それから三十分ほどして小林先生と修一くんが受付に現れた。どうやら補習の英単語テストが終わったらしい。長いときであれば、二時間も自習室から降りてこないのに、一時間足らずとは、間違いなく最短記録であった。
「今日は早く終わったんだね。」
そう言うと、修一くんは、「当たり前じゃん。」と、明るい返事をした。近くで見ると、彼は、いつも以上に、ワックスで頭髪をガチガチに固めているのが判った。つまり髪に手間をかけて尚、遅れることなく塾に来たということだ。
そうして修一君は、俺に雑談をふっかけることなく、大人しく帰って行った。普段不真面目な生徒が真面目なのが、こんなに不気味なことだとは思わなかった。
俺と小林先生は、二人して、修一君一人を見送るためだけに塾の入口に立っていた。
「今日は修一君、やけに調子が良かったようですね。」
やけに、という言葉を強調して俺は言った。
「そうですね。こんなことはこれまでにありませんでした。」
存外、懐疑的な色を含んだ声であった。彼女は、そのぱっちりと見開いた目を上目遣いにして、俺に視線を送った。それは、俺の存在を確認するかのようであった。
「つづくかな。」
と、俺は口に出してみた。
「さあ、つづかないでしょうね。」
感触のない声である。
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