生が回っていく。愚痴なんてこぼしたらきっとSUAのヘルスケアセンターへ行けと言われるだろう。行けば数分で精神安定剤がもらえる。何から何まで型にハマっていた。SUAからすると、彼の年齢、年収で結婚していないのは異常事態らしく、妙齢の女性から毎日メッセージが彼のアカウントに届くそうだ。なんといってもギガストラクチャーの存在はすべてをSUAの範囲に取り込んだ。

現在ギガストラクチャーは、今や高さ一五〇〇メートル以上、地下は深さ五〇〇メートルまで、東京の秋葉原~品川間に集まったSUA参加企業、省庁、商業施設、住居施設をすべて飲み込んだ六角柱の集合体であり、東京のあらゆるところから見える巨大な鋼鉄の山脈だった。中をモノレールや車が走り、学校があり、上層エリアはアルファのサービスを購入した富裕層向け施設が軒を連ね、国の最重要施設は地下の最深部に収容された。この巨大な壁は今も膨張を続けており、第十五次拡張工事計画が進んでいる。東西の両端である御徒町や、蒲田方面はすでに整地されており、巨大な建設AI機械群がせわしなく動き回っている。建設AIは常にギガストラクチャーの外壁や内部を動き回っており、必要に応じて修繕を行っている。以前軍用の立体戦闘用戦車に使われていた名残なのか、多脚昆虫型の禍々しい外見をしており、作業用のマニュピレータを何十本も動かして細かい溶接作業から大型の建材の運搬までこなすことが出来る。申し訳程度に黄色やピンクなどのポップなカラーリングで不気味さを少しでもごまかそうとしているのだが、かえって毒々しい印象を助長している。巨大な壁に取り付いてゆっくりと動く建設AIは不気味そのものだった。今は民間用にデチューンされてもちろん武装解除しているし速度は遅いが、リミッターを外せば民間人を殺戮しうる兵器として十分な稼働速度にとなるだろう。子供には好評らしく、特集した図鑑は人気らしい。

まず俺とニシキは、まだギガストラクチャーに取り込まれていない上野にある、三十階建てのオフィスビルを一棟、事務所兼自宅の用途で購入し、民間警備会社「イズミテクノサービス」を立ち上げた。最上階はペントハウスとなっており、そこにニシキとアオイで住むことにした。引っ越しの荷物はアオイが一番多かったので、最も広い部屋を彼女に与えた。最上階以下は通常のオフィスビルとしており部外者も入ることができるようにしたが、一度は入ると茂山の部隊に実家の住所から性癖まですべて調べ上げられてリストの一部にされる。経産省のニシキの課直轄の資産とした。表向きは民間企業だが、実質は経産省から、ニシキが管轄しているある予算を横流ししており、半官半民の第三セクターに近い法人となった。なぜ民間警備会社かというと、有り体に言えば民間人の立場で合法的に武装が可能だからである。
警察組織が縮小の一途を辿っていた事と、戦後スラム化が進み治安が悪くなった影響で要人警護の必要性が高まる中で、改正警備業法十五条が発布された。内容は民間警備会社の火器携帯の許可と、有事における正当防衛の範囲拡大だった。要は要人警護中に銃を持ち歩いてよい、誰かに撃たれたら撃ち返してもよい、という方向に法が改正されたのだ。日本の警備会社は今まで警棒しか持っておらず、テロが起きたら民間人と一緒に一目散に逃げていたわけだが、このおかげで重装備の民間警備会社がギガストラクチャー外をうろつくことができるのであった。
代表は俺、ニシキは官僚と兼業のため顧問、そしてまず事務方として若い女の子を一人雇った。
名前を大蔵アオイという。
彼女は上野で事務所を探していた日にニシキと訪れた、上野スラムの中のクラブで出会った。肉感的できれいな子だった。長く伸ばしてはいるのだが、痛んでいて極端にボリューム感の無いくすんだ色の黒髪が、アンニュイな雰囲気と仕事へのプロ意識の低さを醸し出していた。背は高くなかったがとろんとした表情をニシキが気に入ったし、SUAのこともきらっていた。
彼女と会話をしていると、水商売女特有の俺の大嫌いな曖昧な霧のようなものを身に纏い、口にするすべてが嘘にしか聞こえなかった。だが時折彼女以外の誰も言わないであろう異質で芯を食った発言をするのが魅力的だった。ちゃんとした教育さえ受けていれば、もしかしたら今頃大企業で働いていたかもしれない、と思う程地頭が良かった。ビルの周りはスラムと言って差し支えなかったが、俺とニシキは彼女の安全を考慮して、上野オフィスにアオイの部屋を作った。俺たち二人も別々の場所から上野に通っていたのだが、次第に面倒になってここに引っ越すことにした。
俺達三人は、起きて寝るまでほとんどの時を一緒に過ごした。

三人で組織立ち上げを祝して神保町の喫茶店で食事をした。
相当古い店であるらしく、壁中に外国のビール瓶が並べてあり、シャンソンが流れていた。俺はこの店の照明が暗く廃寺に雰囲気が似ていたのですぐに気に入ったが、ここもいつかSUAに地上げられて、ギガストラクチャーの一部となってしまうのだろうか、と思うと虚しくなった。俺とアオイは、ニシキが一杯も飲み終えていないのに終始機関銃のごとく自己開示し主張を続ける様子に面食らっていた。内容は彼が今まで生きてきて体験した事、父の仕事、大好きな二十一世紀前半のUKロック、戦前から続く日本の官僚の優秀さとその系譜などだった。ただ、彼は話をするにあたって、独りよがりで自己陶酔の激しい傾向にあり、あまりおしゃべりも上手ではない。声量も大きいので聞く方はかなり体力を必要とする。アオイは彼の密度と熱度の高い演説を受け続け、まるで自分から喋るということをしなくなった。俺は聞き役をアオイに任せて、自分が会話から自然とフェードアウトできるように仕向けた。時間が経つにつれ相槌を打つ人間が二人から一人に減ったことに気づいたニシキは、次第に俺を無視してアオイだけに向けてべらべらと話し続け、自由の身となった俺は酒とシャンソンを楽しむことができた。アオイは時折俺を恨めしそうに睨みながら、ニシキのいつ終わるかわからない、聞いているだけでカロリーを消費する話に耳を傾け、興味のあるふりを続けるのだった。
神保町周辺は夏でも一五時には真っ暗になり電灯が点き始める。太陽がギガストラクチャーの後ろに隠れてしまうからだ。

2019年12月29日公開

作品集『東京ギガストラクチャー』第5話 (全13話)

© 2019 尾見怜

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