敗者復活の女

ケミカル本多

小説

1,821文字

ひろ子は零細事務所でアイドルをしている。自ら小さな事務所を選択した。大きな事務所だと枕営業があると思っていた。というのもあるが、彼女は挫折したことがなかったからだ。運動も音楽も絵画もすべてできて、異性にも好感をもたれることが多かった。だから零細だろうがなんだろうが関係ないと思ったのだ。事務所の期待を背負い公開オーディションのような企画に参加することになった。彼女は皆の期待を一身に浴びオーディションに向かった。水着イベントで着替える候補生が彼女には、まだ親の保護にある小娘のように見えた。しかし実際に彼女たちの大半は親の保護にある小娘であった。彼女の父親は、仕事中工場のレールに巻き込まれミンチになって死んだ。父親のいないひろ子の家庭は、気づかぬ間に生きるということを身体に刻み込まれていた。だから同年代の娘も、小娘にしか見えなかった。しかし彼女はオーディションに落選した。彼女にとって父の死より受け入れがたい事実だった。今まで生きてきた中で培われた自信は粉々に打ち砕かれた。一週間何もせず家でご飯を食べたり本を読んだりした。オーディション番組では小娘たちが高い声を出して走り回っていた。そんな姿を見ていると沸々と怒りが込み上げてきた。

敗者復活戦。落選したアイドルが再挑戦できるシステム。彼女は敗者復活戦に参加する権利を得ることができた。彼女の感情は高ぶった。両親の仇討ちをするような気持ちでいた。小娘たちを薙ぎ倒し一掃する覚悟だ。しかしその感情は空周りして落ちた。当たり前だがこれはゲリラ兵を選ぶためのオーディションではない。人から好感を持たれるために燃えるような怒りの感情は不必要だった。

それからひろ子は事務所を辞め、オフィシャルブログを閉鎖した。何もすることがなくなった彼女はランニングを始めるようになった。何もすることがなかったわけではなく、何もできない状態だった。なにかしようとしてもあの時に打ちひしがれた記憶が身体を麻痺させる。ひろ子はマラソンは好きだった。あるラインを超えると汗が吹き出る感覚何かが突き抜ける感覚、走っている間に麻痺している記憶と頭が好きだった。前へ進む連続運動はあの時感じた怒りや屈辱の感情とうまく絡み合った。しだいに彼女のランニングは、ほぼマラソンの粋に入っていった。

走りながら見る風景は毎回形を変えていったが、いつも見るものがあった。夕方5時、河川敷でカメラを構えるじじい。夕日を毎日撮る老後の楽しみかなにかだとひろ子は思ったがある日彼女はじじいに走りを引き止められた。ひろ子は声に近づき振り返ると、じじいが近づき写真を取らせてほしいといった。ひろ子は突然話しかけられたことで頭が回転せず、はいと答えた。じじいは中腰になりひろ子に向かってシャッターを切った。ありがとう、といいじじいはどこかへ歩いていった。ひろ子はそれからあまり走らなくなった。走ってもあの場所をなんとなく避けて走っていた。

ある時、鏡の自分をなんとなく見て顔が変わっていることがわかった。しかし何が変わっているかわからなかった。その日彼女はもう一度あの道を通った。じじいは以前のようにただ立っていた。カメラはない。私はじじいに近づくとじじいも気がついた。ここで何してるんですか、と聞くと、ここにいるとボーっとできるんですよといった。あのとき、なぜ私を撮ったのでしょうか、と自然と話しかけていた。じじいは河川敷で遊ぶガキ共を見つめながら話し始めた。

よくここで走るあなたを見て、あなたの顔は何かを象徴している気がしたんです。それから、あなたの顔にある物語や感情とか象徴しているものをすべて無視してそのものを写しだすことができたら、とてもいい写真になるだろうと思っていつもタイミングをみはからってました。といった。自分では気づかなかったがあの時何か特別な顔をしていたのだろうか、とひろ子は思い思い出そうとしたが思い出せなかった。あの頃はあまり鏡を見ていなかった。

よかったらみていただけますか、とじじいは写真を取り出した。川の向こうに太陽が沈み、空に鳥が飛んでいた。ひろ子はなんの表情もなく正面を見据えている。太ももから流れる汗が細かく光っていた。ひろ子は写真を見て何も感じることができなかった。それはランニングに近い感覚であった。写真に写ったものには物語性などといった類のものはなく、ただランニングするアイドルと夕日を称えていた。

2012年5月12日公開

© 2012 ケミカル本多

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